第43話 防具屋のお仕事⑦ ラメラーアーマー

「股下78センチ……と。ふう、お疲れ様でした。ご協力感謝です。」


 血しぶきで赤く染まった顔をニコリと上げ、ネジュリに礼を言うセーラ。

 同じく赤く染まった下半身を布巾で拭いながら「どういたしまして」と上機嫌で返事するネジュリ。


 二人の血は言うまでもなくブレザのモノである。


 股下寸法をキチンと測り切るまでかかった時間、およそ20分。

 その間、吹き出した鼻血。計6回。

 量にしてだいたいジョッキ一杯分。

 きのう出した分と合わせればかなりの量になるだろう。


 さすがに干からびて床に転がっているブレザ。


 もう何も出ないと言った感じだが、その甲斐あって最後の方はかなり冷静に巻き尺を操ることが出来ていた。


 まぁ、貧血でボ~~としていただけかもしれないが……。


 しかしかなりの経験値を積ませてもらったのは確実だろう。

 この調子で少しずつ免疫を作らせていけば、来年くらいには立派に一人で店を回せるようになるだろう。

 セーラも、もう16歳。

 結婚している同級生もいる。

 自分にも、いつどこでいい人が見つかるかわからないし、そうなったとき私がいなければ店が回らない、じゃ困るのだ。

 などと取らぬ狸の皮算用などしつつ、


「ではまた明日までに調整しておきますから。いつでもお越しください」


 と、木札を渡してネジュリを見送る。


「ありがとう。また明日ね」


 代金の金貨を気前よく払って、明日のリベンジを誓い彼女は帰って行った。





 ――――翌朝。


 ンガチャコン、ンガチャコン、ンガチャコン……とぎこちなく床を擦り歩くアイアンゴーレム……もとい、プレートメイルを着込んだネジュリ。


「……ぐぐぎぎぎぎぃ……」

 中から食いしばる音が聞こえる。


「あの……だ、大丈夫ですか」

 案の定な展開に、つまずいてひっくり返らないよう背中を添えるセーラ。


「だ、だ……大丈夫よ……めちゃくちゃ重いけど…………向かいまでは……なんとかたどり着いてみせるわ…………」


 鎧だけでも30キロくらいある上に、プレートメイルなので、もれなく重厚なタワーシールドも付いてくる。


 総重量は60キロを超えていた。


 それでもなんとかズリズリと歩を進め、店の出口までたどり着く。

 ここまでですでにネジュリは汗だくで、兜からは湧いたヤカンのように湯気がゆらゆらと上がっている。


「ちょっとブレザ、あんたも手伝いなさいよ!!」


 一緒になって背中を押せと言いたかったセーラだが、昨日で精力を使い果たしたブレザは貧血で突っ伏し、干からびていた。


「だから昨日あれほどほうれん草を食べておけって言ったのに……なさけない」

「も、もう大丈夫。ここから先は一人で行くから、ありがとうね」


 武器屋『ヒノモト』の門戸を目前にネジュリセーラに礼を言う。


「大丈夫ですか?」

「ええ……これから決闘するっていうのに、人に支えてもらいながら登場したんじゃカッコつかないしね」


 いや、もはやかっこいい悪いの次元ではなくなっている。

 少し開いた扉の隙間からゲッソリと呆れ果てた表情のネアリがこっちを見ていた。


「そ、そうですか……じ、じゃあ……ご健闘を!!」

 これ以上はネジュリの問題だからと、おせっかいはしないでおく。


 そしてそそくさと自分の店に戻り、扉を閉めてしばらくすると……。


 んごわぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんんん~~~~~~~~……。


 と、鐘を打つような音が聞こえてきた。

 いやな予感がして、そっと扉を開けて表の様子を見るセーラ。

 すると向かいの修練場広場にひっくり返っているアイアンゴーレムと、大きなウォーハンマーを担いで店に戻っていくネアリの姿が見えた。


 ぉんぉんぉんぉんぉんぉん……と、いまだ音の余韻は続いている。


 どうやらあのハンマーで滅多打ちを食らったらしく、あわれネジュリは失神しているようだ。


「いかんいかん!! ちょっとブレザ、干からびてないでいらっしゃい!! ネジュリさんを助け出すわよ!!」


 ペラペラのブレザを引っ張りながらセーラは彼女を助けに出たのだった。





「え~~~~ん、え~~~~ん!!」

 また妖艶美女による禁断の子供無きを披露するネジュリ。


 ひん曲がったタワーシールドに、ボコボコに凹んだプレートアーマー。

 それらを外して、薄布一枚だけの上半身をさらけ出している。

 汗でベチョベチョに濡れた肌着は露骨に肌を透かしており、ブレザはセーラの後ろでまたも鼻を詰め直していた。

 もう出るものがないのか、出血は少しだったみたいだが……。


「ハ、ハ、ハ、ハンマーまで持ち出すなんて聞いてないわよえ~~~~んっ!!」

「……一応あいつもプロですから、店の中に有る武器は一通り使いこなしますよ」


 剣や槍ではなかなかダメージが与えられない高防御力のプレートメイルだが、大きな弱点が2つある。


 一つが、重くて動きが遅くなるのと言うこと。


 もう一つが、ハンマーなどの鈍器による重打撃に弱いことだ。


 分厚い鉄板は破壊されなくとも、中の人間には大ダメージが通ってしまう。

 なので戦場ではそういったアーマーナイトに対抗して天敵のハンマー使いは必ず一定数配置されている。

 もちろん分厚いアーマーを着るのも、重いハンマーを振り回すのも屈強な男でないと務まらないのだが、今回は世にも珍しい華奢な女性同士のアーマー・ハンマー対決となってしまった。


 結果はほとんど動けなかったネジュリの完敗で、遠心力を利用してコマのように回転してくるネアリに為す術なく滅多打ちを食らい、トドメの単純明快な縦大振りで盾ごとノサれたらしい。


 予想通りの結果にセーラは深い溜息を吐いて苦笑いするのだった。

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