第16話 魔術師のお仕事⑧ 魔法具

「さっきの氷の魔法水は、とあるハーブを絞って取り出した油なんや。あれをつけられると皮膚の感覚が狂ってとにかく寒いと感じるようになるんやで」


 まだグスグス泣いているマーシアを従えて、デネブは通りを歩いていた。

 良さそうな戦士を求めて冒険者ギルドへ乗り込むつもりである。


 まぁ本来、冒険者ギルドというのは冒険者登録をしたりランク認定を受けたり、仕事を斡旋してもらったり報酬を受け取ったりの場所なのだが、一緒に仕事をこなすパーティーメンバーを物色する場でもある。街中でナンパまがいの勧誘をするよりこっちの方がよほど効率がいい。


 しかし冒険者資格すら持っていないマーシアは、その負い目から一人で冒険者ギルドになんか入れないと申す。

 そんなんでよくここまでやってきたもんだと逆にデネブは感心してしまった。


「……ぐすん。と言うことはあれは実際に凍らせたわけじゃなかったの?」

「そうや。錯覚を起こさせただけや。いうなれば幻覚魔法みたいなもんや。でも、まるまる一瓶かぶったらなぁ……さすがにあのおっさん大丈夫やろうか?」

「ぶっかけろって言われたから……」

「モンスターにやで? 人間相手やったらもっともっと薄めて使うもんなんや。夏とかな、風呂に数滴入れる程度でええんや」

「……それを早く言ってほしかったわ」

「アタイも氷魔法や言うてんのに、目当ての男相手にいきなり試しがけするとは想像もせんかったわ」


 などと会話しているとあっという間に冒険者ギルドにたどり着いた。


 石造りの5階層にも及ぶ立派な建物がデネブたちを迎える。

 冒険者ギルド――アストラ国支部。

 この国の冒険者たちを一挙にまとめる私立管理会社である。

 お国や街の行政が対処出来ない(しない)諸問題を依頼形式で集め、それを賞金と引き換えに冒険者たちに処理させる。

 その仲介が主な役割であるが、冒険者になろうとする者の教育や、生活支援、医療の提供や保険業など、冒険者たちに必要なサービスは大体取り扱っている。


「相変わらずでっかい建物やのお……まあええわ、とっとと入るで」


 マーシアを従え、開けっ放しの観音扉から中に入るとそこには広いロビーが広がっていて、奥には壁の端から端まで続くカウンターが設置されている。

 そこに数人の受付嬢が座っており、ひっきりなしにやってくる冒険者たちの相手をそれぞれ役割分担し、こなしている。


「お~~い。ミア~~久しぶりやなぁ」


 デネブはその内の一人、若い下っ端らしき女の子に声を掛けた。


「あ、デネブ。珍しいじゃない、あなたがここに来るなんて。……なに? もしかしてやっと冒険者になる気になってくれたとか?」


 探りと期待が入り混じった目でデネブを迎える赤髪ボブカットの受付少女。

 しかしデネブは手をパタパタと振り、


「ちゃうちゅう、今日はなお客に仕事を斡旋してもらおうと思ってきたんや」

「お客?」

「そうや、これからアタイのお得意様になるかもしれへん魔術師のマーシアや、よろしくしたってんか?」


 そう言ってデネブはマーシアの背中を押して挨拶した。


「あ、ど……どうもマーシアです。え~~~~とその、魔術師的な職業についている雰囲気をかもしだしている冒険者予備軍的な一般人です」


 プロの関係者相手にウソは通じないだろうと正直に挨拶しようとしたが、とことんひけらかす勇気も出ずに、それでいて自分の服装や道具もろもろの怪しさを柔らかく誤魔化そうとして結果ワケのわからない挨拶になってしまうマーシア。

 そんな彼女を見て一発で事情を察する敏腕受付嬢見習いのミア。


「あ、よろしくお願いします。え~~と……冒険者資格をお持ちでない一般の方という事ででよろしいんですね?」

「は、はい……」


 耳を赤くしてうつむくマーシア。


「で、や。このお客さん、仲間を探しとるわけやけど、何か手頃なのおらんか?」

「そうですね~~いまだと……」

「あ、屈強な戦士系が好みなんやそうや」

「なるほどなるほど……」


 頷きながら所属冒険者が載っている冒険者リストをペラペラめくる。


「え……と……?」

 何が始まっているんだろうと困惑するマーシア。


「いま、おたくに合った戦士を紹介してもらうからな。ちょっと待ってやってくれんか?」

「え? ……紹介してくれるの??」

「そやで」


 ポカンとしているマーシアにデネブが詳しく説明する。


「べつに冒険者かて、全員が全員、認定書を持ってなくちゃいかんって決まりも無いからな。あんたみたいに資格無しの自称冒険者なんて意外とゴロゴロおるねんで?」

「そ、そうなの??」

「そうや、みんな外面だけはヤリそうな顔つくっとるさかい一人前に見えよるけどな、半分くらいは素人や。この辺の事情は魔術師とよう似たもんやな。認定書なんて誰か一人持っとればギルドのサービスは受けれるんやし、何が何でも取らなあかんもんでもないんや」

「……ちょっとデネブ。そういう事はあんまり大きな声で言わないでくれる?」


 ミアがバツの悪そうな顔をして奥の事務所をチラ見する。

 その目を受けてデネブは軽く咳払いしつつ、少し音量を落として説明を続ける。


「……まぁ、建前上は皆に資格を持っててもらわにゃあかんのやけども、や。万年人材不足のこの業界、そんな事も言うてられへんってな。こっそり無資格の人間も冒険者として認めてるんや」

「へぇ~~……」

「でも資格が無いと規定上、仕事の斡旋も出来ひんもんやから、無資格者にはまず有資格者を紹介してパーティーを組むことをおすすめしとるんや」

「し……知らなかった……」

「あんさん、よおそんな世間知らずでここまで旅してきおったなぁ」


 自分の無知さ加減に赤面し、頬を掻くマーシアに、思わず苦笑いを浮かべるデネブであった。

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