第25話 酒場のお仕事③ 料理本
「んぐんぐんぐ……ぷはぁ~~~~~~~~っ!! 生き返った~~っ!!」
焚きたての五右衛門風呂の中で充分に身体を温めながら、木製ジョッキ一杯のミルクを飲み干し、戦士の大男は盛大に息を吐き出した。
「すまないねぇ……あたしゃてっきり娘にちょっかいかけてきた酔っ払いかと思っとまって……思わず投げ飛ばしちまったよ」
風呂場の外で薪の番人をしなからオリンパが苦笑いする。
「いや、こちらこそ申し訳ない。緊急事態だったとはいえ、嫁入り前の娘さんの肩を抱くなど、投げ飛ばされるくらいですんで、むしろ感謝している」
「あっはっは、あんた見た目のイカツさにしては随分と紳士なんだねぇ。気に入ったよ、名前はなんて言うんだい?」
「俺はガイラと言う。東の果ての、とある田舎村の出身だ。冒険者をしながら旅をしている」
「へえ、やっぱりそうかい、あたしはオリンパだ。見た顔じゃなかったから、この街の者じゃないだろうとは思ったよ」
「しかしこのミルクは美味いなっ!! 酸っぱくてほんのり甘くて……これは何の動物の乳なんだ?」
寒さしのぎの風呂と同じく渡されたミルクだが、これがまた妙なシロモノだった。
「だたの牛さ」
「――――牛? 俺の知ってる牛の乳はこんな味じゃなかったはずだが……?」
ジョッキの底に残った白い液体を嗅ぎながらガイラは首をかしげる。
匂いもやはり本来の牛の乳とはずいぶん違う。
それにさっきまで喉を焼いていた地獄のような辛さが、このミルクを飲んだ途端ピタリと治まっている。
ただのミルクじゃこうはいかない。
「これは娘のライカが牛の乳を原料にして作った……ええとなんだっけ……ヨーゲルトとか何とか言うシロモノだよ」
「ヨーゲル……ト?」
聞いたことの無い名前だった。
と、風呂場の木戸の向こうから声が聞こえた。
「ヨーグルトです、お母様?」
ライカの声だった。
「ああ、そうだったかい。まぁそれだよ」
「ヨーグル……ト??」
それでもやはり聞いたことのない名前だった。
「牛の乳を……まぁその……しばらく寝かせて作る健康食品ですわ。料理の調味料としても使いますし、辛い料理のお供としても、とてもおいしい飲み物ですのよ」
「健康食品……? まぁうむ、確かに。おかげであんなに辛かった苦しみがウソのように無くなったぞ」
「そうですか。それは良かったです。……あ、適当な着替えを用意しておきましたので、ここに置いておきますね」
「ああいや、それは申し訳ない!!」
「いいえ。……ところでいったい何があったのですか?」
「ああそうだ、辛いだの寒いだのいったいあんたどうしたっていうのさ? 何が誰かに変なことでもされたのかい?」
オリンパが訊くと、ガイラはよく聞いてくれたとばかりに湯面を叩いた。
「それなんだよ!! ……それがなあ、街中でいきなり知らない魔術師に声かけられたと思ったら、なんだかんだと変な油と粉を浴びせられてな、で、この有様さ。あいつら一体何だったんだ!??」
「……あいつらとは?」
変な油、粉……魔術師……。
なんだか嫌な予感がしてライカは尋ねた。
「水色の髪をした美人の姉ちゃんと……あとはっきり顔は見えなかったが、金髪おさげの三角帽子かぶった丸メガネのちっこい女の子だったな。二人とも魔術師の格好してたぜ?」
それはたぶん……デネブだ。
ガイラの服に付いてた油でそうじゃないかな、とは思っていたが……その特徴ならばもうデネブで確定だろう。
……あたたたた……。
どうやら幼なじみが迷惑をかけていたのかと、ライカはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「いやぁ、なんだかすまないなぁ、風呂を貰ったうえにご馳走までしてもらって」
風呂から上がったガイラは店のカウンターでポトフをご馳走になっていた。
「いえ……なんだかご迷惑をかけてしまったみたいですから」
おかわりのヨーグルトを注ぎながらライカは気まずそうに笑う。
「さっきの投げの件ならもう気にしないでくれ、あれはむしろこっちが悪かったと思っているくらいだから」
「え~~と……そうではなくて……え~~~~と……ま、まあともかくご馳走させて下さいな。まだ開店前ですし、服も乾いてないですから」
デネブが汚したと思われる彼の服はライカが丁寧に洗って、風呂場の焚口前に干してある。それまでは自慢の料理でも食べてもらって寛いでもらおう。
でなければ罪悪感で寝付きが悪くなりそうだったから。
「? そうか、まぁありがたく頂くよ。いやぁ美味そうだ」
ポトフの中身はジャガイモ、玉ねぎ、人参、葉野菜、あとは腸詰めの肉である。
ガイラは木のスプーンを手に取り、さっそくスープを一口飲んだ。
「――――う、美味いっ!???」
「そうですか? それは良かったです」
カウンターの向こうで鍋を回しながらニコニコ笑うライカ。
「いや……え?? これ……本当に美味い、マジで!! こんなに美味いポトフ……俺いままで食ったことないぞ??? いや、本当に!! お世辞じゃない!!」
ガイラは思わず興奮して叫んだ。
彼がそうだろうなと予想していたポトフの味より何杯も美味かったからだ。
ガイラが知っているポトフというのは、ただの水に野菜と肉を放り込んで塩味で煮るだけの家庭料理で、嫌いではないがこんなに美味しい料理ではなかったはずだ。
しかしこのポトフはなんというか、スープそのものに芳醇で深い味がつけられて、それがそれぞれの具材に染み込みさらに複雑な風味を醸し出している。
肉も臭みが全く無く、噛むと中からジュワッと肉汁が溢れてきて、それがさらにスープにコクを与えて、どんどん美味くなってくる。
――――この料理もこの娘が作ったのか?
さっきのヨーグルトといい、このポトフといい、このお嬢さん何者だとガイラはポカンとした顔で見つめた。
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