第44話 防具屋のお仕事⑧ ラメラーアーマー

「つまり、防具もバランスが大事なんですよ」


 ひとしきりベソをかいて落ち着いたネジュリに、防具の何たるかを語るセーラ。


「ただ、防御力の高い物を装備すれば良いというものではなく、身軽さとの兼ね合いが重要なのです」


 一応ネジュリもプロの傭兵。

 そんなこと一から教えなくても充分承知しているだろうが、いまの様子を見る限り知識はあっても理解はしていないらしい。

 なので専門家の立場からキチンと説明し直しているのだ。


「盾は攻撃を防ぐ物です。なのでコレは積極的に相手の武器とぶつけても構いません。しかし鎧や兜などの身に纏う防具は基本的にそういう想定で作られてはいないのです」


 凹んだ鎧をコンコンと小突きつつおさらいする。


 ちなみにこのアーマーセットは、どうせ使いこなせないと店が買い取った。

 まだ一回しか使っていないので返品扱いにしてもいいところだが、ここまで凹まされてはさすがにそれも出来ない。

 きっちり、売値の三割で買い取った。


「しくしく……」


 まだ少しベソをかいているネジュリに構わず、おさらいを続けるセーラ。


「防御の基本はあくまで攻撃に当たらないこと。鎧などは、それでも当たってしまったときの最後の防ぎ手として考えておくべきなのです。最初っから当たるつもりで装備するものではありません」

「はい……それはもう……身をもって体験しました」


 先生に怒られる出来の悪い生徒のごとくうなだれるネジュリ。

 たしかに、どんなに硬くったって動けなければ話にならない。

 そんなことは実戦経験が豊富な彼女は充分わかっているのだが、1分もてば合格と言う甘美な挑発につい冷静さを欠いてしまったのだ。

 たかが1分。

 それでも動けない者やノロマ相手では仕留めるには充分な時間なのである。


「というわけで、防御において重要なのは硬さよりも身軽さなのです。相手の攻撃を避ける俊敏さを残しつつ、いざという時の硬さも確保する。これが良い防具選びの秘訣なのです」


 一つ指を立て説明するセーラに深くうなずくネジュリ。

 そしてその視線はまた別の防具に向けられた。


「そうね、じゃあ次はあれがいいわ。あれを売ってちょうだい」


 とある防具を指差す。

 それは店の一番目立つところに置いてあるこの店一番の売れ筋商品だった。


「チェインメイルですか? たしかにアレなら重さもそこそこ、防御力もそこそこ、そして何より動きやすいですからね。よく売れている商品ですよ」


 言ってそれを木製マネキンから外すセーラ。


 チェインメイルとは鉄で作った輪をいくつもつなぎ合わせて服の形に生成した鎧の一種で、鉄の強度と無関節の機動性。そして輪で作られているため肉抜きされた意外な軽さが売りの万能防具で、身軽さを武器とする盗賊や忍者もこの鎧を好んで使う。


 早速試着してみるネジュリ。

 着てみるとそれでもさすがにズッシリくるがプレートアーマーほどではないし、関節が自由に曲がって確かに動きやすい。


「うん、いい感じね。じゃあ今度はこれで挑んでみるわ。またサイスを調整しておいてもらえる?」


 ご機嫌で仕立てを依頼するが、


「……あと、下半身も何か履いたほうがいいと思いますけど?」


 下着むき出しの下半身を見て、セーラが冷ややかなめを向ける。


「ん~~、でもそれだと色気無さすぎない? やっぱり女としてはデザインも重視したいわけよね」


 それは理解できるが、下着むき出しのどこにデザイン性があるというのか? 

 そう突っ込みたかったセーラだが、後ろで弟が真っ赤な顔をしつつネジュリをチラチラ見ているので、なるほどこんなアホな格好でも男には通用するのか、と一応納得する。


「さっきのプレートアーマーは逆に無骨すぎて良かったのよね。鋼鉄の鎧に身を包んだ屈強な戦士。しかしその正体はババーン、って感じで中から薄着の美女が現れるのって良くない? ねぇ、そそらない?」


 ……なるほど、やけに素直に装備すると思ったらそういう下心があったのか。


 呆れて目を覆いたくなるセーラだが、しかしこのままネアリの前に出すと、クロースアーマーの時みたいに無言でバラされるのは目に見えている。


「ネアリの逆鱗を刺激しないためにも、ここはまともな格好で挑んだほうがいいと思います。あいつ怒れば怒るほど強くなるんで」


 普通は冷静さを失うほうが弱くなるものだが、あの化け物はキレればキレるほど考えがシンプルになって技のキレが増す。


「そ……そうなの……??」

「ネアリはなるべく刺激しないようにして平静を保たたせておいたほうが良いんです。そうすればあいつ、相手の力量とか弱点とか技の流派とか分析し始めて遊びますから、それで何とか時間稼ぎすれば1分くらい凌げるんじゃないですかね?」


 頭にきたら人の言い分なんかお構いなしに、烈火の如く責め立ててくるネアリの恐ろしさは、小さい頃からの喧嘩で嫌になるほど知っている。そうなった時のあいつはまるで軍神でも宿ったかのように無慈悲で無駄のない攻撃を無表情で無制限に放ってくる。

 そうなるともうそれを止められるのはネアリの親父さんくらいしかいない。

 ともかくあいつを怒らせて良いことなど一つもないのだ。


「なので、ここは大人しく下半身も大人しい格好をしましょう」

 言ってセーラは、なめし革のレザーパンツとロングブーツを用意した。

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