第5話 武器屋のお仕事⑤ バスタードソード

 バスタードソードの威力は絶大だった。

 一撃一撃の重さが半端なく、受け流すリンの体勢はその度に崩れ、得意の身軽さを生かした戦いもさせてもらえない。

 そして彼女は為す術もなく、その破壊力の前に膝を折るしか無くなったのだ。


「……結局、戦いなんて威力のある武器を持つものが有利なのよ」

 リンはその時の悔しさを思い出し、唇を噛み締めながらネアリを見上げた。


「短剣なんて手数重視の訓練じゃ役に立っても、実践じゃダメだわ!! やっぱり威力が無いと本番じゃ通じないのよ、だから私は大きな威力のあるバスタードソードが欲しいの!!」


 ネアリはその言葉を聞いて、ふむ、と頷くと少し首を傾げて見せる。


「確かに、お客さんの言うことも心理なんですけど、でも……そもそも攻撃が当たらなければ意味はありませんよ。威力のある武器は大抵が、取り回しに難があるものばかりなのです」

「それでも、使いこなせば強くなれる可能性があるわ!! でも、短剣なんてどんなに腕を磨いてもたかが知れているじゃない!!」


 ネアリは困ったなと頭を悩ませる。


 短剣と言うのはそんなに劣った武器ではない。

 それどころか一対一の接近戦であれば最強の武器と評価する戦士も多い。ネアリもそれに同意見なのだが、戦闘初心者であればあるほど、それが理解出来ずに破壊力に魅せられて過小評価してしまう場合が多いのだ。


 武器と言うものはそもそも当たらなければ意味がない。

 まずは当てる。


 この一点において短剣は他の武器よりも数段優れた性能を持っているのだ。


 しかし、このリンのように破壊力に魅せられてしまった者、小型武器の欠点である攻撃の軽さに絶望した者は、それをなかなか受け入れられない。

 現に今、ネアリがショートソードで完勝してみせてもなお、バスタードソードに固執しているのがその証拠である。


 もしネアリがリンの師匠であったなら『大馬鹿者』の一言で問題は解決するのだが、しかし実際は大事なお客様で、ここへは武器を買いに来ただけなのだ。決して年下の娘に説教を受けに来たのではない。


 なので、ネアリが出来るのはそれとなく適正に合った武器をおすすめするくらいが限界なのだ。それ以上は分不相応なお節介になる。

 だからと言ってこのまま、あきらかに使いこなせていない武器をお客様に売りつけてしまうのも武器屋としての矜持にかかわる。

 そういう場合はどうするのかと言うと――――、


「わかりました、ではリンさん。その武器の使い方を教えさせて頂けませんか?」


 お客様に使いこなせるようになってもらうしかないのである。


「教える? あなたが??」

「はい。……一応、勝負には勝ちましたし、約束をチャラにする代わりと言ってはなんですが……。リンさんにはしばらく当店での講座を受けて頂き、武器に見合った技量を付けてもらいます。その条件が飲めなければ……残念ですが、当店ではその武器をお売りすることは出来ません」


「………………」


 リンは思案する。

 ここ以外でも武器屋はたくさんあるのだ。

 無理をしてまでここで買う必要はない。

 しかし、リンの本当の目的は強くなること。

 その武器に見合った強さを手に入れなければ意味がないのだ。

 それを教えてくれると言うなら断る理由なんて無い。


「……わかったわ、その条件を飲みましょう」


 リンはネアリの話を受け入れた。





「あれれれれぇ~~~~~? そこにいるのは優等生のリン様じゃあないですかねぇ~~~~???」


 通りの方からかけられた下品な声に、ネアリとリンはそちらを見やる。

 と、そこには豪華なアイアンアーマーに身を包んで大剣を背中にぶら下げた大男が

 馬鹿にしたようなニヤケ顔で立っていた。


「ジーニア……」

 リンが苦々しい口調でその男の名を呼ぶ。


「いかにも、俺の名はジーニア。冒険者認定試験を主席で合格した期待の新星、Dランク冒険者のジーニア様だよ!! 

 本番で俺に叩きのめされ、かろうじてFランクに滑り込んだ優等生のリンよ、貴様はこんな安っぽい武器屋で一体何をしているのかね~~~~?」


 嫌味たらたらな言い草でリンを指差し、髪の毛を掻き上げる。

 側には魔術師っぽい格好をした女が寄り添っており、彼の腕を掴むと、


「ねぇ~~ジーニィ~~。なぁにその汗臭い女~~~~? もしかして元カノとかぁ~~~~?」


 と、これまた腹が立つ視線でこちらを見てきた。


「あっはっは、まさか、俺がこんな貧乏くさい女と付き合うわけが無いだろう? 訓練校時代のただの同期さ、認定試験で俺に無様に負かされた、ね」


 同じことをわざわざ二度も言う嫌味男にリンの奥歯がギリギリと鳴る。

 しかしジーニアの嫌味はまだまだ終わらなかった。


「おっと? なんだ、その手に持ったバスタードソードは? ……まさか、俺に負かされたのを武器のせいだと思って同じ物を買おうとしているんじゃないだろうな」


 そしてニヤニヤと肩を竦めるジーニア。


「はっはっは、止めておくんだな。所詮、女の非力じゃその武器は扱えんさ、よしんば扱えたとしても――――」


 ジーニアは背中の大剣を勢いよく引き抜いた。


「この俺のバスタードソードは、そんなちんけな店の安物とは比べ物にならないほどの業物だぜ?」


 ――――ピキッ。


 その言葉を聞いたネアリのこめかみに怒りマークが浮かび上がった。

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