第28話 酒場のお仕事⑥ 料理本

「……おい、だから俺は外食は無理だって言ってんだろう?」

「いいから来いって!! ……無理なら食わなくてもいいからとりあえず来るだけきてくれ、それで変わる世界もあるから!!」


 ブツブツ言ってまったく足を回さない男を引きずりながら、ガイラはモーゼル亭への通りを進んでいた。

 引きずっている男は問題の潔癖男。名をアーロウという。


 肩まで伸ばした女のような髪型に端正な顔立ち。スラリとした細身の体格はいまどきの女に受けが良いが、体力勝負の冒険者としてはいささか頼りない。


 アーロウは肋骨を骨折していた。

 しばらく前のモンスター退治の仕事中やってしまったのだが、その原因がモンスターからの攻撃ではなく、単に転んで打ちどころが悪かったのだと言うから目も当てられない。

 身体が脆すぎる。

 それもこれも極端な潔癖症からの偏食が原因だとガイラは思っていた。


「……だって俺……人の作ったメシなんて見るのも嫌だし……そもそもどこの誰だかわからんやつらと食器を共有するってだけで――ブルブル――……見ろ、鳥肌が立ってきた」


 飲食店に入ると言うだけで全身ブツブツになる相棒を見て、汚れ仕事をしてなんぼの冒険者がこんな軟弱なことでいいのかとガイラは情けなくなる。

 しかしこの男、弓を使わせれば相当な腕前なのも事実。

 これで体力がつけば、もうワンランク上の階級だって充分に狙えるはずなのだ。


「ともかく一度、社会勉強だと思ってついてこい、後悔はさせんから」

「え~~~~もう……やだなぁ気持ち悪いなぁ。メシなら俺が作ってやるから宿で食おうぜ~~~~?」

「……あのハチミツにパスタと葉野菜を絡めて半日もグツグツ煮込んだドロドロとした汚物をメシだと言うのなら俺はそんなものいらん!!」


「ちゃんと火を通さないと食べれないだろぉ?」


「限度を考えろ!! そんなんだからお前、次々とメンバーに逃げられるんだよ、もう残ってるの俺だけだぞ、どうすんだこれから!!」

「……舌の合わない奴らと冒険なんて辛いだけさ、いいじゃないかまた募集すれば」

「お前の料理を食っても平気なやつがいればな!! いねぇだろうけど!!」

「いるじゃないか」


 言ってガイラを指差すアーロウ。


「俺は無理してんだよ!! 俺だってお前の弓の腕がなけりゃとっくにおさらばしてるわ!!」


 そうこう喧嘩しているうちに店の灯りが見えてきた。


「お、あそこだぜ」

 ガイラが顔を輝かせた途端。


 ――――ドンガラガッシャンっ!! ドガンッ!!!!


 と、盛大な音がして、入り口の自由扉を弾け飛ばし一人の酔っぱらいが放り出されてきた。

 向かいの石壁に顔面をぶつけノビてる酔っ払いを見て、ガイラはどこか見た光景だと冷や汗を流す。

 すると案の定、店の中から鬼の顔をした女将さんがトロールの如くゆらりと現れた。


「……うちの店員にちょっかいかけるたぁ、いい度胸だねぇ……あんたこのまま馬車にくくり付けて隣町まで引きずり回してやろうかぁいぃぃぃ……?」


 メリメリと筋肉を盛り上がらせて、ノビた酔っ払いの頭を掴んで片手で持ち上げる女将。その様はまさに女トロールと言われても誰も疑わないほどに勇ましい。


「――――お、お母様、やりすぎですわ!!」


 そんな鬼の女将を咎めるように、店から可憐な少女がパタパタと駆けてきた。


「やりすぎなもんかい。うちの店はそこらのお触り酒場とは違うんだ、女ばかりでやってるからって勘違いしてもらっちゃ困るんだよ!!」

「だからって、そんなすぐに放り出してしまったら、お客さんみんな逃げちゃいますよ~~~~?」

「いいんだよ、お前の料理があれば客なんざまたいくらでも寄ってくるんだ、いまでもむしろ忙しすぎるくらいさ!! 減らすくらいが丁度いいってもんだ!!」

「お母様……」


 フンスと大きな鼻息を吹き出す女将。

 そして少し離れた場所であんぐりとその騒ぎを眺めているガイラを見つけると、


「おお、待ってたよ。約束通り席は取ってある、さ、入った入った!!」


 と豪快に笑って締め上げていた酔っ払いをポイすると、服についた埃を払って二人を店に招き入れた。


「……とても、俺が食えるようなメシを出す店には見えないんだけど?」


 白い目で睨んでくるアーロウに、ガイラは頬を引きつらせながらも「と、とにかく……入ればわかるから」と彼を引きずって店に入った。





 ほぼ満席になっている店内。

 ライカが料理する様子がよく見えるようにと、カウンター席に座らされた二人。

 アーロウはその店内の立ち込める熱気と喧騒に気分が悪くなっていた。


「……うっぷ……や、やっぱり……こ、この飲み屋の独特の匂いは耐えられない……」


 口を抑えて吐き気を我慢するアーロウ。


「そうかぁ? いや、おかしな匂いなんてしないだろう? この板だって匂いどころかシミ一つ無いぜ?」


 ガイラがカウンター板に鼻を近づけ、スンスンして言う。


「……いや…………まぁ確かに……他の店よりは若干ましかな……? でもだめだ、この……人の匂いがどうしても我慢できない……うっぷ……」


 普通の酒場のカウンターやテーブルはどんなに綺麗に掃除されていたとしても、長年使っていると客のこぼした料理や酒、吐しゃ物の匂いが染み付いてどうしても嫌な臭いがしてくるもの。


 しかしこの店のそれらはそんな不快感は一切しない。


 いったいどれだけ丁寧に掃除をしているのかと、アーロウはそこには感心したが、しかし、夜の酒場なんてものは一仕事終えた労働者や冒険者、衛兵などのたまり場。


 それらが放つ強烈な汗臭い体臭と、酒気に乗せられ黄色くなった息なんかは、いくら丁寧に掃除しようと、それとは無関係に店に充満している。


 病的に潔癖なアーロンにとって、その匂いにさらされるだけですでに拷問。

 とても食事するといった気分ではなくなるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る