第33話 酒場のお仕事⑪ 料理本
「ほ、本当か!?」
ライカの言葉に顔をパッと輝かせるアーロウ。
「はい。……まぁ、このポトフもレシピさえ覚えてもらえたら充分簡単なお料理なんですけど……?」
「いや、無理だな」
ガイラが首を横に振った。
「調味料も複雑だけどよ、これだけ質のいい腸詰めを使ってこそのレシピだろ? 昼間は簡単に教えてくれとか言っちまったが、よくよく考えたらそんな材料持ち歩くのも調達するのも俺たちには無理だわ。……使えたとしても行く先々で狩る臭いジビエ肉が精々だしな、そんなモンじゃあこの味には仕上げられないだろう?」
「ははぁ、そうですね……確かに、匂いのキツいお肉ですとこのポトフの味付けじゃ負けてしまいますねぇ」
なるほどと困った顔をし納得するライカ。
「そうなんだよな。……俺たち冒険者なんて、いつどこでどんな食材を食わなきゃいけないかわかったもんじゃないから、だからいつもとりあえず塩で煮込んで香草で匂いを誤魔化して無理やり食うしか無いんだよな……」
しみじみと苦労を噛みしめるようにアーロウが呟く。
「だからお前のは塩も草も火も入れ過ぎなんだよ!!」
「わけのわからんもの食うって言うんだ、それくらいして当然なんだよ!!」
「まぁまぁ……お二人とも、どうどうですよ」
また喧嘩を始めようとする二人をどうどうとなだめつつ、ライカは考える。
そして二人に尋ねてきた。
「……じゃあ、一度レシピ本で調べてみますから、これと言った条件を言ってみてくださいな?」
「……条件??」
ガイラが怪訝そうに聞き返す。
「はい。冒険者の方々が作るのに適した料理の条件です。……たとえば、持ち運び易いとか、簡単だとか」
「おお、そういうことか。いや、だったらその二つは必須だな」
「ああ、それと傷みにくくて毒消し作用のある料理がいい。毎日作れるとも限らないし、獲物も毎日取れるわけではないからな」
「なるほど、なるほど……簡単に調理出来て、持ち運びに便利で、お腹にやさしく作り置きの出来る料理ですね?」
呟きながらライカは調理台の下から一冊の本を取り出した。
それは高価な魔法書のようで、その重厚な表紙はとてもこの場に似つかわしいとは言えない代物に見えるが……?
「ラ、ライカちゃん……そりゃなんだい?」
ガイラが尋ねると、
「あ、これは古代の料理を記した魔法の料理書ですわ」
とライカは答え、本の中を見せてきた。
「魔法の……料理書??」
ガイラとアーロウの二人は顔を見合わせ、不思議にその本を覗き込んだ。
しかし、そこには何も書かれていない真っ白なページがあるだけだった。
「……なにコレ? これが魔法書??」
目をパチクリさせてアーロウ。
そこにライカがニコニコして説明をする。
「はい、その一種です。これは魔力を込めて食べたいものを尋ねると、古代のレシピから願いに合った料理を教えてくれるとっても便利なお料理本なんですのよ」
「へぇぇ~~ってことはライカちゃん魔法使いなのか!?」
驚いてガイラが尋ねる。
するとライカは照れたように手をパタパタ振って、
「いえいえ、私なんてとても……。ただ知り合いの魔術師にちょくちょく教えてもらっているだけで……。それも料理に仕える魔法だけですのよ?」
ホホホと控えめに笑う。
「り、料理に使える魔法ねぇ……」
ガイラは愛想笑いを作りながら冷や汗を流した。
料理に使える魔法と軽く言うが、切って叩いて砕いて熱する――――それはそのまま攻撃魔法のことを言うんじゃないだろうか?
「では。やってみますね」
そんなガイラの怯えをよそに、ライカはさっそく魔法書に魔力を込め始めた。
「古代の刻深くに眠る該博なる知識よ、我が求めに応じその紡ぎし結晶を浮き上がらせよ――――」
呪文らしき言葉を唱えると、
――――ぱぁぁぁぁぁ。
と、ページが眩く光り始めた。
そしてさらに、
「KJYGTFRD325HHUP」
聞いたこともない発音の言語を発すると、それがガギだとでも言うように魔法書に絵と文字が浮かび上がった。
包丁とオタマの絵をトレードマークにし『クッキングボード』とタイトルらしき文字がデカデカと表示されるが、ガイラとアーロウにはそれがなんて書いてあるのか理解できない。
その絵に向かってライカが話しかける。
「魔法書さん魔法書さん。調理が簡単で、持ち運びができて、日持ちがよくて。体に良く、どんな食材にも合う美味しいお料理を教えてくださいな」
いやいや……そんな都合のいい料理なんて無いだろう。
二人は口に出さず、そう思ったが、
しかし、ピコポンと音がなって幾つもの料理の絵がページ内にズラリと浮かび上がってきた。
「あ、いろいろ出てきましたね」
出てきた絵を覗き込んで目を丸くする二人。
……本物の魔法なんてそうそう拝めるもんじゃない。
しかも、求める知識を得られる魔法なんて……もしかしてこれは探索系魔法?
冒険者はもちろん、軍隊や国家の中枢機関が求めてやまない超激レア魔法じゃないか!?
なんでそんな強力な魔法使いがこんなところで料理人なんてやっているんだと、ガイラとアーロウは呆気に取られるが、そんな二人を女将は「余計な詮索はするんじゃないよ」とばかりに殺気を込めた目で睨みつけた。
……どうやら余計な色気を出すと命がいくつあっても足り無さそうだと、二人は縮こまり、欲は出さないようにした。
「一番のおすすめはカレーになってますね」
言って、ページの一番上の絵を指差すライカ。
そこには茶色くドロリとした液体が特殊な器に入れられていて、ひと目見た感じではあまり美味そうには見えなかった。
「カ、カレー……?」
聞いたことのない料理だ。
「はい。これなら私、作ったことありますから。良ければ今からお作りしましょうか?」
「本当か? じゃあぜひ、よろしく頼むよ」
ガイラの返事に、ライカは朗らかに「はい」と微笑んでみせた。
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