第15話 魔術師のお仕事⑦ 魔法具

「な、な、な、なんだ? あんた誰だ、どういうつもりだ??」


 男は顔を引きつらせながらマーシアを見下ろし、そして肩を掴んで遠ざけた。


 マーシアはとても整った顔立ちをしている。

 おまけにスタイルも抜群で、一口に言ってとっても美人。

 そんな女に声をかけられたら普通どんな男でも喜びそうなものだが、しかしいきなり常識を三段階ほど飛び越えたアプローチをされては、逆に何かの詐欺か勧誘かと疑われ、相手によっては頭のおかしい女と敬遠されてしまう。


 仲間が出来ない理由はもしかしてこれなんじゃないかとデネブは思った。


「あん、違うんです~~お兄さん。私ぃ~~旅の魔術師でぇ~~いま一緒に冒険してくれる仲間を探してるんですけどぉ~~お兄さんとかどうかなぁ~~って声かけちゃったみたいなぁ~~」


 ケツをプリプリ振って親指をしゃぶりながら説明するマーシア。

 怪しさがどんどん積み上がっていっている。


「お……おう、そうか……しかし俺はもう他とパーティーを組んでいるから……」

「え~~、でもいまは一人じゃないですかぁ~~」

「う……うむ、メンバーの一人が怪我をしててな。しばらくの間は個人で仕事をしているんだよ」

「だったらっ!!」


 がしいっと、マーシアが男の手を握りしめ体を密着させる。


「その間だけでも私と一緒に仕事しませんか?? 私、こう見えても氷の魔法が得意なんです!!」

「つってもなあ~~……」


 男は興奮しつつもマーシアの胸を確認して困った顔をする。

 そこに『魔法使い』のペンダントが無かったからだ。


「……あんたアマチュアだろ? 魔法って言っても実戦で役に立つような魔法なんて使えるのかい?」

「もちろんよ!!」


 聞かれたマーシアは自信満々に答えた。


「ほう? だったら少し見せてくれないか? 使えそうだったら一緒に仕事をしてやってもいいぜ」

「わかったわ!!」


 そしてマーシアはデネブから買った魔法水の小瓶を取り出した。


「ほう、魔法具使いか? それに氷の魔法でも入っているのかな?」


 男は事情をわかっているようだ。しかしどんな手段だろうと戦力になるならば問題ない。魔法具を駆使して足りない威力を補っている魔術師なんてそこら中にいる。むしろ身一つで魔法を使えるほどの者なら、わざわざ自分なんかに声を掛けなくとも引く手は数多のはずだ。


「水の精霊よ……このなんたらかんたらにごにょごにょごにょごにょ……」


 適当に呪文らしきものを唱えるマーシア。

 お手並み拝見とばかりにそれを観察する戦士の男。

 そして、


「フリーーーーーーーーズッ!!!!」


 叫びと同時に瓶の中身をぶちまけた。

 戦士の男に向かって。


「……いや、ちょっと……ねぇちゃん…………」

 頭からその液体をかぶった男は、ポタポタとそれを滴らせ頬を引きつらせる。


「どお? 私の氷魔法は??」

「いや俺を攻撃してどーすんだよっ!???」


 超ドヤ顔でポーズを決めているマーシアに、ずぶ濡れの男は怒りを破裂させる。


「え、だって見せろって言ったじゃない!!」

「俺に使って見せろとは言ってねえ!! どこか適当な場所でいいじゃねぇか!!」

「相手にぶっかけろって説明されたのよ!!」

「誰にだよ――――って、ちょっと待てっ!!」


 言い争いの途中、男がビタッと固まり、表情をこわばらせる。


「……さ、寒い…………」

 そしてボソリと呟くと、


「さ、寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒いっ!!!!」

 と、急に縮こまり全身を擦り始めた。


「お、お、お、お、効いてる? 効いてるの??」

「効いてるの? じゃねぇーーよっ!! 寒い寒いっ!!!! ちょっと待てマジで寒いっ!!!! おいこれどうにかしてくれ!! 凍える、凍え死んじまう!!」


 全身に鳥肌を浮かべながら怒鳴り散らかす男。

 しかしどうにかしろと言われてもマーシアだってどんな原理で作用が起こっているのかわからない。


「え~~~~っと……魔法解除はどうしたら……」

 チラリと後ろに隠れているはずのデネブを見やる。


 すると木の陰からにゅっと手が出てきて、一つの小瓶を投げてきた。

 それはさっきお試しで舐めたアタックの効果を持つ『暴れ粉』

 それをキャッチし、なるほどと理解したマーシアは男に向かって胸をそらした。


「まかせなさい。この偉大なる大魔術師マーシアがそなたに取り憑いた氷の悪魔を退治してしんぜようぞ」

「いや、お前がやったんだろうが!! 何、悪魔とか?? 大魔術師とか、そんなやつはこんなとこにいねーーよっ!! 言ってること無茶苦茶だぞお前、寒い寒い寒い寒い寒い寒いっ!!」


 デネブからペテンでも良しと教わったのだ、どんなに怪しかろうが疑わしかろうが結果が出れば良いのだろう。マーシアはその一心で男の口を無理やり開けて、暴れ粉を流し込んでやった。


「内なる炎の精霊よ、この者の冷気を払ってその悪魔を退けうんたらかんたら~~るるるるら~~~~!!」

「いや、その適当な呪文もごもごもごもご…………」


 粉を全部飲み込んだ男はしばし制止し、


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……」


 ぷるぷる震えだしたかと思うと、


「辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い~~~~~~~~っ!!!!」


 飛び上がって口から炎を吹き出しつつ猛スピードで何処かへと走り去ってしまった!!


「どうかしら? 私の大補助魔法の効果は……ってちょっと待ちなさいよ~~!!」


 走り去っていく男を追いかけようとするマーシアだが、すでに男は角を曲がって姿が見えなくなっていた。


「あああ……また、またフラれたのね私……」

「いやぁ、まさか一瓶全部飲ませるとは思わんかったで……あんたもしかしてアホなんか?」


 よよよとすすり泣くマーシアの後ろで、呆れ果てたたずむデネブがいた。

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