第11話 魔術師のお仕事③ 魔法具
「お、お、お、お、おぼえてろよっ!!」
「ちょ、ちょっとジーニィ!??」
武器屋前の喧騒も、デネブが昼食を終える前にあっけなくケリがついてしまったようだっだ。
顔を真赤にした屈強な戦士風の男が、半泣きになって走り去って行く。
その後を追いかける恋人らしき女の姿も見える。
「やれやれ、三分ってところやろか? ……そこいらの男にしては、あのネアリ相手に思ったより持ち堪えた方やとは思うけど、手でも抜いとったんやろか――――っておおっとぉ!?」
男を追いかけていく女を見てデネブは目を大きく開く。
彼女の服装があきらかに魔法使い風だったからである。
「……なんや、あの女は初顔やなぁ、こりゃ見過ごせへんで!!」
デネブは慌てて、部屋のいたる所に飾ってある魔導書や道具を革袋に押し込むと外へと飛び出した。
扉には『準備中やで』と書かれた札が乾いた音を鳴らして揺れていた。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!! は、はっずかしい~~~~~~っ!!!!」
石造りの家と家の間に挟まりながら、ジーニアは三角座りになって両手で顔を覆っていた。彼の股間からはいまだに僅かな湯気が上がっている。
それを、逃げた子猫を誘い出すかのように用心深く近寄る魔術師風の女。
水色の長い髪の毛をカチューシャで後ろに流し、宝石の付いた黒いローブに、金の装飾であつらえた高価そうなステッキ。
一見すれば優秀で裕福そうな魔法使いに見える彼女は名をマーシアと言った。
「ジーニィ~~、そんな所に隠れてないで出ていらっしゃいよぉ~~」
「よ、寄るなマーシア!! お、おれはもうダメだ!! こ、公衆の面前であんな小娘に負けた上に……こ、こ、こ……こんな醜態まで晒してしまって」
濡れた股間を見つめてジーニアはより落ち込みを深くする。
「う……そ、そりゃまぁ……さっきのはマジでカッコ悪かったけど……。でも、あれは相手が悪いよ……あの女ただもんじゃなかったよ、王宮剣士並に強かったし……。だからそこまで落ち込むことないって、ね? ほら、出ておいでよ」
ちっちっちっちっと舌を鳴らして手招きする。
「お、俺は猫ではない!! 認定試験主席合格の天才冒険者、Dランクのジーニアとは俺様のことだぞ!? くそう!! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって~~~~~~!!!!」
微妙な栄誉を振りかざし、ジーニアは重たいアイアンアーマーをガチャガチャ鳴らしながら何処かへと走り去ってしまう。
「ちょっちょとジーニィ~~~~っ!!」
慌てて後を追うマーシアだが、ジーニアの足は意外と早く、あっという間に彼を見失ってしまった。
「く……くそう、あの男……散々貢いでやった恩も忘れて逃げてくれちゃって……これは……別の男を探した方がいいかも知れないわね……ぜいぜい」
汗だくになりマーシアは道端にへたり込んだ。
彼女はもともと良家のお嬢様であった。
冒険者に憧れて家を飛び出し魔術師になってみたが、なかなか仲間が集まらず、たまにパーティーを組んでもらえても、すぐに愛想をつかされて追い出されてしまう。それでも冒険者になる夢を諦めきれずに色んな町を渡り歩き、なんとかこの街で頭の軽そうな戦士(ジーニア)を見つけて声をかけたのだ。
最初は年上で怪しげな魔術師であるマーシアを怪しんでいたジーニアだが、武器や防具を買ってあげるとそそのかしたら、いとも簡単に釣り上げる事に成功。馬鹿だが運動神経は良いジーニアはそのまま最高の成績で冒険者への認定試験に合格し、これで晴れて自由な冒険者生活を楽しめると思ったらこれである。
「……あんな根性無しだと思わなかったわ……こんなんじゃ、いざ冒険に出てもモンスターとか盗賊の前に私を置いて逃げかねないわね、あいつ……」
マーシアは強く屈強な戦士(彼氏)に守られる美人魔法使と言うシチュエーションに強く憧れていた。
冒険者として家を飛び出したのも、そんな場面を一度でいいから経験してみたいという願望からである。アホかと思われるかも知れないし、実際アホだが、しかしそれが正直な女心なのだ。彼女は自分の欲望には忠実なのである。
そうでなくても将来、どこの馬の骨とも知らない金持ちのお坊ちゃんと結婚させられるかわからないのだ。その前に自分が憧れるロマンスの一つや二つ成就しておきたい! その一心で彼女は巡り巡ってこの街まで流れ着いてきたのだ。
でも、せっかく見つけた良さそうな男は、てんで根性なしの腰抜けだったわけで、おかげでまた一から男を探さねばならないのだが。とはいえ彼女が良しとするような強そうな男は大抵、人を見る目もある程度あって、誘っても逆に向こうから断ってくるのである。その理由は彼女もわかっているのだが――――、
「そんなあなたに朗報ですっ!!!!」
「ぎょっ!???」
いきなり後ろから声を掛けられ、心臓が飛び出そうになるマーシア。
振り向くとそこには黒い三角帽子に金髪三編み丸メガネ、同じく黒のワンピースに魔導書を片手に持った典型的な魔法使い少女が立っていた。
「こんにちは、アタイの名はデネブ。『デネブ魔法書店』の店長をやってる者や。あんたここいらじゃ見かけん魔術師さんやんなぁ?」
と元気に自己紹介すると彼女は、自分の名と店名と住所を記した木札をマーシアに差し出してきた。
「話は聞かせてもろたで? ようするにあんたは強い男のおる冒険者パーティに入りたいんやな? だったらその相談、ウチに任せてみいひん?」
ずずいと遠慮なく顔を寄せてくる突然の元気少女に、マーシアは顔を引きつらせ後ずさった。
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