第27話 酒場のお仕事⑤ 料理本

「じゃ、じゃあよ。今晩そいつをここに連れてくるからお嬢ちゃんの料理を食わせてやってくれねぇか?」


 教えてもらうのに無理があるなら、せめてもう少し料理に興味をもってもらうだけでもいい。

 ここの料理を味わえば少しは考え方も変わるだろうと、ガイラは頼み込んだ。


「はい、もちろんそれはいいですけど……」

「あんたの連れって外食はダメなんじゃないのかい?」


 開店に向けて木製ジョッキをカウンターの横に積み上げつつ、女将が聞いた。


「なんだけどよ、ここの店のなら食うかも知れねぇ。これだけ清潔にしている店なんて貴族が使う高級店でもなかなかないぜ? だから頼むよ」

「ああ、もちろん、お客さんは大歓迎さ。じゃあ夕方開店したらまたおいで。席は取っておくからさ」

「ありがたい! じゃあ頼んだぜ」


 喜んで言うと、ガイラは残りのヨーグルトを一気に飲み干した。





 そして夕方――――、


 一日の終わリを告げる鐘の音が街のいたるところから聞こえてくると、労働者たちがワラワラと夜の通りへと逃げるように躍り出てくる。

 彼らは一日の疲れをお互いにねぎらい合い、そしてそれを癒やすために、それぞれお目当ての場所へと小躍りしながら消えていく。

 酒場を営むライカたちにとってはこれからが仕事の始まりである。


「いらっしゃいませ~~♪」


 ウエイトレスとして働きに来てくれている少女が愛想よくお客を出迎える。

 ライカと同じ厚手の布地で仕立てられた地味なワンピースにエプロンといった飾りのない服装。夜の酒場ならば客引きの為に女性従業員はもっと肌を露出した制服を着せられるのが通例であるが、この店はそんなサービスなどしなくとも客は途切れることなく入ってくる。


「二人だ。まずは麦酒を二つと適当な肴、あと今日のおすすめはなんだい?」

「今日のおすすめは、三羽鳥の香草焼きとキノコと獅子肉腸詰めのポトフになっておりま~~す」

「じゃあそれを両方とも二人分くれ」

「かしこまり~~♪ ではこちらへどうぞ~~」


 案内され、隅のテーブル席に案内される男たち。するとその内の一人が店内を見回し不満そうに呟いた。


「なんだよこの店……イカついバーテンのおばちゃんに、地味な格好した小娘が二人かよ。俺はもっとこう色気のある店が良かったんだけどな……」

「ばっかお前、この店はそんなんじゃねぇんだよ」

「でもよぉ、どうせ酒飲むんなら色っぽい姉ちゃんのケツ見ながらのほうがうめぇだろう? お前がどうしてもっていうから来てやったけどよう……」


 去っていくウエイトレスの小さなお尻を不満げに見ながらぶーたれる。


「あのな、ここは料理が売りの店なんだよ。そこらの料理屋なんて目じゃねぇくらいに、どれもこれも絶品な料理が次々と出でくるんだぜ、しかも安くな!!」

「ホントかよ? ……にしては料理人がいないみたいだが?」

「あそこにいるだろう?」


 もう一人の男がライカを指さして言った。


「……子供……とは言わんが若いな。とてもそれほど美味い料理を作るとは思えんけどなぁ?」


 どう見ても見習い料理人くらいにしか見えないライカを眺めて、その男はいまいち信用ならない風に首をかしげた。


「おまちどうさま~~。麦酒に香草焼きとポトフで~~す」


 ゴトゴトと木のジョッキと料理の皿を持ってくるウエイトレスの少女。


「お、来たな。……じゃあとりあえず乾杯しようぜ」

「おう」

 そして男たちは乾杯し、麦酒を傾けた。


「ぬおっ!?」

 一口飲んだ男が、驚いた声を出す。


「どうだ、うめえだろう?」

「ああ……うまい。なんだこの酒は?」

「ただの麦酒さ。でも他の店よりも麦の香りがはっきりしててうまいよな?」

「ああうまい。下手な店じゃ妙な匂いがして麦の味なんかわからないところが多いが……ここの酒はいい香りだ。どうしてなんだ?」

「そんなこと知らねぇよ。その料理も食ってみろよ」

「ああ」


 男はポトフを一口すくい食べてみる。


「うまっ!!??」

「だろう?」


 目をむく男に、もう一人の男は満足気に笑う。

 ポトフの味に感動した男は今度は香草焼きにかぶりつく。


「う~~~~~~~~んまいっ!!!!」


 これも抜群に美味かった。

 なにがどうして、ただの鶏肉の香草焼きがこんなに美味くなるのか男には全くわからなかったが、とにかく美味い。よく行く屋台の肉焼きも美味いと思っていたが、これに比べたら固くて味気のない粘土細工のようだ。


「だろうだろう?」

 それから二人は一心不乱に料理にかぶりついた。


「んぐんぐ、でもよ?」

「んもぐもぐ、なんだよ?」

「こんなに美味くて、しかも値段も高くねぇ店ならもっと行列とか出来ててもおかしくねぇはずだが、そこまでは流行ってねぇな。どうしてなんだ?」

「ああ、それはな」


 説明しようとしたとき、


「ぎゃああっ!!」

 ウエイトレスの少女がお尻を押さえて悲鳴を上げた。


「な、な、な、何するんですか~~!!」

「へっへっへ……ちょっとくらいいいじゃねぇか、ここは酒場だろう? 少しはこっちのほうのサービスもしてくれたってバチは当たんねぇぜ~~へっへっへ……」


 酔っ払った一人の客が、少女のスカートをペロンと捲りつつ下卑た笑いを上げていた。


「きゃあっ!! ちょっと、やめて下さい!! ――――ひぃぃっ!!」

「いいじゃねぇか、へっへっへ……」


 ペロペロと舌を出して少女に迫る、少女趣味の酔っ払い。

 色気は無いが、逆にそれがいいと言う客も結構いる。

 なのでたまに来るのだ。こういうタチの悪い客が。

 しかしこの店で、そういう客は決まって同じ末路をたどる事になる。


「う~~~~んむっぺろぺろぺろ――――えれ???」


 少女の頬をペロペロしていた酔っ払いが頭をガシッと鷲掴みにされ、その間抜けな顔を上げた。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

 

 見上げた先には、般若と見間違うほどに怒りの表情をあらわにし、殺気の炎に包まれた巨漢のバーテンダー――――女将オリンパがいた。



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