第6話 武器屋のお仕事⑥ バスタードソード

 ツカツカツカとジーニアの元へ歩いていくネアリ。


「ん? なんだお前は?」

 聞かれたネアリはニコリと笑い、


「ただの武器屋の娘です」

 と答えた。


 そしてジーニアの持つ剣を目で確認する。


 それは確かにバスタードソードの一種だが、リンが買おうとしていた品よりはずっと高級品のようだった。

 全長はそれよりもさらに一回りほど大きく、鞘には細かな装飾があしらわれ、金や宝石が散りばめられている。刀身もそれに見合うように鍛えられており、滑らかな曲線と力強い鋼の輝きはその剣が一級品だと語っていた。


 値段で言えば、ざっと数倍はするだろう。


「……確かに良い剣をお持ちのようですね?」

「――――ふ、そうだろう? さすがにこの剣の良さはあんな安物のナマクラを扱うような店の売り子でも分かるようだな?」


 ――――ピキッ。


「ええ、もちろん、わかりますとも。とても素晴らしい剣です。素晴らしすぎて持ち主様と全く釣り合いが取れてませんね? 豚に真珠……いいえ、豚は失礼でしたね猫に小判と言い換えましょう」


 それを聞いたジーニアの顔が一気に赤く染まった。


「なんだと貴様っ!! この俺を愚弄する気かっ!??」

「いいえ、私はあくまでそちらの品を褒めただけですよう? Dランクとは言えど駆け出しの冒険者様には勿体ない一品ですと。……もっともいい武器はいい使い手に握られてこその物ですから、あなた様の手にあるうちは、その剣の価値も大暴落でしょうけどね」

「な、な、な、こ、こ、この……小娘……!!」


 ジーニアの顔色が怒りの赤を通り越してどす黒くなってくる。


「き……貴様っ!! 俺に対してそこまでの大口を叩くとは覚悟は出来ているんだろうなっ!!」


 叫んで、ネアリに向かい剣を構えるジーニア。

 ネアリはニコリと笑い、リンの持っていたバスタードソードを拝借すると、柵を飛び越え、通りに躍り出た。


「ほう……小娘が、よほど痛い目に合いたいと見える。言っとくが俺様は喧嘩を売られた相手には例え女子供でも容赦はせんからなっ!!!!」


 まるで怖気づかずに向かってくるネアリの態度に、ジーニアは安いプライドを大きな声にのせて叫んだ。 


「おっと? 何だ何だ??」


 騒ぎを聞きつけ商店街の者たちが一斉に二人に注目する。


「おい、決闘か? 誰と誰だよ??」

「ああ、フウガさん家のネアリちゃんだよ」

「何だい、またかい? 今度の相手はどこの身の程知らずだい?」

「さあ、見たこと無いやつだな。どうだ、どっちが勝つか賭けるか?」

「ばぁか、そんなもんみんなネアリちゃんに賭けるに決まってるじゃねえか、賭けになんねぇよ!!」

「勝ち負けじゃなくて、何分で勝つかだよ。俺は三分に銅貨10枚だ」

「お? だったら俺は二分に銅貨20枚出すね」

「俺は一分に銅15枚!!」

「私は三分に銅30枚だねぇ」


 ワイワイガヤガヤあっという間に人集りが出来て、ネアリとジーニアを取り囲んだ。

 みんな盛り上がって勝手な賭け事が始まっているが、誰一人ジーニアに賭けるものはいなかった。


 それが彼の怒りを十倍に燃え上がらせた。


「いまさら泣いて謝っても許さんぞ小娘っ!! 後悔するなよぁぁぁっ!!!!」


 その叫びが決闘開始の合図となった。

 大きなバスタードソードを最上段に構え、ジーニアが鬼の形相で突進してくる。


「ちょっとあなた逃げてっ!! あんな剣持った相手に勝てっこないわよ!!」


 リンが柵にしがみついて叫んでくるが、ネアリは至って冷静にバスタードソードをくるりと回し彼女に向かって笑いかける。


「では、お客様。この商品の使い方を説明をさせて頂きますね?」

「はぁ!??」


「先ほど説明した通り、このバスタードソードという剣はとても重い種類の武器です。その為、ある程度使い手を選んでしまうのですが、しかし必ずしも非力な者がお使えないというわけでもありません」


 そしてネアリは左手でソードの柄を、右手で


「はぁ!? どこを握ってやがる? そんな持ち方じゃ指がいくつあっても足りんぞ!!」


 嘲笑いながらジーニアが思いっきり剣を振り下ろしてきた!!

 それをネアリは刀身に角度をつけ、受け流すように刃を交える。

 

 ――――ギンッ!! ギャギャギャギャキンッ!!!!


 火花が散り、振り抜かれるジーニアの剣と、衝撃で斜め横に飛ばされるネアリ。

 しかし、弾き飛ばされながらもネアリの体勢は崩れていない。

 ジーニアの剣撃を綺麗に受け流した証拠である。


「やるな!! しかし今の衝撃で手はズタボロに引き裂かれただろう!??」


 ニヤリと笑いジーニアはネアリの手元を見るが、彼女の手は全く切れてなどいなかった。


「ど……どういうこと??」


 痛々しい光景を想像して目を細めていたリンは意味が分からず、瞬きを繰り返す。

 ネアリはその種明かしとでも言うようにリンを見て笑う。


「バスタードソードはほぼ全ての種類で、剣身の根元に部分が設けられております」


 そして握っていた右手を開けて見せる。

 ネアリの言う通りそこには刃がなく、代わりにコイン大の穴が開いていた。


「これは長過ぎる剣身を安定して扱えるように工夫された、第三の持ち手です」

「……な、なんだと??」


 ジーニアは自分の剣を確認する。

 すると確かに彼の剣の根元も切り刃は無く、それどころか握りやすいように指型に凹凸が付けられていた。


「倒れた相手にトドメを刺す場合とかによく使われますね。普通に柄を握っただけだと剣先がよれてしまいますから。こうして持ち手の距離を開ける事によって突き刺す時により力が加えやすくなります」


 再び第三の持ち手を握りしめ、そして逆の手で柄の尻を押すように握り、地面に突き刺して見せるネアリ。

 

 その剣先は、とても非力な乙女が刺したと思えないほどに深く地面に埋まっていた。

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