第8話 武器屋のお仕事⑧ バスタードソード

「ぐあっ――――っ!!!!」


 ――――バキィィィィンッ!!!!


 やられた、と覚悟したジーニア。

 しかし彼の身に響いたのは切られた衝撃でも痛みでもなく――――ただ大きなだけの金属音だった。


「な……あ、あ……あれ!???」


 冷や汗をだらだらと流し、ジーニアはヨロヨロと尻もちをつく。

 剣が当たる寸前、ネアリは刃を回転させ刀身の腹で鎧を叩いただけだった。

 剣を引き、くるくると手回しし、可愛い舌をペロリと出すネアリ。


「なぁ~~んて。お客様を本気で叩きのめすわけにもいきませんからね」

「な……な……な…………」


 呆気に取られるジーニア。

 緊張が解けた彼の股間からゆらゆらと湯気が上がった。


「あら……」


 ネアリは口を押さえて赤面する。

 切られなかった安堵のあまりジーニアは失禁してしまっていたのだ。


 どっと周囲から笑いが巻き起こる。


 面子を重んじる冒険者にとってこれ以上ない醜態を晒してしまったジーニアは顔面蒼白になり、


「お、お、お、お、おぼえてろよっ!!」


 と、100点満点の捨て台詞を吐いて土煙を上げながら去っていった。


「ちょ、ちょっとジーニィ!??」


 連れの魔術師女も慌てて彼を追って去っていく。

 後には放り投げたジーニアのバスタードソードが淋しげに転がっていた。


「……やれやれ、武器を放り出して逃げるだなんて、失禁するよりも恥ずかしいと思いますけどね」


 その剣を拾い上げ、あらためて鑑定する。


「うん、やっぱり良い剣です。……あの人が取りに戻ってくるまでウチで預かっておきましょう」


 持ち主が悪いせいか、刃こぼれも目立つ。

 武器には罪はないのだ。

 預かっているうちに研ぎ直してあげよう。


 そう思い、ネアリは油を染み込ませた布でその刀身を大事に包んであげた。


「あ……あの……」

 リンが恐る恐るネアリに声をかけてきた。


「どうですか? この商品の扱い方、わかって頂けましたか?」


 ニッコリ笑うと逆手に持ち替え、使っていたバスタードソードをリンに手渡そうとするネアリ。


「いまお見せしたのは正しい扱い方のほんの一部です。他にも柄の握り方や腰の入れ具合、足さばきなど、短剣と比べると全てが変わってきますからね。それらを一通り説明させて頂くとして、ざっと一月ほど講義に通って頂く事になりまして、その授業料が商品と合わせて銀貨10枚になりますね。あ、身分証を提示頂ければ後払いでも良いですよ?」


 流れるように商談を進めるネアリにリンは半べそ顔で首を横に振った。


「ご……ゴメン、無理……やっぱり私……無理」

「はい?」

「あんな戦い方……今の私に出来るわけがないわ……」

「まぁ、そこは修行次第ということで」

「……イジワルね、出来るようになるにしても何年もかかっちゃうわよ、とても一月やそこらでマスター出来る動きじゃ無かったわ……」


 打ちひしがれ、うなだれるリンを見て、ネアリは少しホッとした表情で、


「そうですか、もちろんそれでも良いですよ。お客様に合った武器を提供するのが武器屋の仕事ですから、じっくり吟味なさって本当に気に入った物をお買い上げ頂ければ――――、」


 そう言ってバスタードソードを鞘に収めようとするネアリの手を、リンがハシっと掴んだ。


「待って。……だけども私はその剣を買うのを諦めたわけじゃないのよ。今はまだ全然使いこなす自信は無いけど……冒険者としての経験を積んでいつか必ずその剣に見合う剣士になってみせるわ。だから、それまでその剣を取っておいて欲しいのよ、お金は置いていくから」


 色々な思惑があっただろうが、結局はこの剣に惚れ込んでしまったという事だろうか? 


 それもよくあること。


 武器にはそれぞれに、それぞれの魅力がある。

 それは自分に合っているかいないかの壁を超えて引きつけられるもの。

 その気持に従い、職業を変えるのもまた正解なのだ。

 きっと彼女は将来いい大剣使いになるだろう。ネアリはそう確信した。


「わかりました。ではご予約という形で預からせて頂きますよ。お代は前金だけで結構ですよ」

「ホントに!?」


 リンは喜びネアリに抱きつく。


 その数年後、彼女は隣国にもその名を轟かせる剣士へと成長する。

 その手にはその身分に似つかわしくないごく普通のバスタードソードが握られていたが、どんなに高価な剣を贈られたても、彼女はそれを自分の愛剣として生涯使い続けたという。





「はい、ショートソードですね。こちら銀貨2枚になります」

「柄の調整ですね? 銅貨50枚頂きます」


 今日も商売は順調である。

 午前中の売上は銀貨10枚。


 さて、そろそろお昼にしようかな?

 ネアリがお弁当のパスタを広げようとしたとき、


「お、おいっ!! お、お、お、俺のバスタードソードを知らないか!?」


 慌てて転がり込んで来たのはジーニアであった。


 あの勝負から三日後の事であった。

 呆れ顔でカウンターの後ろを指差すネアリ。

 そこには研ぎたてピカピカに輝く彼の剣が大事に飾ってあった。


「おおっ!! 俺の相棒っ!! こんなところにあったのかっ!!」


 カウンターに乗りかかり、取り返そうとするジーニアの手をバシッと叩く。


「――――な、何をするっ!??」


「預かり賃と研ぎ直しで――――しめて銀貨3枚頂きます」


「高っ!?? か、か、か、金取るのかよ!!」

「当然ですよ。武器を大事に扱えないあなたにはバチが必要ですから。あ、それとこの念書にサインもお願いしますね。書いてくれないと、この剣は返しませんので」


 言って差し出す念書には、毎日油で拭き上げること、週一は刃を研ぐこと、そして月に一回はこのお店『武器屋ヒノモト』の点検を受けることが記されていた。


「お、お、お、お……お前~~~~……」


 なんちゅう面倒くさい約束を押し付けるかと言いたげなジーニアだが、そんな彼にネアリは説教じみた口調で、


「武器を粗末に扱う人は己の命も大事に出来ません。そんな方にお渡しする商品ウチにはありませんので」


 ツンと言い放った。


「~~~~~~……っ!!」


 勝負に負けた手前、これ以上文句も言えず渋々サインを書きなぐるジーニア。

 よしよしこれでまた一人お得意さんが増えたぞとニンマリ笑うネアリ。


 さて次はどんなお客さんが来るだろう?

 モーゼル通りは今日もお客さんで賑わっている。

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