第48話 防具屋のお仕事⑫ ラメラーアーマー
そして翌日――――。
「…………むむむむむ」
眉間に縦じわを深く深く刻んでネアリは唸っていた。
ここは武器屋『ヒノモト』の訓練場。
彼女の前には腰をくねらせ妖艶に踊るネジュリの姿がある。
柵を挟んだ外にはセーラとブレザも観戦に来ていた。
「今回の防具はね、父さんと私、そしてブレザの三人がかりで作った防具屋『パビス』特製のラメラーアーマーだからね!! 昨日までの既製品とはひと味違うわよ!!」
ビシッと指さしてセーラがネアリに挑戦状を叩きつける。
その目は充血していて髪もボサボサ、足がふらついている。
「そ、そう……?」
困った顔でネアリが苦笑いする。
今日の朝方まで向かいの防具屋の明かりが点いたままだったのでおかしいなと思っていたのだが、どうやらこのアーマーを作るのに徹夜で作業していたみたいだ。
そして出来上がったのがいまネジュリが装備しているアーマーなのだろうが……。
チェインメイルをベースに、大きなうろこを全身に張り付けて機動力を確保しつつ防御力も上げている。
使われているうろこはレッサーワイバーンの物だろう。
ならば木片の軽さに鉄の強度を持っているはず。
武器はいつもの細身の剣だが、左腕にはバックラーがはめられていてる。
バックラーとは前腕に固定する小型の軽盾で、攻撃を弾くのではなく受け流すタイプの盾。手は自由なので武器の持ち替えや両手武器にも対応できる万能型の防具である。
全体的なバランスとして機動性重視。さらに高価なうろこを使っているおかげで防御力も充分といったまずまず悪くない装備である。
デザイン以外は。
「はぁ~~~~……」
頬を赤くしながらネアリは頭を掻く。
体のラインぴったりに編まれたチェーンはまるで水着のようにきわどく形作られ、大きく開けられた胸元に肩と腕、太ももは素肌丸出しで、まるでペン先のように鋭角にカットされたビキニラインにいたっては、もはやツッコむ気力も出ない。ラメラーアーマー自体は良い出来だけに、この肌色率の高さは頭を抱えるところである。
唯一、足だけは膝丈の鉄靴を装備しているが、上半身その他とのギャップが掛け算のエロスを湧き出しており、純情なブレザの毛細血管は――――以下略。
「さあ、ネアリちゃん!! 三回目の正直よ、今回こそは腕を認めてもらうわ!!」
「……いや、今回で五回目なんですけど」
セーラも何を考えているのだろうか?
こんなハレンチなデザイン、防具として欠点が有り過ぎるのは彼女とてわかるだろうに。しかし今回に限ってわざわざ観戦しに来たということはそれなりに自信があるということだろう。
ほんとはいつものごとく門前払いで瞬殺したいが、幼なじみでお隣さんのよしみだ、ここは面倒でも少しは真面目に相手してやりますか、とネアリはため息を吐く。
そして壁に立てかけてある武器の中から今回に適したエモノを一つ選ぶ。
……アーマー自体はかなり良いものだからそこを避けて攻撃するのがいい。
ならばむき出しの腕か足ということになるのだが、そうなると真剣で当ててしまえば怪我をさせてしまいかねない。
勝負とはいえ店先でお客に血を見せるわけにもいかないし……。
「しょうがないなぁ……」
少し迷ってネアリが手にしたのは竹で作られた模造刀――――『竹刀』であった。
それを見てセーラの目がキュピンと光る。
竹刀とはネアリの親父さんの故郷である、東の国の訓練用の刀で数本の竹板を合わせて作った模造刀である。
訓練で怪我をしないように刀身にクッションを持たせてあるので相手に深い怪我をさせる心配はない。
しかしだからと油断してかかっていいと言う物でもなく、防具無しで当てられたら転がり回るほど痛いし、当たりどころによって卒倒させられてしまうほどの威力は持っている。
小さい頃、ネアリとチャンバラごっこして遊んでいたセーラはそれを嫌というほど知っているし、それはネアリも同様だ。
クロスアーマーのように切り裂くこともチェインメイルのように突っつくことも出来ない強度に、ハンマーでは追いつかない機動性。
加えて『さあどうぞ』と言わんばかりに、あえて防御力0の素肌をむき出しにしたこのデザインならばネアリは必ず竹刀を持ち出すと思っていた。
決して油断できない武器ではあるが、しかしそれでも模造刀は模造刀。
まずはしっかり攻撃力を削いでやったぞ、とセーラはほくそ笑んだ。
「ふふふ……馬鹿めネアリ。こっちは1分持ちこたえれば勝ちなんですからね」
呟くと同時にセーラは『始め!!』と開始の合図を送った。
ひっくり返される砂時計。
――――ダッ!!
まずは小手始めとばかりにネアリが動いた。
そして早速、竹刀でネジュリの太ももを狙ってくる!!
「来たわねっ!?」
バシンッ!!
しかしその一撃はバックラーによって防がれてしまう。
「よしっ!!」
拳を握るセーラ。
流された竹刀の軌道に逆らうことなく回転するネアリは流れるように今度はむき出しの肩へと振り下ろす!!
が――――、
パァンッ!!
それも細身の剣で弾かれてしまう。
竹製の刀身を切り落とされないように刀を引いたネアリはそのまま体勢を落とし、また太ももへと斬りかかるが、
バシィン!!
今度は膝でそれを受けられてしまった。
鉄靴により膝も鉄壁の盾となっているのだ。
「――――!?」
続けて三撃も攻撃を凌がれて、ネアリは驚きながら距離を取った。
「よっし、よしよし!!」
その攻防にセーラは狙い通りと興奮し両拳を握りしめた。
ビキニアーマーもそうだが、守りを固めるのだけが良い防具じゃない。あえて欠点を作ることによって相手の攻撃を誘導するのもまた防具の役割の一つなのだ。
肩・腕・足。
狙ってくるところがこの三つだと絞り込めれば、いかに技量に差があろうとそうそうやられることはない。
開始5秒。残り55秒。
この調子で守りに徹すればきっと逃げ切れる。
防具屋の意地とプライドを賭けて必ずこの勝負勝たせてみせる、セーラは意気込み鼻息を荒くするのであった。
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