第24話 酒場のお仕事② 料理本

 店へ戻る道すがら、


 んどどどどどどどどどどどっ!!


 と、通りの向こうから激しい足音が聞こえてきた。

 振り返ってみると戦士風の若い男が半泣きになって走ってくる。


「ちょっとジーニィ~~!!」


 さらにその後ろを追いかけてくる魔術師風の女性。

 二人はあっという間にライカを追い抜いて去っていく。


「あらあら……元気な二人ですねぇ~~」

 巻き上げられた風にエプロンをたなびかせつぶやくと、


「おらおら、どいてんか~~っ!!」


 と、また通りの奥から声が聞こえてきた。

 今度は聞き覚えのある声だとまた振り返ると、背中に大きな革袋を背負った幼なじみが目を光らせて爆走してくるのが見えた。


「あ、デネブ……?」


 彼女はこの国の数少ない本物の魔法使いにして、モーゼル通りに店を構える魔法具店の店長だ。

 両親が旅に出たままほとんど帰ってこない風来坊のせいで、ライカと同い年ながら一人で店を経営しているという苦労人にして才女であもる。

 彼女の顔を見て、ライカはもう一つ足りない物があるのを思い出した。


「あ、そうそう。そういえば洗剤を切らしていたんでした」

 ポンと手を打つとライカはデネブを呼び止める。


「ね~~えデネブ~~~。ちょっと売って欲しいものがあるんだけど~~」


 手をふりふりアピールするが、

 ドドドドッ――――フォンッ!!!!

 と、彼女はライカに気付かず走り去ってしまう。


「……あ~~~~…………」


 幼なじみにして店の常連客を無視とはヒドイなとも思ったが、すれ違いざまの彼女の輝く目の中に『金』の文字が見えて、ライカは全てを諦めた。


 とは言え、足りないものは補充しなければいけないわけで……。

 そんなこんなで、ライカはデネブの店の前までやってきた。


「ま、勝手知ったるなんとやらってことで……」


 倉庫になっている一階の脇にある階段を上がると、その先に店の入り口がある。

『デネブ魔法書店』と書かれた扉の前に立ち、それに手をかける。

 黙って入るのはちょっと気が引けるが、彼女が店を空けるのはよくある事で、そのたびライカはこうやって勝手に入らせてもらっている。


「ちょっとお邪魔しますねぇ~~」


 軽く押すと、扉はあっさり開いたが、

 ――――ビビビビビビビビビビビッ!!!!

 代わりに大音量の警報音が鳴った。

 デネブ自作の魔法警報装置が作動したのだ。


「あらあらあらあら……」


 慌てて扉の側にある小さな箱にタッチする。

 すると音はピタリと止んだ。


 主が部屋にいないときに誰かが侵入すると自動的に警報音をならすこの箱は、だたタッチすれば鳴り止むものではない。設定された、ガギとなる種類の魔力を込めないと止まらない作りになっていた。


 それを止めることが出来るライカも、実は魔法使いの才能を持っていた。


 なのでデネブには魔術師になるよう、昔さんざん誘われたのだが家業をほっとくわけにもいかずその道には進んでいない。


「っていうか、普通に鍵をかければいいと思うんだけど……」


 雑で面倒くさがり屋のデネブに呆れながら、ライカは部屋を物色する。

 すると棚の中にお目当ての小瓶を見つけた。


「あったあったこれね。……じゃあお買い上げしますよ~~」


 言って『ドレフト』と書かれたその小瓶を懐にしまう。

 そして代金の銅貨10枚と『洗剤魔法具もらっていくね。ライカ』と書いたメモを残し、ライカは家路についた。





 店の前まで戻ってくると――――、


 んどどどどどどどどどどどどどどっ!!!!

 と遠くの方からまた足音が聞こえてくる。


 ……デジャブ?


 と思いながら振り返ると、走ってきているのはさっきの二人組でもなければデネブでもない。まったく知らないおじさんだった。


 大柄で濃い顎髭、隆々とした筋肉。背中に差し込まれた二本の戦斧をみるに、中々強そうな戦士に思えたが、しかしようすが随分おかしかった。


「辛い辛い辛い寒い寒い寒い!! 辛い辛い辛い寒い寒い寒い!! 辛い辛い辛い寒い寒い寒い!! 辛い辛い辛い寒い寒い寒い!! 辛い辛い辛い寒い寒い寒い!!」


 壊れたカラクリ人形のようにワケのわからない台詞を連呼し、全身鳥肌状態。

 真っ赤に腫れ上がったタラコ唇を揺らしながら号泣して走ってくる。


「……うわぁ……~~~~~~……」


 なにがあったか知らないが、あまり関わり合いにならないほうがいいんじゃないかと、ライカは何も見ないふりして店に戻ろうとする。


 でもそこに、

 ――――ザザザザザザッギキィィィッ!!!!

 と、その大男が店の前で急停車すると、

 ――――ガシッ!!


「んごおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!!」

 と、噛みつきそうな勢いでライカの肩を鷲掴ににしてきた。


「ぎゃあぁぁっ!! な、な、なんですかなんですか離してくださぁーーいっ!!」

 怯えて絶叫するライカ。

 しかし男は涙声で、

「ミ……ミルク、ミルクッ!!!!」

「――――はい!?」

「ミルクをくれ~~~~っ!! 辛くて喉が焼けてるんだよ~~~~っ!!!!」

 と、ライカに懇願してきた。


「……おい!」


 ――――ガシッ。

 そんな大男の首を掴む手が一つ。

 ごごごごごごご……――――。


「――――あ……」

「……うちの看板娘に手ぇ出してんじゃないよ、この不埒者がっ!!!!」


 言って大男を背負い投げするのは――――女将のオリンパだった!!


「か……母様っ!?」


 ――――ドカァンッ!!

 ライカが静止する間もなく、男は向かいの石壁に叩きつけられた。


「……おいおい、また女将さんに投げられてる阿呆がいるぜ?」

「どうせライカちゃんにちょっかいでもかけたんだろう? 女将さんの強さを知らんってことはあの男、余所者かぁ?」

「だろうな。少なくともここらの界隈じゃ、あの店で暴れようなんてバカは余所者以外じゃ誰もいねぇよ」


 通りすがりの男たちが気の毒そうにノビた大男に同情の視線を浴びせながら通り過ぎていく。


「……そうじゃなかったと、思うんですケド~~~~……」


 困り笑いと冷や汗を浮かべながら、ライカはその男を介抱しに走っていった。

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