第34話 酒場のお仕事⑫ 料理本
ドンっとコンロに置かれたフライパン。
火を点けたその中に、まずバターを投入する。
いい感じに溶けてきた頃合いで小麦粉も入れる。
それをかき混ぜながら極弱火でトロトロになるまでかき混ぜる。
そうしつつ、もう一つのコンロに同じフライパンを置いて、
「え~~~~と……何でしたっけ……?」
頭をポリポリ掻きながら、ライカは魔法の料理書を見返す。
「え~~~~と……ターメリックにカルダモン。……ん~~と、クミン、シナモン、コリアンダー、オールスパイス、クローブス、ナツメグ、にんにく粉……」
料理書を見つつ、棚から次々とスパイスの瓶を取り出すライカ。
料理台には所狭しと15種類の香辛料やら調味料が並べられ、ガイラたちは何が何やらと目を白黒させる。
そして先のフライパンを焦げ付かせないように時折かき混ぜつつ、新たなフライパンに、用意したスパイスを次々と投入していった。
そしてしばらくそのスパイスの塊を炒ると――――、
「うおぉ……なんだこりゃ、すげえ香ばしい匂いがしてきたぞ」
「ああ、何だが味が濃くて辛そうだが……この香りはたまらん!! もの凄く食欲を掻き立てられる!!」
アーロウの呟きにガイラも大きくうなずいて唾を飲み込んだ。
そしてしばらく炒ったスパイスを最初のバターと小麦粉で作ったベースと合わせ、さらに火を通す。
充分に火を通したら、そこにハチミツを入れて、用意しておいたショットグラスにそれらを小分けにして流し込んでいった。
そしてそれが冷えるまで暫し待つと、
「はい、出来上がりました、これが『カレールウ』です」
ニッコリ笑ってライカが二人にそれを見せてきた。
小さなコップに入れられたその茶色い固形物をアーロウは興味深げに覗き込む。
「……これが、カレーとやらか??」
香りは香ばしく食欲を刺激してくるのだが、しかし何とも……これ自体を食べ物というにはちょっとおかしな感じである。
そもそも、ほとんどが香辛料の粉だし、料理書の絵ともだいぶ違っていた。
「いえいえ、これは『カレー』の元になる『ルウ』というものです」
「るう?」
「はい。これを旅の先々で手に入れた食材と一緒に煮込むと、どんなものでも大抵カレー味になって美味しく食べることが出来るんですよ?」
「……これが??」
怪しげに首を傾げてアーロウがそれを一擦り指につけて舐めてみる。
「――――――――辛~~~~~~~~っ!!」
「そのままだとダメですよ~~。これはあくまで料理の元なんですから、ちゃんと調理しないと食べられませんよ?」
火を吹くアーロウをライカがムクレてたしなめた。
「なるほど……それほど辛いならば確かに腐る心配は無さそうだな。それにこの大きさ軽さなら持ち運ぶにも問題無さそうだ」
昼間の辛さを思い出し、苦い顔をしながらガイラがそう分析する。
「はい、それに入れたスパイスはそれぞれ発汗、健胃、抗酸化作用があります。発汗作用で新陳代謝を高め、食欲を増進させ、胃腸の働きを高め、疲労を回復するなどの効能を持っています」
「ほ、本当か!?」
その効能に食いつくアーロウ。
「……って書いてあります。じつは私も細かいところまではわからないんですケドね……」
と、イタズラっぽく笑い、料理書を二人に見せるライカ。
しかし二人にはそこに書かれている文字は読めないので、いまいちわからない。
「まぁ……それはいいとして、問題は味だよな……」
「はい。では実際にこのルウを使ってカレーを作っていきましょう」
ライカは大鍋に入っているポトフを手鍋に移し取って火をかけた。
「いまは丁度いいのでこのポトフを使いますけど、べつに具材はなんでもいいですよ、適当に食べられるものを水で煮て下さい」
「そ、そうか、それは簡単だな」
とアーロウ。
そして、くつくつと沸騰してきたそこに『ルウ』を一つ、ポンと入れる。
「はい。後はよくかき混ぜて終わりです」
お玉でグルグル混ぜながらライカはニコリとそう言った。
「は? これで終わり?? ……ただルウを入れただけだぜ??」
「はい、これで終わりです」
あまりに単純な料理に呆れ驚くアーロウ。
ルウを入れ垂れたポトフはみるみる色が変わって茶色くなり、トロみも出てきているようだ。同時に香りもまろやかになり、より一層食欲をかき立ててくる。
ライカは出来た『カレー』をスープ皿によそい、粗挽き小麦のパンと一緒にカウンターに二人分並べた。
「では、どうぞお試しくださいませ。当店自慢の『古代レシピのカレー』で御座います」
胸に右手を当て、少し大げさに会釈する。
「古代レシピのカレー……」
漂う香りに我慢が出来ず、二人は喉を鳴らしながらさっそく匙を手に取る。
そしてぱくりと一口
「~~~~~~~~――――――――っ!!~~っ!??」
言葉にならない歓声が二人から上がった。
まず、鼻を抜ける複雑かつ鮮烈なスパイスの風味。
そして次に来る濃厚なバターの風味と肉の旨味。
それらが香辛料の辛味によって味がまとめられて、最後に野菜の甘味が全てを包み込み満足させてくれる。
それらの感動が一匙ごとに襲ってきて、ガイラ、アーロウの二人は言葉を発するのも忘れ、ただただ匙を往復させる。
「そのパンに付けて食べると、なお美味しいですよ」
とのライカの言葉を聞き終わる前に、二人は同時に、
「――――おかわりをくれっ!!」
と、空になった皿を突き出すのだった。
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