第26話 酒場のお仕事④ 料理本

「ありがとう御座います。そう言って喜んでもらえると料理人冥利につきますわ」


 ニコニコと笑って何かの仕込み作業をしているライカ。


「ああ、それにこの器もすごいな、ピカピカで汚れ一つなく嫌な匂いも全くしない」


 食事に使う器は一部の高級品以外はほとんど木製で、しばらく使い込んでいけばどうしても腐食したり料理の汚れが残っていたりで匂いがキツくなってくる。


 とくに料理屋の器なんかはその数が多いため、洗うにしても雑になりがちで、匂いはおろか、木目の間に小さな食べかすが落としきれずに残っているなんてザラである。その悪臭を誤魔化すために店の料理なんてものはスパイスをむやみに使いがちでガイラはそれが苦手だった。


 しかしこの店の器はどれも新品でもないのに、嫌な匂いが全くしない。

 だから余計にこのポトフの美味しさが際立っているのだ。


 いったいどうやって洗っているのだ?


 よほど丹精込めてブラシで擦っているのだろうか?

 しかしそんな手間をかけて採算が取れるほどの高級店には見えないが……。

 ガイラが不思議に思っているとライカがニコニコしながら小瓶を見せてきた。


「これ。近くの魔法具屋さんで売っているんですけど『洗剤』って言うんですよ」

「洗剤? ……なんだそれは?」

「これはこうして……」


 洗用の布巾に瓶の中の粉をサラサラと落とすライカ。

 そしてその布巾に少し水を染み込ませて揉むと――――もわもわもわ。


「おお!? なんだその泡ブクは!??」

「面白いでしょう? この泡で食器を洗うととっても綺麗になって匂いも無くなるんですよぉ」


 デネブの説明では『ザッキン』とかいうモンスターを殺して匂いを抑えているとか言っていたがライカには何のことかよくわからない。


「ほぉ~~すごいな!! それでこの店の厨房は全部綺麗なのか!!」


 どこの飲食店に行っても、やはり一番汚れて悪臭がするのは厨房だった。

 しかしこの店の厨房は食器同様、汚れ一つ無い。

 あるのは仕込み途中の料理から漂ういい香りだけである。

 そても全てどうやらその洗剤とやらが秘密なのだとガイラは感心してうなずいた。


「綺麗にすることが料理屋の一番の仕事ですから」

「うむ、そうだな。……下手な店に入ると腹を壊されてしまうことも珍しくないからな。……俺の仲間に一人、病的と言っていいほどの潔癖症の男がいてな。そいつは絶対に外食はせずに、自分が作ったもんしか食わないんだ」

「まぁ冒険者って連中は体が資本だからねぇ、それもいいんじゃないかい?」


 女将が笑って応える。


「まぁ……そうなんだが、しかしせっかく街に立ち寄っても名物料理の一つも口にせずに立ち去るってのは、冒険者冥利に欠けるっていうかなんというか……。で、そいつの作るメシがまたマズイんだよ!!」


「あらまあ、そりゃ大変だねぇ」


「街中じゃあ俺は外で食うからいいんだが、キャンプじゃ大変よ? ただでさえ冒険で疲れてるのに、出てくるのがマズイ飯じゃ取れる疲れも取れやしない!!」

「別々に料理なさったらいかがです?」


 ライカが素直な疑問を言うが、ガイラは首を横に振る。


「冒険ってのはとにかく無駄を無くすのが生き残る鍵なんだよ、別々に調理するなんて手間も材料も道具も余計にかかっちまう。とても出来やしないよ」

「はぁ……そんなもんですか」


 ガイラは残ったポトフをガツガツ平らげて、スープまで綺麗に飲み干す。


「う~~~~~~んまかったぁ~~~~っ!! いや、ほんとに美味かった!!」


 空になった器をテーブルに置くと満足げに笑うガイラ。

 そしてしばらく考えた後、ライカに一つ頼みを言ってくる。


「……お嬢さん……すまないが、このポトフの作り方教えてくれないか?」

「え?」

「頼むよ。いや、そいつってさ……いままで自分の料理しか食ってこなかったから舌が全然出来てなくてな、自分の味をマズイって理解してないみたいなんだよ。だからそいつにこの料理のレシピを教えて目を覚ませてやりたいんだ」


「はぁ……でも……」

「ダメかい?」

「いえ、ダメってわけじゃないんですけど……色々足りない材料があると思いますよ?」

「材料?」

「はい、おもに調味料ですけどね」


 そう言ってライカはカウンターの奥にある戸棚を指さした。

 そこには古今東西世界中から集めたと思われるスパイスの瓶が所狭しと並べられて、その数は100に届こうかという多さである。

 それだけじゃない。乾燥させたハーブとおぼしき物もガラス瓶に入れられズラリと並んでいる。


「今日のポトフに使ったのはですね……ローリエに黒胡椒、岩塩、はちみつ、パセリの茎、セロリの葉、サワークリームにコンソメ。そして隠し味にお醤油を少々です」

「……そのサワークリームとかコンソメってなんなんだい?」


 冷や汗をだらだら流しながらガイラが尋ねる。


「調味料ですよ」

「そんな調味料……聞いたことないぞ? ……お醤油とやらもな?」


 そう聞かれてライカは困ったように頬に手を当てる。


「……いえ、その三つは私の手作りなんです。だから他ではたぶん……使ってないと思いますよ」


「……このヨーグルトみたいなもんか?」


 ガイラは注がれた不思議な白い液体を見つめて汗を拭った。

 ……どうやら、教えてもらっても素人じゃ到底再現出来そうにないなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る