第35話 酒場のお仕事⑬ 料理本
三杯目のカレーを貪りながらアーロウはライカに聞いた。
「ほ、本当にこ、この『ルウ』とやらを溶かせばどんなものもこのカレーになるのか??」
「はい。煮込む具材によって多少の風味の違いは出ますけど、たいていどれも美味しいカレーになります」
「うむ、ならば。このルウとやらさえ持っていけば、いつどこでもカレーが食えるということだな!!」
嬉しそうにガイラが目を輝かせる。
「ああ、それにルウ自体は香辛料の塊だから、どんなに持ち歩いても腐ったりしない!! まさに俺たち冒険者にぴったりの料理じゃないか!!」
「おう!! これで俺たちの食事情がかなり改善されるぞ!!」
「でも……カレーだけじゃちょっとさみしいですよね」
盛り上がる二人に、料理書を見つめながらライカは言った。
そして同じページにある『ミソ』という料理を指差して、
「これもすぐにご用意出来ますからちょっと待ってて下さいね」
と、そそくさと厨房の裏に消えていく。
しばらくして戻ってきたと思うと、木皿に何やら赤茶色い物が乗っかっていた。
それを見た二人はとても嫌なものを連想し、顔を引きつらせた。
「お、お、お、おい、それは何だ!? ま……まさか◯◯◯か!?? いや、確かにさっき俺はあんたのソレなら食えるとか思ったが、あれはあくまで例えであって本当に食べたいと言う意味ではないぞ!??? いや、その……まぁ、どうしてもというのならば……やぶさかではないが……」
――――ガンッ!!
慌てふためき、何かに目覚めようとするアーロウの頭を思いっきり殴りつけるガイラ。
遠くからさらに厳しい女将の視線が飛んでくる。
「――――え?……??」
突然の揉め事に、何が起こっているのか『???』顔なライカ。
「ああ、いやいやこっちの話だ、ライカちゃんは何も気にしなくていいことだ。こいつはともかく、俺は断じて変態ではないからそれだけ信じてくれればいい」
ますます意味がわからなくてハテナ顔なライカ。
「と、ところで……その……そ、そ、それは?」
恐る恐る、ライカが持っているそのブツを指差すガイラ。
「はい。これがそのミソというものです」
「み……ミソ?? そ、それはいったい何なのだ??」
脂汗をダラダラ流しているガイラに、ライカは首をかしげつつ答える。
「これも古代レシピを参考に作った調味料ですわ。ソイ豆を原料にしてお塩とコウジを混ぜて発酵させたものなのですよ」
「コウジ? 発酵……?? よくわからんが、これはつまりは豆か?」
「はい。元々はお豆さんです」
それを聞いてガイラはほっと胸を撫で下ろした。
「そ……そうか良かった……俺はてっきりウン――――」
――――ごわぁんっ!!!!
言いかけたガイラの頭に鉄製のおボンが直撃した。
「……これ以上、うちの娘をおかしな妄想で汚したら、あんたらマジでぶち殺すからね?」
勇者を前にした魔王のような威圧的な視線で、女将がこちらを睨みつけていた。
それで何となく事態を理解したライカは顔を真っ赤にして頬を引きつかせる。
「こ、これは豆です!! お豆です!! 断じて私のその……あの、その……変なモノではありませんっ!!!!」
『は、はいっ!! ごめんなさいっ!!』
怒るライカに慌てて謝る二人であった。
「――――うまっ!!」
ポトフに少量のミソを混ぜた『ミソ鍋』なるものを食べて、アーロウは再び目を剥いた。
「……おお、本当だ!! さっきのカレーと違ってこっちは随分とあっさりしてて別物だが、香ばしい豆の香りと塩加減がちょうど良くて、具材の味がより引き立っている感じがするな。俺はコッチのほうが好きかもしれん」
ガイラもその味に感動して、次々とそのミソ鍋を口に運んでいる。
「このミソもとても腐りにくく持ち運びに適していて、しかもヨーグルトと同じく健康食品ですから体の調子も整えてくれるんですよ。それに匂いのキツい蛇や熊の肉などの臭みも取ってくれて旅のお供には最適です」
「なんと、それは助かる!! 俺は熊肉が苦手でな、せっかく捕らえても臭くてなかなか食うのを躊躇ってたんだよ」
「そうですか、それは良かったです。では、こちらの料理もどうぞ」
言ってライカはさらに料理を出してきた。
「これは??」
それを覗き込む二人。
「これは魚のミソ煮と山菜のミソ和え、そしてミソ田楽です」
「へぇ……どれどれ」
まずは魚のミソ煮から食べてみるアーロウ。
さっきまでの潔癖症はどこへやら、すっかりライカの料理の夢中になっているようで、もはやそのフォークに迷うようすは微塵もなかった。
「うお!! これも凄い!! たしかに魚の臭みが消えている、美味い!!」
「ああ、本当だ!! 何も生臭さを感じない!! 凄いぞこれは!!」
魚は特に腐るのが早い。
海辺の街ならばともかく、こんな内陸街の魚料理なんて半分腐って匂いもキツく、香草まみれにして焼いてもなお生臭いというのに、このミソ煮とやらは本当に一欠片も嫌な匂いを感じさせなかった。
あるのはただミソの香ばしい香りのみ。
「……本当に……これは魔法みたいなレシピだな」
ライカの手元に置かれた不思議な料理の魔法書を見て、ガイラは感動しつつ呟いた。
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