第9話 魔術師のお仕事① 魔法具

「……むおぉぉぉぉ…………」


 緑の液体が入った試験管に、同じく試験管に入った赤の液体を垂らし込む。

 ゆっくり、ゆっくりと二つの液体が混ざっていく。

 これが上手くいけば、おそらく新しい効果を持った魔法具が出来上がる。


 むふふふふ……。

 と、大きな三角帽子に丸メガネをかけた三編みの女の子――――デネブは不気味に笑った。


 薄暗い部屋に、窓から差し込む陽の光が一つの柱を作っている。

 宿屋の一室程度の広さしかないその空間には、四方に本棚が設けられ、高価そうな魔導書や宝石、その他道具類がびっしりと並べられている。


 カチカチカチカチ…………。


 緊張で手が震えているのか、試験管がぶつかり合い、危なげな音を鳴らす。

 いかん、この調合は液体同士をゆっくりと混ぜなければ失敗してしまう。


 ――――落ち着け~~。――――落ち着けアタイ~~。


 デネブは自分にそう言い聞かせ、手の震えを抑えようと精神を集中させた。


 すぅ~~~~、はぁぁぁぁぁ~~~~……。

 体を揺らさないように鼻だけで深呼吸し、彼女はほんなささやかな落ち着きを手に入れる。


 ――――よし、今やっ!!

 意を決して試験管を傾けたとき――――、


『むきーーーーーーっ!!!!』

 近所から金切り声が響いてきて手元を狂わせてしまった。


「あっ!!」


 おかげで急に傾いた試験管は、その中の赤い液体を一気に緑の液体へと乱暴に放り込んで――――、


 ――――ボンっ!!!!


 爆発してしまった。


「…………………………………………ど……どど……ど…………」


 顔をススで真っ黒に、前髪をチリチリにしながらデネブは口から煙を吐き出した。


「どこのどいつや、馬鹿な大声上げてんのはーーーーっ!!!!」


 窓にダッシュし木戸を開け、2階の高さから下を見下ろすと、斜め向かいの武器屋の庭からその騒ぎは聞こえてきていた。

 見ると幼馴染の看板娘、ネアリが何やら客とモメているようだ。

 それを見てデネブは諦めたように肩を落として呟く。


「……あの脳筋バカ女め、まぁた客を選んで商売しよっとんな……まったく……その度にいちいち騒がれたらアタイも仕事になんないっつうのに……」

 イリイリとその光景を眺めながら悪態をつく。


 デネブの仕事は魔術師である。


 一口に魔術師と言っても仕事の仕方は様々であるが、デネブの場合はここモーゼル通りで魔術道具を取り扱う商売をして生計を立てていた。

 元々は親の店だったのだが、彼女が魔術師として免許を取ってすぐに両親は店をデネブに譲り、何処かへ旅立って行った。


 一応、魔術探求の旅とか宣言していたが半分は遊びだろう。


 それ以来、彼女は一人で店をやっているのである。

 歳はネアリと同じ16歳。

 そんな少女が一人で店などやっていけるのか? と普通の人は思うのだろうが、それが意外とやっていける。


 なぜなら店に来る客はほとんどいないからである。

 良くて日に2・3人。

 悪ければ一週間で一人も来ない時もある。

 理由は簡単。魔術師そのものの人口が少ないからだ。


 魔術師になるのに必要なのはまず才能。これがないとどうにもならない。

 そしてそれを開花させるために学ぶ費用もいる。

 大体の場合は魔術師ギルドが運営する魔術師学校に入るのだが、そこの費用がバカ高く、たとえ才能があっても金銭面で諦める人間は多い。

 デネブの場合は両親が魔術師だったので勉学は全て両親から教わった。


 なので必要だったのは魔術師認定試験の費用くらいのもので、故に他の者よりも恵まれた環境だった。

 そんなわけで、人口10万人程度のここ王都アストラでも、魔術師と言えるものは100人くらいしかいないのだ。

 しかもその半分は王宮お抱えのお役人で、必要な魔術道具は全て王宮が用意する。

 なので残り50人と、あとは旅の魔術師がふらりとやって来るのを待っているだけの商売なのだ。


 それでも商品の単価が高いので、一品売れればかなりの日数食べていける。

 さらにの商品も取り扱っているので、そちらの売上も馬鹿にできないのである。


 ――――コツコツコツ……。


 下から階段を上がってくる音が聞こえる。

 どうやら久々のお客さんが来たようである。


 デネブは汚れた顔と髪をさささと整え椅子に座る。

 試験管やフラスコをありったけ机に並べ、ランプに火を点けて湯気を立てさせる。

 黒バラの付いた大きな三角帽を深くかぶって魔法書を読みふける。


 よし接客準備ハッタリは完了した。


 これでどこからどう見ても一流の魔術師に見えるだろう。

 欲を言えば大きな瓶としゃもじが欲しいが、あれは維持が大変だ、実用していなければ置いておける物じゃない。

 やがて――――コンコン……と扉がノックされた。


「……どうそ……開いていますわ」


 と、作り声と口調で静かに答えるデネブ。

 そしてゆっくりと扉が開けられると同時に顔を覗かせたのは、一人のエプロンを着た男性だった。


「ようこそおいで下さいました。ここは魔術と神秘の館『デネブ魔法書店』……あなたに奇跡をお譲りする店ですわ」


 精一杯の妖しさを演出し、デネブはその客を迎え入れた。

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