第5話 クリスタルスカルは尻に敷かれたか

 遅刻ギリギリの学校到着だったために朝一での訪問はできなかったが、一限目の休み時間を使って愛子は漆間花梨の教室へと向かった。

 しかし彼女の席を見れば相変わらずの不在であり、机の上を確認すると昨日貼った付箋紙「また明日来ます」がそのままになっている。

 疑問に思って近くの生徒に確認したところ、彼女は今日学校を休んだということが分かった。

 ぶつけどころのないモヤモヤした感情に襲われた愛子は、とりあえず花梨の席にどっかと座り真剣な顔で前を見つめていたが、周囲が注目し始めたのが次第に恥ずかしくなり、すごすごと自分の教室へと戻っていった。

 一年生の純浦美瑠にも会いたかったが、午前中に体育の授業があったりと休み時間をうまく使えなかったので、対面は午後に回すことにした。

 なお、昼休みはすでに予約済みであり、風邪から復活した小梅とランチを一緒にとる約束をしている。愛子は彼女の言う“秘策”がどんなものか、それを聞くのを心待ちにしていたのだった。


 九月も半ばとなり、天気は雲の多い晴れ空で、秋が近づいてきたのかいつもよりも過ごしやすい気温の日和だった。

 昼休みの中庭には生徒たちが集まり、各々が昼食や友人との談笑を楽しんでいる。

 庭園には彫像やオブジェに紛れてベンチもいくつか置かれていたが、あいにくそれらは他の生徒たちで埋まっており、と言うよりほとんどの場合昼休みのベンチは先に誰かに陣取られているため、愛子と小梅はあらかじめ目をつけておいた丁度座り心地の良い彫像を確保し、そこでランチをとることにした。

 展示されているオブジェに腰掛けたりすることは、始めは誰もがさすがにダメだろうと気が引けるのだが、他の生徒たちもやっているし、傷つけたりしなければ学校からも特にお咎めもないようなので、彼女たちにとってそれはごく普通の行為となっていた。

 ふたりが目をつけていたのは、強烈に反り返る、ほぼブリッジのポーズをする男性の裸像で、左肘を地面につけ右手は何かを求めるように真っ直ぐ上に伸びているが、胸から腰にかけてが地面に対してきれいに水平になっている彫像だった。その切実に何かを求めるような威容は、まさにそこに座ってくれと懇願しているようにも感じさせた。彫像の男の歓喜の表情も、おのれがベンチとして使用されることを望んでいるように愛子らには思えたのだ。

 ふたりは彫像の胸部から腹部に座ると、それぞれの弁当を膝の上に広げる。

 愛子のほうの経木で包んだおにぎり二個は、朝のタイムアタックで本人が握ったものだ。こだわりは、完全なる球体を目指しているところである。

 一方小梅はご飯とおかずが数品詰められた普通の弁当で、母親が作ってくれたものだった。

 愛子がおにぎりを頬張りながら、少し心配げに小梅へ話しかける。

「病みあがりなのに、こんな場所でホントに良かったの?」

「うん。外のほうが気分いいじゃん。それに昨日の昼頃には体調もだいぶ良くなってたしね」

 小梅はそう言いつつ玉子焼きを口に入れた。

 愛子は小梅の顔を覗き込み、たしかに顔色は悪くなさそうと安心するが、その時突如、小梅がデザートに選ばれたことを思い出して、彼女の面前でついニヤニヤしてしまう。小梅がそれに気づいて眉間に皺を寄せた。

「何なの?気持ち悪い」

「ん?何が?」

「なんかニヤついてるじゃん」

「あ……いや、その、思い出し笑い。今朝握ったおにぎりが丸くて。ほら」

「たしかに丸いけど……」

 デザートの件は他言無用の約束であり、愛子は咄嗟にそれを誤魔化した。一般的な水準では誤魔化しきれる発言ではないが、普段から口にする内容が比較的すっとんきょうである愛子は、この程度でも充分に誤魔化すことができる……いや、小梅の若干不審げな面持ちからすると誤魔化せてないかもしれない。

「あ、そう言えば、アレ観てくれたんだよね?」

 小梅の表情の機微を脳内スカウターで察知した愛子は、咄嗟に話題を切り替えた。

 「アレって何のこと?」という気持ちを小梅は眉毛だけで表現したが、すぐに合点がいったのか軽くうなずいてみせる。

「昨日、外に出れないから、あのアニメ全話観ちゃったよ」そう言って小梅は弁当のご飯を口に運ぶ「元々インドア派だからそんなに外出しないんだけどね」

「そうだね。小梅って痩せてる割にデブ症だからね」

「出不精ね」

 愛子はおにぎりをもぐもぐと頬張りながら、ご飯を粛々と口へ運搬中の小梅に尋ねる。

「で、どうだったの?感想は?」

「う〜んひとことで言うと……」小梅は考えつつ空へと目線を向ける「ファンタジー、かな?」

「何それ?素敵なお話ってこと?」

「ううん、現実味がないってこと」

 愛子がピンと来ていない様子なので、小梅は諭すように話を続ける。

「まず、アイドルグループを成立させるために最低限必要なものって何か考えてみようか」

「情熱とか?」

「いやそういう精神論みたいなのじゃなくて――まず必要なのはメンバーだよね」

「まあそうだね。そりゃそうだ」

「どんなメンバーが必要?」

 小梅の問いかけに、愛子は食べかけのおにぎりをじっと見つめる。

「う〜ん……色んな意味で魅力的なコ。見た目だけじゃなくて醸し出すものに魅力があるっていうか……後は歌って踊れて……まあその辺はある程度できればあとは練習で……」

「そんなメンバー、集められるの?」

「うん、頑張る!魅力的な女子は学校に沢山いるよ」小梅の顔をいたずらっぽく覗き見て「自分の魅力に気づいてないってケースもあるしね〜」

 水筒の蓋にお茶を注いでいる最中だったために、愛子の思わせぶりに小梅は気づくことなくおもむろに話を進める。

「まあ、あのアニメの内容もストーリーの大半はメンバー集めだったからね。その辺りでも多少気になるところはあったけど、それはそれとして――」水筒のお茶をゆっくりと飲んで「やっぱりアイドルのメインはステージでの歌とダンスなわけだよね?」

「うん、まあそうだけど」

「そのために準備が必要なものは何か?大会に出るとすれば当然舞台設営やら音響やら照明はイベントスタッフがやってくれるはず。でも曲や衣装はどうするの?アニメ観てて気になったのは、オリジナルの音楽や衣装があのクオリティでいきなり作れちゃうことなんだよね」

 愛子はまた考え込んでいるのかおにぎりの具材を見つめる。昆布の佃煮のようだ。

「……誰か手伝ってくれてたんじゃないのかな」

「いやいや、めっちゃインディペンデント感出してたじゃん」

「インディペンデンスデイ?」

「それ映画ね。前に愛子んちで一緒に観た……そうじゃなくて彼女らの自力でやってる感じだったじゃない」

「う〜ん……まあそうだったかなあ……」

 愛子はそう言うとムシャムシャとおにぎりを食べ始めた。そして何か思いついたように、小梅へと顔を向ける。

「でもさ、そういうので苦労したりしてるとこ、アニメでは端折られてるだけだよ。そこにスポット当てたりしてたら尺が長くなっちゃうじゃん」

「言いたいことは分かるけどさ……」

「ドキュメンタリー映画だって、本当のことだからって裏の苦労とか全部映すわけじゃないよね?ほら、インディペンデンスデイでも、アメリカの大統領がいきなり戦闘機に乗って宇宙人と戦ってたじゃん。大統領の訓練シーンとかなかったじゃん」

「いやあれは元空軍のパイロットって設定で……てか、あれはドキュメンタリーじゃないよ」

 いつの間にか弁当を食べ終えていた小梅は箱の蓋を閉めてフッと軽く息をついた。

「要はあのアニメを観て、愛子が現実でこれをやりたいと思ったのが信じらんないわけ」

「無理があるってこと?」

「これからアイドルにふさわしいメンバーを集めなきゃならないわけじゃん。ルックスもモチベも兼ね備えた人材をさ。だけどあのアニメではルックス問題には全然触れてないよね。主人公の周囲はみんなとりあえず可愛いのがデフォだからさ。でも現実では『え、そのお顔でアイドルを?』ってのもいるじゃない。周りはどこも大体そんなもんだよね。それにさ、男がほとんど出て来なかったじゃない。それ自体はそもそもあのアニメの意図なんだろうけど、現実のアイドルって擬似恋愛の対象でもあるからね、時にエロい目線で見られるってこともあると思うわけ。そういうところに全く蓋をしちゃうっていうのは、アイドルを扱う上でちょっと欺瞞を感じるよね。で、“アルタードステージ”の参加要項見たらさ、オリジナル楽曲に限るって書いてあるじゃん。つまりこれから曲も作んなくちゃなんないわけね。誰かそれなりのを作れる人なんて知らないでしょ。歌詞ぐらいは書ける人いそうだけどさ。それとダンスの振り付けも考えないとね。これまた誰が考えるのかっていうね。とりあえずここまで決まってやっと練習ができるって感じなんだわ。練習は練習で大変だろうしさ。あとはステージ衣装だね。これは既製品を使ったりそれをアレンジする手もあるけど、そこに関しては先立つものがないとねぇ。今思いつくだけでこんだけやることがあるんだけどさ。愛子にできる?やる気があれば空でも飛べるとか言わないよね?……あれ?」

 小梅が横を向くと愛子の姿がそこになかった。慌てて小梅は周囲を見回す。

「やる気があれば空でも飛べる!やる気ですかー?」

 小梅の頭上から無駄にテンションの高い声が聞こえた。愛子の声だ。

 驚いて小梅がその方向を見上げると、なんと愛子が宙に浮いている……と思いきや、そばにあった巨大フラミンゴ像の背中に腰を掛けていた。

 フラミンゴ像は実際のフラミンゴよりも胴体とのバランスにおいて脚が長く伸びており、愛子は地上2〜3mほどの高さから小梅を見下ろしている。

「え?瞬間移動!?」

「アイコ☆イリュージョンです」

 そう得意げに言い放つと、愛子は「タアッ」とばかりそこから飛び降り、着地でよろけながらも、うろ覚えの太極拳みたいなポーズを決めた。

「うーん、鳥原さんみたいには決まらないな……」

 瞬間移動に思えた愛子の“イリュージョン”は、実のところは小梅が自分の話に夢中になっている隙にこっそりとフラミンゴ像に移動し、急いでよじ登ったということだった。

 まるで忍者のような挙動に驚き呆れつつも、小梅は不満げに愛子をとがめた。

「あのさあ、ちゃんと人の話聞いてたの?」

「ちゃんと聞いてたよー」少しからかうような調子で「でも小梅ってさ、夢中になると周りが見えなくなるとこあるから」

「あ、なんか愛子にそういうこと言われるとムカつく」

「なんでー?なんで愛子だとムカつくわけー?」

「このへんに忘れ物をしたんだけど、見なかったかな?」

 ふたりの会話へ割って入るように、男のしゃがれた声がした。


 彫像に座る小梅の数歩前に、ひとりの男子生徒が後ろに手を組んで立っている。

 彼はまだ十月の衣替え前というのに、学校指定のボタンの無い紺色の詰襟制服をまとっていた。

 しかし彼の外見として何より特徴的なのは、頭からスッポリと真っ赤なマスクを被っていることだった。マスクには両目と鼻孔と口にそれぞれ穴が開けられており、穴から覗くそのギョロッとした目が、その風体の異様さをより印象づけていた。

「スパイダーマ……」

「ちょっと愛子やめなさいって」

 ふと見た目からそう呟いた愛子を小梅がたしなめる。

 彼の名前は涌井麟人わくい りんど。立方石高校三年生である。子供の頃に事故で全身に怪我を負い、頭から被ったそのマスクは、頭部から顔にかけて残っている大きな傷を隠すためのものだった。

 その奇矯な外見により、校内では誰もが知る有名人であり、当然愛子と小梅も彼のことは知っていた。

「赤いマスクはスパイダーマンか。なるほど。いやマスクの色については、まだ試行錯誤中でね。なかなかしっくりくるものが無いんだ。人間の肌の色に近づけると、それはそれで不気味らしくてね。白いとスケキヨって言われるし、黒だとコナンの犯人、緑色だとピッコロ大魔王、青いとブルーマン、金色だと黄金バット、銀色だとペプシマン、黄色いと電球ってね」

「そのー、マスクっていっぱい持ってるんですか?」

 しゃがれ声で滔々と話す涌井に、小梅の背後に立つ愛子が興味深そうに質問を投げた。

 痩せ型で身長180cmを越える涌井を、160以下の愛子は見上げる形となる。

「いくつか持ってはいるけど、最近はこればっかだね。実はこのマスク――」

 そこで涌井は足を一歩進め、ギョロリとふたりの顔を眺める。

 愛子と小梅はそこで、ヘビに睨まれたカエルのように、涌井の顔を見つめたまま動けなくなった。

 そしてその時――突如マスクの色が赤から青に変わり、さらにはカメレオンの早送り映像のように、その色が次々と変化していったのだ。

「ぎえええぇぇぇ!」

 愛子は絶叫し、小梅は唖然と口を開けたままだった。

 マスクの色変化は一層目まぐるしさを増す。

 その表情が隠れた状態では本来感情は掴みにくいが、肩を縦に揺らす仕草で涌井が笑っていることが分かった。

「ククク、驚かせてごめんね。このマスクの表面は実はスクリーンになっていてね。手元の操作で表示を変えられるんだ。だからマスクは基本これだけ。その日の気分で色が変えられるってわけだね」

 涌井はマスクの色を再び赤へと戻すと、小梅に目線を向けた。

「君が千輪小梅さんだね」

「えーと、はい」突然名指しされた小梅は戸惑いを見せる「何で……」

「さすがに生徒会役員の顔と名前は知ってるよ。それと千輪さんの友人の――」そう言って愛子に目を向ける「岩鬼愛子さん」

 名前を呼ばれた愛子が自分の顔を指差す。

「え、愛子も有名なんですか?」

「うん、ある意味ね」

 “ある意味”の意味も知らずに愛子ははしゃいでいる様子だったが、小梅は怪訝そうな顔つきで涌井を見上げつつ彼へと話しかけた。

「あの、涌井さん、さっき忘れ物がどうとか……」

「ああ、それね。この辺にクリスタルスカルを忘れてね」

「クリスタル……スカル?……」

 涌井は黒い手袋をはめた手で、小梅から見て右下の方向を指した。先ほどまで愛子が座っていた彫像の腹部だ。

「あ、そこにあったよ」

 小梅と愛子が涌井の指す先を見ると、そこには――頭蓋骨が置いてあった。

「ひいいいぃぃぃぃ!」

 愛子がまた悲鳴を上げる。小梅はそれから逃れようと咄嗟に身体をずらし、思わず彫像の頭を抱きしめていた。

 その頭蓋骨は実物大ではあるが当然本物ではなく、何か透明な素材で作られているようだった。

 涌井は前へと進み頭蓋骨を拾い上げると、それを両手で胸に抱えた。

「まあクリスタルと言いつつ本物の水晶じゃないレプリカなんだけどね」そして呆然と彼を見上げるふたりへと交互に顔を向け「じゃ、また後で」

 涌井はそう言うと、頭蓋骨を抱えたまま部室棟のほうへと颯爽と去っていった。

 放心気味に涌井の背中を見送るふたりだったが、我に帰ったようにようやく小梅が口を開く。

「あの人、『また後で』って言ってなかった?」

「え、また会うってこと?愛子たち気に入られたのかな?」

「それは分かんないけど……」

 そう呟いて小梅はその右手を頭蓋骨の置いてあった場所に乗せてみる。

「たしかここには……あんなもの無かったよね」

「そうだよ。だってそんなのがあったら、愛子ガイコツの上に座ってたことになるじゃん」

 いくら無頓着な愛子でも実物大の頭蓋骨の上に平然と座ることはないだろう。そもそも座りにくいはずだし愛子の座高に違和感を覚えるはず、と小梅は心の中で当たり前のことを考えていた。


「で、話途中だったよね?」

 愛子はそう言うと、右手を置いているのにも構わず、その場に再び腰掛けようとしたので、小梅は慌ててその手を引っ込めた。

 もしかしたらこのソコツガールは本当に頭蓋骨の上に座っていたのかも知れない、と小梅はあり得ない想定を信じそうになる。

「同好会の話、まだだったよね?」

 不意の珍客の登場に、小梅は何をどこまで話したのか分からなくなっていたが、愛子の言葉をきっかけに自分の発言を何となく思い出してきた。

 涌井の言動については依然不可解な点が残っているが、昼休みも残り少ないことだし、愛子に伝えるべきことを片付けよう、と小梅は頭を切り替えた。

「結論から言うと、スクールアイドル同好会を新設するっていうのは、生徒会書記の天水さんにも相談してみたけど、現状では難しいんだよね」

「う〜ん、やっぱりそうか……でも――」

「そう。あたしが“秘策”って書いたのは、同好会を新しく作るんじゃなくて、今ある同好会に加入することなの」

「え、アイドル同好会みたいなのって無いんじゃなかった?」

 小梅は弁当を入れていた巾着袋からスマホを取り出すと、おもむろに操作を始める。

「同好会設立の申請の際に、活動内容を提示する必要があるんだけど、その同好会がそれに即した活動をする限り、誰にも文句は言えないの」

「それって……活動内容に“アイドル活動”って書いてる同好会があるってこと?」

「ほら、これ見て」

 小梅が愛子に示したスマホ画面には、同好会の申請書を写した画像が表示されており、活動内容の記載箇所が拡大されていた。


 “超越的存在についての研究とその成果の発表”

 “超越的存在を召喚するための歌唱や舞踏を伴う儀式の開催”


「……“超越的存在”って何?……」

 愛子の脳内にはひたすら疑問符のみが浮かんでいた。

 小梅が答えを探すように目線を上に向ける。

「それはやっぱ、神とかUFOとかかなあ」

「神とかUFOとかをどうするの?」

「研究と発表は置くとして、もう一個のほうね。まあ神とかUFOとかを呼び出すために歌って踊るのが活動内容ってわけよ」

「えーと、アイドルってそういうもんじゃないよね?」

 愛子のもっともな疑問に小梅は目を閉じ静かにうなずく。

「そう、愛子の言うとおり。でもね、これが今考えられる多分たったひとつの抜け道なの」

「だけど神とかUFOとかって言われても……」

「“超越的存在”って言っても考え方ひとつなんだよね。例えばライブが盛り上がってステージと客席が一体となるような熱狂的状態、これを“神”って呼んでもいいわけだしさ」

「うわーなんか屁理屈……でも小梅の屁理屈っていつもエレガントな感じでいいよね」

「てか、愛子あたしがいつも屁理屈言ってると思ってんの?」

 少しむくれる小梅をまあまあとなだめる愛子だったが、釈然としないながらも小梅の提案を呑むしか道がないと考え始めていた。

「さらに言うと、普通の同好会に行ってアイドルやりますって言っても、通常なら受け入れてもらえないと思うの。だけどね、これには例外があって、規定である五人に満たない同好会は現在廃部の危機に瀕していて、新規に加入してくれる生徒がいるならウェルカムのはず。言い方悪いけど足元ガン見ですわ」

「でもさー、そこまでして同好会を存続させたいと思ってない場合もあるんじゃないの?」

 愛子はこの作戦にあまり乗り気でないのか、いつになく楽観っぷりが足りない。

 小梅は軽く息をつくと、改めて愛子に向き直った。

「まあ、実を言うとここまでは書記の天水さんの受け売りで、後は愛子の言うとおり同好会の人と実際に交渉してみないと分からないの。放課後、そこの部室に行ってみる?」

「うん、とりあえず。でも……なんか活動内容胡散臭くない?なんて同好会?」

 愛子は小梅のスマホ画面を指でスワイプしつつ、目をこらして見ている。

「気象研究会?天気予報とかする会じゃないの?」

「うん、あたしも何でそんな名前なのか分かんなくてさ。今は部員ふたりしかいないんだって」

「ふ〜ん意外と古いとこなんだねえ……え?」

 その時、スマホを眺めていた愛子が、驚きと怯えが入り混じったような表情で、画面と小梅の顔を交互に見た。

「部長の名前……」

「え?」

 愛子に言われ小梅も慌ててスマホを確認する。

 部長名は申請書の下部に追記されるようになっており、小梅は迂闊にもそれを見落としていたのだ。

 その名前は一番下に書かれていた。


 “気象研究会 部長 涌井麟人”


 ふたりの脳内に、色とりどりに変化する頭のイメージが浮かんでいた。

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