第12話 魔術師のお仕事④ 魔法具

「は……話を聞いたって??」

「なんや気付いてへんかったん? あんた一人でぶつぶつ言うとったで、パーティーから追い出されるやら、男が捕まらんやら」

「え、ま、マジで!?」

「大マジや」


 その言葉に顔を赤くしてうろたえるマーシア。

 そのあたりの恥じらいは持っているようだ。


「まあまあ、アタイはそういう個人的な趣味や事情には寛容や。その辺りは安心してんか? それにそのおかげで随分話しが早うなったで。つまりや、おたくがどこのパーティーにも相手されん原因を解決すればええんやろ?」


「そ……そんな事が出来るの??」


「出来るから声かけたんや。まぁ、出来んでも貴重な魔術師のお客さんや、どこで縁があるかも分からへんから名刺だけは渡しに来とったけどな」

 そう言ってデネブは胸の首飾りをきらめかせた。


 それは魔術師ギルドから正式に『魔法使い』と認められた者だけに贈られるペンダント。

 それを目にした途端、マーシアの頬に汗がつたい、胸元を隠して目をそらす。

 その仕草を見てデネブはくっくっくと笑った。


「わかっとるわかっとる。おたく、あれやろ? 魔法の使えん魔術師さんなんやろ?」

「ぎくっ!!」


 図星だった。


 マーシアは魔術師を名乗ってはいるが、それは名ばかりで本当は魔法なんか使えはしないただの人。ついでに言ってしまえば冒険者資格すら持っていない無資格冒険者だったである。

 ジーニアのような少しオツムの弱い男はともかく、普通の慣れた冒険者なら彼女の素性はすぐに見抜けるだろう。


 良い戦士になかなか相手にされないのはそれが大きな原因だった。


「かめへんかめへん。言うたやろ? アタイは事情には寛容やて。実際、おたくみたいな魔法の使えん魔術師(自称)もぎょうさんおるさかい気にせんでええで」

「そ、そうなの?」


 デネブは正真正銘本物の魔法使いである。

 そんな『本物』を前にして、文句の一つも言われるか、最悪、詐欺として詰め所にでも連れて行かれるかとビクビクしたマーシアであったが、帰ってきた反応は意外と好意的だった。


「そうやで。そんな人も立派なお客さんや。アタイの店はな、そういう人向けの商品も充実しとるんやで?」

「……は、はあ…………?」


 そう言ってデネブは大きな革袋から一つ商品を取り出した。

 それは手のひらサイズの丸い玉。


「……これは??」

「なんや、知らんのかいな? これはなぁ『ファイアーボールの玉』言うんや」

「ファイアーボールの玉????」


 ファイアーボールなら知っている。

 深く修行を積んだ高位の魔術師が使う炎の上位魔法。

 名前こそ有名だが、数少ない魔術師の中でもこれを唱えられる者は一つの国に数人程度しかいないと言われる大攻撃魔法である。

 ちなみにその威力は、一撃で馬車一台を破壊すると言われている。


 ――――その『玉』とは??


 はてな、な視線でそれをみるマーシアにデネブはニヤリと笑いかけると、


「一個はサービスや。タダで使って見せたるわ」


 言って、ポンッ! と指先に火をともした。

 何気な無詠唱魔法にマーシアは目を向いたが、今はそれよりも次に何が起きるのかの方が気になった。

 玉の一部分から生えている紐にその火をくっつけるデネブ。


「こうして紐に火を点けるとな、すぐに玉に燃え移ってくるから手が燃やされんうちに……あっち見ときや!」


 そう言ってデネブが指差したのはすぐ先にある石造りの用水路。

 そこの少し手前を狙ってその玉を放り投げた。


「そりゃあっ!!」


 ひょろひょろ~~と弱々しく飛ぶ玉。


 途中で全体に火が回り文字通り火の玉ファイアーボールとなるが……まさかコレの事を言うんじゃないだろうなとマーシアは不安になる。

 しかしその不安は次の瞬間、驚きに変わった。


 ひょろひょろと石畳に落下した玉はその衝撃でガシャンと割れ、その瞬間、

 ――――ボォゥワッ!!!!

 と大きな炎を出して燃え上がったからだ。


「なっ!?」

「どや? これがファイアーボールの玉や。ちなみに一個やとただのファイアー程度やけど、十個まとめて使えば本物のファイアーボールと遜色なくなるで?」


 そして呆然と炎を見るマーシアの耳にそそそ、と近づき、


「……ここだけの話しやけどな、世間の魔術師名乗っとる連中の半分以上がこの手の魔道具使ってる使やったりするんやで?」

 と、囁いた。


「そ、そうなの!??」

「そうやで、あ、ちょっと待ってんか? 火事になる前に消さんとな」


 言って、燃える炎をどこからか取り出したホウキでベッベと用水路へ捨てるデネブ。


「魔法ってな、使える者でもその大半はな、ほんのちょろっとしか使えへんのや。火の魔術師って言ってもさっき見せた指先程度の火しか出せへん。でもな、それじゃカッコ悪いやろ? だから今みたいに道具でして誤魔化しとるんやで」


 人差し指を口に当て、いたずらっぽく笑いながらデネブは業界の秘密を暴露する。

 聞いたマーシアは口をポカンと開けてたたずむ。


「ほんでな、この道具って火さえあれば別に魔法が使えんでも関係なく使えるんや、つまりな――――」

 デネブはもう一度マーシアの耳に近づき、小さな声で囁いた。


「……これを使えば、あんさんも今日から魔術師ってわけやで」

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