第13話 魔術師のお仕事⑤ 魔法具

「……一人前の……魔術師?」


 マーシアは渡されたもう一つのファイアーボールの玉を見つめて生唾を飲み込んだ。


「せや。あ~~でも詐欺ってわけやないで? そもそも『魔術師』なんてもんは誰でも名乗れるお気楽な肩書なんやしな」

「え? そうなの!?」

「そりゃそうや、戦士も狩人も言うたもん勝ちやろ? それと同じや。もっともギルドやら何やら通そうとすると話しがややこしくなるから、それは出来ひんけどな。でも、チームの一員として『魔術師』を名乗るぶんには自由やさかいに」


 実際、魔術師と言う職業は人気が高い。


 冒険者チームでも魔術師がいるのといないのとでは周囲の評価は格段に変る。

 それゆえ『魔法使い』の資格を得ようとする者は多い。

 だが本当に魔法使いになれるのはほんの一握り。そしてその一握りの中でも実戦で使えるレベルの魔法を操れるなんて者はさらにその一握りになる。


 なのでおのずと湧いて出るのがマーシアのようなアマチュア魔術師。

 資格はないが、されども仕事は欲しい。

 そんなものが勝手に『魔術師』を名乗り冒険者や傭兵業界に潜り込んでいる。

 もちろんギルド的にはあまりよろしくないのだが、名乗るだけならば当事者たちの解釈次第で自由なのだから文句は言わない。

 その代わり、きちんと試験に合格している本物の使い手には『魔法使い』のペンダントを贈り区別はしている。


 なので正確に言えばデネブは『魔術師』ではなく『魔法使い』になるのだが、一般的にはそのような者たちも一つにまとめて『魔術師』と呼んでいるので彼女も特にこだわることなく魔術師と名乗っている。


「ほんでも、実際に魔法的なモンが使えへんと話にならんやろ? だからみんなこう言うので誤魔化して仕事しとるんやで?」


 と言って玉を指差すデネブ。


「……し、知らなかった」


 アマチュア魔術師としての経験すらも浅いマーシアにとっては驚きの事実だった。

 まさか魔法業界かそんなことになっているとは。

 ということは旅の途中で出会ったあの魔女やあの爺さんも、もしかしたら資格なしのエセ魔法使いだったのかも知れない……。


 そして、そんなことも知らなかった自分は熟練の冒険者たちの目には『誤魔化し用の魔法具も持たない正真正銘の素人』に見えていたに違いない。


「……なんてこったぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~……」


 知らずに紡ぎ続けていた黒歴史に頭を抱えてうずくまるマーシア。


「まぁまぁ、知らんかったんならしょうがあらへんって。そんなことよりどうや、まだ魔術師を名乗って仕事するんやったらお一つ。安うしとくでぇ?」

「か、か、か、か、買うわっ!! 超買う、全部買うっ!! あるだけ売ってちょうだい!!」


 デネブにしがみつき、かじり付きそうな勢いで商品を求めるマーシア。


「毎度、ほなこの玉一個につき銀1枚やけどええか?」

「たっかっ!???」


 お金には困っていないマーシアであったが、さすがにその値段には仰け反った。


「魔法具やからな、そりゃある程度値段はするで?」

「に、に、にしてもそれ一回火をつけたら終わりでしょ!? そんな消耗品に銀1枚は高すぎないっ!??」


 駆け出し冒険者の平均日当がだいたい銅50枚と言った世界である。この玉一つでその倍の値段と言うのは相場がおかしい。


「ほんでも作るのにそれなりの材料費がかかっとるさかいな、これが適正な相場やで、アタイはボッタクリはせえへん主義やで?」

「で、でも……そんなの使ったらすぐ赤字になるんじゃ??」

「アホみたいに使いまくったらな。みんなこの手の道具はホンマのイザと言う時まで使わんもんや」

「じゃ、じゃあ普段はどうやって戦ってるの???」

「……そりゃ口八丁手八丁で適当に誤魔化してやってるフリしてるんやろなぁ」


 ファイアーとかフリーズとか、ただ口だけで叫んで踊っている魔術師の姿を想像してそれまで抱いていた夢がガラガラと崩れていくマーシア。


「……あと、こういうのとかかな?」

 そう言ってデネブが革袋から取り出したのは小さな小瓶。


「……これは?」

「これはな、使った相手の攻撃力が倍になる『アタック』の補助魔法と同じ効果のある魔法具『暴れ粉』や」


 なにやら怪しげな名前の粉だが……?


「これなら1瓶で銅20枚ってとこやな。どやお得やで?」

「そ、そ、そ、それはいいんじゃないの? 補助魔法、かっこいいじゃない!!」

「そやろ? 使い方はなこうやって蓋を開けて、手ぇ出しいや」


 出されたマーシアの手に瓶の中の粉をサラサラと適量落とす。


「で、それを一気に飲み込むんや」

「こう?」


 パクリと何も疑わず飲み込むマーシア。

 次の瞬間。


「辛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっっっっっっ!!!!」


 叫んで火を吹きながら飛び上がり、その辺りを転げ回る。


「これは味覚を暴力的に刺激して、その覚醒作用によって一時的に筋力を増強させる魔法具や。ちなみに少しやったら料理に入れても良いし、靴の中に入れれば冷え性にも効果があるで?」

「ただの強力なスパイスでしょぉ~~~~~~っ!!!!」


 真っ当すぎるマーシアの抗議に、しかしデネブはチッチッチと指を振って言葉を返す。


「何でもない物を、さも神秘的な物に見せかける。それが魔術師としての腕の見せどころなんやで?」

「いや……それただのペテン師じゃ……」


 文句を言おうとするマーシアだったが、そもそもアマチュアで魔術師を名乗ること自体がペテンなのだ、自分が言える立場じゃない。そして同じことをしている人間は珍しくないのだという、つまりこの業界はこういうことなのだと理解し、口をつぐんだ。

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