第6話 午後のアッサム紅茶

 五時限目の数学の授業が終わり、愛子は純浦美瑠のいる1年D組へと駆けつけたが、教室は何故かもぬけの殻だった。

 廊下を歩いていた他のクラスの一年生に話を聞くと、どうやら今日D組は石鑑賞のために全員校外へ出たらしい。

 石鑑賞とは、立方石高校の理事長が自分のコレクションを誰彼構わず自慢したいがために、石部屋なる広大な邸宅内に設られた大広間に生徒たちを呼び寄せては、世界各地から拾い集めてきた変な形の石ひとつひとつを理事長本人が説明するという、学校を自身の権力によって私物化した実に退屈なイベントである。

 対象は一年生のみであり、日を変えてクラス毎に行われるはずだが、愛子の去年の経験では、理事長宅から帰るマイクロバスは、学校へと向かいはするものの、途中最寄り駅でも生徒たちを降ろすので、全員が学校に戻ってくることはないはずだった。学校に着いたとしてもクラスとしてはすでに放課後モードであり、必ずしも教室へ帰ってくるとは限らない。

 つまるところ、愛子は今日純浦美瑠と会うことがほぼ不可能であることが確定したわけである。

 校舎三階の廊下は、溌溂とした一年生たちが騒がしく往来し、若い息吹が綾なす青春の輝きに溢れていた。

 そんな中、トボトボと自分の教室へと戻っていく愛子の姿があった。


 六時限目が始まる直前に小梅のスマホにふたつのメッセージが届いた。

 ひとつは愛子からの「会いたい人に会えなかったよ鼻炎」といった内容で、会いたいのが誰なのかはとりあえず気になるものの、ここで求められているのは恐らくは“慰め”だろうと愛子の気持ちを汲み取り、「残念だったねとしか胃炎」と小梅は返信しておいた。

 愛子の“会いたい人”とは最近の彼女の言動を踏まえれば、意中の男子とかではなく、スクールアイドル絡みだろうと小梅は推察していた。多分アイドル候補のひとりに違いない。

 もうひとつのメッセージは天水公佳からのもので、昼休みの終わりに小梅が送った内容への返信だった。

 愛子との会話の中で、放課後に気象研究会の部室を一緒に訪ねることを決めたが、その直後に小梅は生徒会の仕事があることを思い出したのだ。

 そのことを愛子に話すと、彼女の表情が一気に絶望山の噴火口に突き落とされたかのような衝撃の色に変わった。ひとりであの怪人――涌井麟人と対決しろって言うんですか?心の友の愛子を見放すんですか?とその目は悲痛に訴えていた。

 別に今日じゃなくても……と小梅は思ったが、愛子からすれば出来るだけ早くスクールアイドルの道筋をつけたいようで、小梅は公佳にメッセージで今日生徒会室に向わなくても問題がないかを確認したのだ。

 公佳からの返事はあっさりと「OK了解」だったが、昨日も休んでしまっている小梅は心苦しさを感じ、丁重な詫びの返信を送るのだった。


 その後小梅は、放課後の部室訪問に同行可能である旨を愛子にメッセージで送り、教師が教室に入って来たのでスマホを自分のカバンにしまった。

 そうして本日の最終時限である地学の授業が始まった。授業終了後に愛子がこの教室へとやって来て、共に気象研究会の部室に向かう約束となっている。

 教師の板書をノートに書き取りながらも、小梅の脳内は授業とは全く関係ないことで占められていた。やはり涌井麟人のことである。

 昼休みに突然現れた涌井は、去り際に「また後で」という言葉を残していった。これは小梅たちが自分の同好会へやって来ることを予見していたということだろうか。

 彼がそれを知り得るルートはひとつだけ存在している。それは、気象研究会を小梅に勧めた天水公佳自身が、涌井に連絡した場合だ。公佳と涌井に接点があるというのは小梅にとって少し意外だったが、何故そんなことをしたのかについては、それほど穿った見方をしなくともいいはずと考えていた。単に「会計の子がそっちに行くかも知れないのでよろしく」といった公佳の親切心からの事前通達と見るのが妥当だろう。

 さらに涌井があの彫像の場所を訪れた件については、小梅たちがそこにいることを分かっていたというよりも、やはりたまたま見かけただけという可能性が一番高いと思う。彼が小梅の顔に見覚えがあるのは、本人が言っていたとおり小梅が生徒会役員だからだ。

 涌井が愛子の名前を知っていたことに関しては、もう一歩踏み込んだ考察が必要だろう。小梅はこれまで、愛子の名前を天水公佳に伝えたことはなかったと記憶している。特に彼女が知るべくもない小梅の友達の具体名を話す状況にも、その必要に駆られたこともなかったからだ。ただ今回、公佳から涌井に“アイドルを目指している小梅の友人”として、愛子のことは伝わっている可能性はあった。その人物の動機がすなわち同好会加入希望の理由だからだ。そこまで分かれば愛子の名前を知ることはさほど難しいことではないと小梅は考える。愛子が小梅の唯一と言っていい親友であることは、少なくとも同学年の生徒の間では周知の事実だろうし、愛子自身の(いい言い方をすれば)天真爛漫な性格によって良くも悪くも愛子は周りの目を引きがちだからだ。

 つまりは――気象研究会部長の涌井麟人は天水公佳から、千輪小梅の友人が同好会に加入を希望する可能性があることを事前に聞いていた。涌井はその友人を調べ、岩鬼愛子という名前であることを知った。中庭でたまたま小梅を見かけた涌井は、小梅らに声をかけた。本来ならば小梅は、気象研究会の部長が涌井であることを把握していてもおかしくなかったが、迂闊にもそれを知らず、その不覚を察した涌井は思わせぶりなことを言って去った。

 以上が小梅が想定する今回の涌井登場の顛末だが、それでもまだひとつだけ謎は残る。それは例の“クリスタルスカル”の出現である。ただこれについても、その手法に関してはいささか不明な部分があるものの、小梅は自分の中でとりあえずの仮説を立てていた。初め涌井は後ろ手を組んでいたが、その時点でスカルを背中側に隠し持っていたと考える。そしてふたりが色の変わるマスクに注目している隙に彫像の上へとそれを置いたのだと。ただしこの時涌井は彫像からは少し離れた場所に立っており、普通に手を伸ばしてスカルをそこに置くにはやや距離がある。その点に関してはどのような手を使ったかは不明だが、大枠の流れとしてはこの考えで多分間違いないだろう、と小梅は自分の想定の妥当性を信じていた。

 小梅は授業の間中機械的に板書を書写しながらも、このように涌井麟人のことをあれこれと考えていたが、いずれにせよ彼はその見た目に違わずかなりのクセモノだということが小梅の出した結論だった。

 放課後に部室を訪れた際、涌井はどんな対応をしてくるのだろうか?小梅は来たる対面に不安と緊張を覚えつつも、その一方で「愛子のために何でこんな思いをしなきゃいけないの?」という不本意な気持ちが一瞬生じたものの、「まあしょうがない。いつものことか……」という寄せては返す諦めの波にそれは流されていった。


 立方石高校の部室棟はふたつの建物に分かれている。

 一方のA棟は主に“部”として認められた団体に割り当てられるもので、ホテルのようにエントランスホールから出入りする作りになっていた。広めの部室にはロッカーも備えられており、共同のシャワールームも建物内に設置されている。

 他方B棟は、各種同好会によって使用されており、一見三階建てアパートを思わせる外観だが、並ぶドア同士の間隔は普通のアパートよりも短く、部屋は間口が狭くて奥に長い、まさにうなぎの寝床といった間取りになっている。部室の数としては、相当数の同好会に割り当てが可能だが、それでも比較的新設の同好会の中にはあぶれるところがあり、それは生徒会でも課題となっている案件だった。

 B棟一階の一番奥、もっとも日当たりの悪いドアの前に愛子と小梅のふたりは立っていた。

 年季の入った木製のドアにはプレートが掲げられており、そこには“気象研究会”と黒マジックで記されている。

 ふたりは一度お互いの気持ちを確認するかのように顔を見合わせると、そのまま愛子がドアノブを掴んだので小梅は慌ててそれを制止した。小梅は愛子にドアをノックするアクションをしてみせる。別にどちらがノックしても構わないはずだが、愛子は納得したようにうなずき、そこで改めてドアをノックした。

「どうぞー。開いてますよー」

 部屋の中から声が聞こえてきたが、それはふたりにとって予想外である女子の声だった。しかもいわゆるアニメ声と呼ばれるような可愛らしい声である。

 たしか気象研究会には二名が在籍していると小梅は聞いていた。よく考えればもうひとりいるはずなのだ。小梅と愛子ふたり共に涌井麟人に気を取られ過ぎて、その点についてはまるで念頭から消え去っていた。それにしてもそれが女子生徒とは、ふたりにとって想定外だった。学校の女子率から考えれば十分あり得ることなのだが。

 愛子が意を決してドアを開くと――ふたりは思わず息を呑んだ。そこには異様な光景が広がっていたのだ。

「ようこそ。お待ちしておりました」

 不思議な格好をした少女が笑顔を見せて立っている。

 少女の顔かたちは、まさにその声にふさわしく、くりっとした目に少しふっくらした頬が、幼さを残した愛くるしさを表しており、身長も愛子よりも若干低く、一見すると中学生にも思えるが、そのどこか落ち着いた物腰には大人びたアンバランスさも感じさせた。

 ミディアムの黒髪にフリル付きのカチューシャを乗せ、その服装は前掛けのついた膝丈スカートのワンピースであり、デザインからすると少女の衣装はメイド服のように思えるが、全体的な色合いがくすんだ茶系統で統一されていて、遥か過去の時代に作られた古びたドレスのようにも見えた。

「麟人さん……部長はもうすぐいらっしゃると思いますので、こちらでお待ちください」

 彼女が指し示したのは、香港映画の飲食店に出てくるような簡素な丸テーブルを囲んで置かれた、アンティークなロココ調の椅子とオフィス用と思われるアームチェアだった。

 まるでテーブルと椅子の意匠が合っていないが、チグハグなのはそこだけでなく、その不統一感はこの部屋全体に及んでいた。

 壁一面に、仁侠映画やロシアアヴァンギャルドや交通安全のポスター、ネパールやらイスラエルやらアフリカのどこかの国の国旗、毛沢東や音楽室によくあるバッハ等の肖像画、印象派やシュルレアリスムや浮世絵やラッセン等の絵画、千社札や方術で使うような呪符等々がその上下構わずランダムに貼られている。

 天井からはドリームキャッチャーやエスニック風のハンギングが枝垂れの如く吊り下げられ、向かって右の壁に接した木製の棚には魔除けと思われる人形たちやアニメキャラのフィギュアや深海生物、クトゥルフ等のぬいぐるみや数々の茶器等が所狭しと並べられており、左手の壁にはバラライカやジャンベやエレキギターといった各種楽器と理科室にあるような人体模型、流木で作られた帽子掛けがあって、そこには山高帽やテンガロンハットやバリ島のバロンマスクやガイ・フォークス・マスクや般若やアンパンマン等のお面が掛けられていた。

 部屋の奥にはマホガニー製の重厚な書斎机が鎮座していて、その上には本や雑誌がうず高く積み上げられており、さらにはモノクロの地球儀、極彩色の剥製オウムのいる鳥籠、ボタンを押してリングを水中の棒にかけるおもちゃ、そして――例のクリスタルスカルが机上に置かれていた。

 愛子と小梅のふたりは着席を促されたにもかかわらず、呆然と立ち尽くしていたが、ようやく我に返ったように小梅が口を開く。

「あの、あたしらは――」

「あ、存じております。二年生の千輪小梅さんと岩鬼愛子さんですよね」

「えーとその……」

 自己紹介を先回りされてしまった小梅が次の言葉を考えていると、少女は何か大事なことに気づいたのか手で口を押さえ、慌てた様子でふたりに向かって深く頭を下げた。

「大変申し訳ございません。自分の紹介を怠りました。わたくしは気象研究会の一年生、純浦美瑠と申します」

「ええ〜っ!」

 愛子が急に叫ぶので、小梅は驚きのあまりよろけそうになる。

「探してたんだよう、美瑠ちゃん!石鑑賞じゃなかったの?」

「えーと、石鑑賞は早めに終わったので……」

「やっぱ美瑠ちゃんだったか……どおりで……クソ可愛いと思った!」

「あの……その……ありがとうございます」

 愛子のグイグイ来る勢いに美瑠はたじろいだように礼を述べ、この状況から逃がれるためか急に動きが俊敏になる。

「その、お茶をいれますので、お座りになってお待ちください」

 とりあえず、ふたりは促されるまま椅子に腰を掛けた。アンティークな椅子には愛子が、小梅はアームチェアへと座る。

 席に着くなり愛子は、落ち着き無く部室内をキョロキョロと眺めたり、美瑠が紅茶をいれる様子にチラチラ目をやったりしている。

 美瑠は愛子の探していたアイドル候補のひとりだろうと小梅は特に聞かずとも察していた。

 一年生にこんな美少女がいたとは小梅は知らなかったが、ただちょっと変な子な気がするとも感じていた。すでに格好が変なのだが。

 壁に接した木製の棚の傍には小さな冷蔵庫とその上に電気ポットと茶葉に入ったガラス瓶があり、この部屋には水道の蛇口がないので冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を沸かしているようだ。

 やがて美瑠はティーポットとガラス製の透明なティーカップ、茶菓子をお盆に載せてテーブルまでやって来ては、カップに紅茶を注ぎ、さらにミルクピッチャーから牛乳を注いだ。ミルクティーをいれているようだ。

「アッサムの今年のセカンドフラッシュが手に入りましたので――」ミルクピッチャーを置いて愛子と小梅の顔を見る「セカンドフラッシュというのは、夏に収穫された茶葉のことです」

 紅茶の説明を聞いているふたりのポカンとした顔に気づいて、美瑠は補足の用語解説を加えた。それでもまだ愛子は野球かポーカーの話でもしているのかと思っているようだ。そもそも愛子はそのとき美瑠の話をまともに聞いておらず、ただ彼女の顔を眺めてはステージに立つ姿を妄想していたのだった。

 紅茶をいれ終えた美瑠は、木製トレーにティーカップとクッキーを置いた小洒落た紙ナプキンを載せると、それぞれをふたりの前へと配した。

 愛子と小梅はそれぞれ「ど、どうも」「あざす」とぎこちなく頭を下げる。

「これ、どうぶつたべっこ?」

 愛子が猫の形をしたクッキーをつまんで、お菓子の商品名らしきものを唱えている。

「それはスコットランドにあるウォーカー社のショートブレッドです。ふつうはフィンガーと呼ばれる長方形なんですけど、それは先日運良く入手できたスペシャルバージョンなんですよ」

 美瑠はいいところに気づいてくれたとばかり嬉しそうだが、ノーマルバージョンを知らないのにスペシャルバージョンを提供されてもそいつは猫に小判というやつじゃないか、と小梅は愛子の猫クッキーを見つつ思う。自分のクッキーを確認したら馬だった。これは馬の耳に念仏ということかも知れない。まだ豚に真珠よりはマシか、と小梅は馬を口に放り込んだ。

「何これおいしい〜」

 愛子がクッキーを食べて感嘆の声を上げる。たしかにシンプルな味だがバターが濃厚で味わい深い、と小梅も愛子に共感したものの、少しだけカロリーも気になった。

 続いて愛子はカップを口にする。

「う〜ん芳醇な香りとミルクのまろやかさのハーモニーが絶妙〜」

 薄っぺらい食レポみたいなことを愛子は言っているが、たしかに紅茶のことはよく知らないけれど、強い香りのトゲトゲしさが牛乳で和らげられて丁度いい按配になってる気もする、と小梅もミルクティーを味わっていた。自分が提供した菓子と紅茶が好評なので、美瑠も喜んでいる様子である。

「アッサムティーは麟人さんもお気に入りなんです」美瑠はそう言って何か思いついたようにニッコリと笑う「やっぱりアッサムで生まれたからですかね」

「え、そうなの?じゃ、あの人やっぱスパイダーマンじゃん」

「はい?インド生まれの蜘蛛男ですか?」

「?」

 ダメだ。美瑠と愛子の会話がまるで噛み合ってない。小梅はスマホでアッサムを調べると、インド北東部の紅茶の名産地であることが分かった。スパイダーマンをそもそも知らなそうな美瑠については一旦置くとして、愛子が何を言ってるかについて考えてみる。そこで小梅は、以前愛子宅で一緒に観た映画のことを思い出した。愛子は涌井の見た目に引っ張られて二重に勘違いをしているに違いないと小梅は確信する。

「多分、愛子が言ってるのはアッサムじゃなくてゴッサムのことだよね?で、ゴッサムはスパイダーマンじゃなくてバットマンだよ」

 愛子は古典的とも思える“うっかりポーズ”をしつつ、ペロリと下を出した。だがもう一方の美瑠はまだ理解できていない様子で困惑の表情を浮かべたままだ。小梅はそれぞれがアメリカのヒーロー映画の話であることを美瑠に説明した。混乱の元となる愛子の“補足説明”を牽制しながら。

「ありがとうございます。わたくし勉強不足でした」

「いやいや、別にこれは高校生に必要な知識じゃ――」

 美瑠は何を言っても真に受けそうで、小梅にとって愛子とは違う流儀で調子を狂わされるが、それが演技でなければ素直ないい子なのだろうと思う。演技だったらちょっと怖いが。

 それと小梅にはいくつか気になることがあった。まず美瑠が何故そんな格好をしているのかが謎である。自分たちの訪問を事前に分かっていたことについても不思議だったが、そこは涌井から聞いていたのだろうし、今日の放課後に確実に来る保証はないものの、想定はできたかも知れない。だが小梅がもっとも気になるのはそれらではなく、美瑠の言葉の端々に感じられる涌井との親密さであった。涌井との交際というのはなかなか想像しにくいが、これは決してゲスな興味でなく、今後気象研究会に加入する愛子のためにも、彼らとつきあう上でその辺をはっきりさせておいたほうがよかろうという親切心である。と小梅は心の中でいいわけをしつつ美瑠に問いかける。

「それで純浦さん」

「はい」

「純浦さんは涌井さんとお付き合いしてるの?」

 一瞬、その場の時間が止まった気がした。

 愛子が驚愕の顔で小梅と美瑠を交互に見ている。その驚きが「いきなりなんてことを訊くの?」なのか「まさかあの怪人と付き合ってんの?」なのかは小梅には分からなかった。

 美瑠はどう答えるべきかを考えている様子だったが、やがて穏やかな微笑みを浮かべゆっくりと口を開いた。

「お付き合いしていると言っていいのかは分かりませんが、わたくしは麟人さんの許嫁いいなづけです」

 愛子の驚きの顔がさらに一段階レベルアップした。

 美瑠の答えが想定を上回るものだったため、小梅も二の句が告げずにいる。

 急に身を乗り出した愛子が、美瑠へ質問を繰り出した。

「親同士が決めたとかそういうこと?」

「いえ、そうではありません。麟人さんにはご両親がいらっしゃいませんし、あくまでわたくしの意志です。ただわたくしの両親は結婚を認めてくれています」

「つまりは涌井さんと結婚の約束をしてるってわけ?」

「かつて今よりもっと幼い頃、麟人さんと初めて出会った頃に約束してくれたはずなんです……今はそのときのことは覚えてないとおっしゃっていますが……」

「そんな前からの知り合いなんだ」

「ええ、麟人さんが小学六年生でわたくしが四年生の頃ですね。一緒に暮らすようになったのは」

「えええ〜っ!一緒に暮らしてんの!?」

 さらなる衝撃的な事実が発覚し、愛子と小梅はただ絶句したまま美瑠を見ていた。

「一緒に暮らしていると言いましても、麟人さんは離れのほうにお住まいで、食事の折に顔を合わせる程度なのですが……」少し考えた後、美瑠は自分に言い聞かせるように「これからもお付き合いさせていただくおふたりですから、きちんとご説明したほうが良いかも知れませんね」

 美瑠は呪符が大量に貼られた入口のドアまで足を進めると、ふたりに向かってゆっくりと振り返る。

「わたくしが――わたくしの両親も含めて――こうして生きていられるのは、全ては麟人さんとご両親のお陰なのです。そして、麟人さんがあのようなお姿になられたのも、そこに原因があるのです」

 そう言って美瑠は祈るように両手を合わせ、どこか遠くを見つめる目をしてみせた。

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