第36話 酒場のお仕事⑭ 料理本
山菜のミソ和えも美味かった。
山菜特有の苦味やエグ味がミソによって中和され、かつ、山の清廉なる風味は逆に強調されて体の悪い物がため息とともに消えていくようであった。
そして田楽。
粘り気のある芋を水茹したものに砂糖を混ぜたミソがのせてあり、しょっぱ甘い独特の風味がデザートとして深い満足感を与えてくれる。
「これはいいな!! 芋で腹が膨れて、そして甘くて、塩気もあって……旅で疲れた体にちょうどいい」
すっかり芋田楽を気に入ってしまったアーロウは、口いっぱいに頬張りながら満面の笑みを浮かべる。
「おいおい、さっきまで吐きそうな顔をしていたヤツが随分と現金なもんだな?」
茶化すようにアーロウを小突くガイラ。
「いいだろべつに。それにこの店の料理だから食ったんだ。ロクに衛生管理も出来ていないような他の店じゃ、やっぱり食う気にはならないな!!」
「あらあら、ありがとう御座います。うちの店でよろしければぜひ常連さんになって下さいね」
他の客の料理を準備しつつ、嬉しそうに頬を緩めるライカ。
アーロウは真剣な顔でうつむき、考え込む。
そしてガイラに向かってある決断を口にする。
「……なあ、ガイラ。勝手なことを言うようだが、俺、この街を――――」
「この街を拠点に変えてみたい、だろ? いいんじゃないか、お前の偏食が治るまでこの店でもっと色んな料理を食わせて貰えばいいさ。故郷に残してきた俺の嫁には後で手紙でも書いておくさ」
「……いいのか? べつにお前は付き合ってくれなくてもいいんだぞ?」
「バカ野郎。俺がいなきゃ誰がお前の前衛に立つんだよ。それにライカちゃんのおかげでお前の飯も多少はマシになりそうだからな。ここを拠点に、俺もいっちょう暴れさせてもらうつもりだぜ」
力こぶしをパンと叩いて、ガイラがやる気を見せる。
どうやら食事事情の改善が出来そうなのが相当嬉しいみたいだ。
「へえ、あんたらウチの常連になってくれるってかい? そりゃありがたいねぇ。なんなら宿も利用してくれりゃ、朝飯も作ってやるよ?」
女将のオリンパがおかわりの酒を持ってやってきた。
「朝飯も? 本当か??」
目を輝かせる二人。
「ああ、本当さ。ただし夜は他の冒険者と雑魚寝だから、匂いは我慢してもらうけどね」
「……う、それは嫌だな」
「なに、さっきのニオイ消しぶっかけてやりゃ、多少はマシになるんじゃないか?」
「匂いだけ取ればいいってもんでも無いんだがなぁ……」
「べつに無理して泊まって頂けなくても、晩餐の残りで良ければお包みしますよ?」
「本当か!?」
「はい。殺菌作用のある包み紙を例の知り合いの魔術師に用意してもらっていますから、それに包んでおけば一晩たっても痛むことはありませんので」
「何から何まで凄いなこの店は!!」
きめ細やかな対応に感心するガイラとアーロウ。
そんな彼らにオリンパは言った。
「ああそうさ。でもね凄いのはこの店だけじゃないよ? このモーリス通り商店街にはまだまだ他にはない、こだわりの店がたくさんあるからね。あんたらも、ここを拠点にするんだったら他の店もぜひ贔屓にしておくれよ?」
「ああ、もちろんだ」
女将の言葉に大きくうなずくガイラ。
そういえばこの店に来る途中、妙に品揃えのいい武器屋があった。
可愛い女の子が店番をしていたようだが、もしかしたらそこもここと同じく特別な店なのかも知れない。
覗いてみる価値は充分にありそうだ。
ガイラはさっそく明日にでも覗いてみようと楽しみになった。
「俺は、とにもかくにも『デネブ魔法書店』だったか? そこに行って洗剤とやらとニオイ消しを調達してくる。正直、今の宿ですら匂いが気になってなかなか寝付けんからな」
「じゃあデネブにお客さんが増えたと伝えておきますね。それから……」
言ってライカはカウンターの上に四つの瓶を並べた。
「これがカレールウで、こちらがミソです。で、こっちが和え物用の味ミソに田楽用の甘ミソです。どれもこの瓶に入れておけば二ヶ月は持ちますから。無くなったらまたお作りしますね」
「おお、ありがたい!! これでどんなキャンプも楽しくなるぞ」
「……ミソ鍋はお出汁を入れないと美味しくないので、そこだけは注意してくださいね」
「お出汁? なんだそれ? また新しい調味料か??」
なんのことだと目をパチクリさせるアーロウ。
ああ、なるほど……これはガイラさんも苦労されたんですね、とライカは苦笑いを浮かべた。
それから数年後――――。
とある国のとある街で、新たな料理屋が開店した。
その店はとても美味しく珍しい料理を出すと評判で、瞬く間に繁盛していった。
その店の名は『アーロウ古代料理店』
とある国のとある街。
とある美人料理人直伝の技を習得した店主が開いた店である。
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