第37話 防具屋のお仕事① ラメラーアーマー

「おおおぃ!! おねえちゃん、ちょっとお客さん見てくれない!?」


 店舗の方から情けない声が響いてくる。

 その声に反応して洗濯物をしぼる手を止める金髪ツインテールの少女。


 ……また弟が女性客相手に戸惑っているのか?


 やれやれ、少しは慣れて欲しいものだと手拭いで手を拭きながら、セーラはため息を吐いた。


「はいはい、いま行くよ~~」


 エプロンのシワを直して、店舗への扉をくぐる。


「あ、いらっしゃいませ~~~~♪」


 店に出るとすぐ、顔を赤くして困っている情けない弟と、その弟をイタズラっぽい目線で眺めている、スタイル抜群の女戦士が立っていた。


 客だろう女戦士はマントに細身の剣、そしてほとんど裸じゃね? と言いたくなるような際どいビキニアーマーを装備して、腰を艶めかしくプリプリ振っている。

 少しカールのかかったピンク色の長い髪と、誘うような艶めかしい目線は同性であるセーラでさえも色気を感じてしまう。


(あ……、これじゃあウブな弟には荷が重すぎるな)


 一瞬で事態を把握したセーラはすかさず弟と交代し、接客を始めた。


「防具屋『パビス』へようこそ。私、女性担当の売り子をしていますセーラと言います。本日はどう言ったご要件ですか?」


 ニコニコとそのセクシー・ダイナマイトなお客に笑いかけるセーラ。


 防具屋『パビス』

 ここモーゼル通りに居を構える老舗防具屋で、扱う品は鎧、盾、兜など戦闘用防御具を中心に普段着の洋服まで幅広く扱っている。


 彼女は一つ下の弟『ブレザ』と一緒に店舗の接客を担当していた。

 店主である父親は奥でアーマーなどの修理をしていて、母は縫い物を担当している。


「うん、ちょっと修理を依頼したくてねぇん」


 そう言ってその女戦士はアーマーのパンツを指さした。


「修理ですか? わかりました。どこを故障されましたか?」

「形がね、歪んじゃってさ。このままじゃこう……動いたときに横から見えちゃうんだよね」


 女戦士は剣を構える仕草をして腰を落として見せる。

 と、アーマーパンツに隙間が出来て、そこから下の布地がチラリと見える。


「――――ぶ~~~~っ!??」


 それを見てしまったブレザが顔を真赤にして横を向いてしまう。

 鼻からはポタポタと血が流れて、それを隠すように慌てて両手で顔を覆ってしまう。


「ね? まぁ……これはこれでアリなんだろうけどさ、普段までジロジロ見られちまうのはちょっとみっともないかなと思ってね」


 そんなウブな男子店員をニヤニヤ見ながら女戦士は説明した。


「ははは、そうですね。最低限の慎みは必要ですからね」


 セーラは笑って、ブレザの足を踏んづけた。


 ビキニアーマーは読んで字の如く、胸と腰を僅かな金属と革で隠しただけの簡単な防具で、それ以外の肌は剥き出し状態のため、防御力はほとんどない。

 しかし世の多くの女性戦士がそれを好んで装備するのはその防御力を期待してではなく、敵の男性を魅了するためにあった。


 戦場において、男どもはたいてい欲求不満の権化と化している。

 そこにこの扇情的な姿を見せつければ、ほとんどの男は集中を欠き、大きな隙きを作り出す。

 そことプスッとやるわけである。

 まぁ、モンスターに対しては当然意味がないので、戦士と言っても冒険者系の女性ならばこの装備は選ばない。


 おそらく彼女は対人戦闘専門の傭兵さんだろう。

 セーラは心の中でそう分析した。


「では、そちらをお預かりしますので、こちらでお着替え下さい」

「そお? じゃあ借りるわね?」


 言って試着用の簡易更衣室へと案内する。

 そして装備を外して、上下とも下着姿のハレンチ極まりない姿になってその女戦士は出てきた。


「ぶ~~~~っ!!」

 再び鼻血を吹き出すブレザ。


「あ……あのお客様? 何か着替えをお持ちでは……?」

 頬を引くつかせてセーラが問う。


「あらやだごめんなさい。でも……こうやってマントで隠せば……ね」


 言って、マントで全身を隠す女戦士。

 まあ……確かにこれだと下着は見ないが……妖しさは増えた気がする。


「ま、まぁ……お客様がそれでよろしければ」

「どのくらいで修理出来そう?」


 外したアーマーをカウンターに置き、女戦士は尋ねてきた。


「枠金が歪んでいるだけですので、夕方にはお渡し出来ますよ」

「そう? じゃあまた夕方来るわね」

「あ、お客様。お名前を」

「ネジュリよ」

「ネジュリ様ですね。ではまた後ほど」

「うん。よろしくね」


 言って上機嫌で店を出ていこうとするネジュリ。

 と、突然振り返り――――、


「――――ばっ!!」


 と、ブレザに向けてマントを開いて見せた。


「ぶ~~~~~~~~~~っ!????」


 またまた鼻血を吹き出すブレザ。

 いよいよ床とシャツが真っ赤になってきた。

 そのようすを満足気に確認してネジュリは店を出ていった。


「……情けない」


 セーラは額を押さえてため息を吐いた。

 ほとんど痴女と化したあのお客さんも問題だが、もっと問題なのはこの弟の方である。


 防具屋という商売柄、お客さんの身体を見たり触れたりすることは多い。

 当然、いまのお客さんのように女性も多く訪れて、それらにいちいち照れたり意識していては仕事にならない。

 普通の服屋では接客は女性がやっているので良いのだが、重量物を多く扱う防具屋ではそうもいかない。


 弟ももう15歳。立派な成人である。


 そろそろ女性客にも慣れて、一人で店を回せるようになってもらわなければ困るのだ。

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