第64話 一瞬の攻防

「カカッ!選手交代だ。こっからはオレが相手してやるよ」


黒崎レンがニタニタと笑い、リョウタを指さした。

そのまま親指だけを立て、自分の首の前で真横に切る挑発。


「レン、とか言ってたな。お前がレナを殺した、という理解でいいのか?」


リョウタは距離を保ちながら尋ねる。


あの日の光景が蘇ったからだ。間合いを一瞬で潰され、脳を揺らされた。レンに代わってから、スピードが桁違いに速くなったのだ。警戒度を上げるリョウタ。


「そうさ、殺(や)ったのはオレ。だが勘違いすんなよ?オレはアイの頼みを聞いて、手を貸しただけだからよー」


「そんなことはどうでもいい。1つだけ確認したい。アイの意識はあるのか?アイに今の状況は見えているのか?」


「カッカッカ。質問が2つになってんじゃねーか、オッサン。安心しろよ。キッチリとアイも見ている。特等席でなあ。それにしても、えらく警戒してんのな、オレのことを。そりゃあそーか、あん時のテメーは何もできなかったんだからよ。なんにもな」


「……。アイが見ているなら、それでいい。お前の言うとおりだよ。俺は何もできなかった…。絶望したよ。そして呪った。お前よりも自分の無力さを。…レナの仇を取る。ここでお前を殺してな」


そう言って、リョウタは懐(ふところ)からリボルバー型の拳銃を取り出し、レンに銃口を向けた。


レンもサバイバルナイフを鞘から抜く。


「いきなり飛び道具かよ。いいね、殺る気満々でよぉ」


レンの余裕の笑みは崩れない。


リョウタは何の躊躇もなく引き金を引いた。


パンッ!


引き金を引く前からレンは動いていた。

壁に着弾。


パンッ!パンッ!パンッ!


ガシャァッ!!


窓ガラスの割れる音が響き渡る。


三連射の銃弾もレンは全て回避し、ダンッ!と影を置き去りにする速さでリョウタに迫る!


パンッ!

ギャリイイィィン!!


至近距離の銃弾はナイフで弾かれた。


リョウタの喉元に白刃が迫る―――


パシッ!という音とともに、ナイフの軌道が横に逸らされた。リョウタの左回し受けによって。リョウタはそのまま右方向に跳び、再び距離を作った。


「やるじゃねーかッ!オレが一突きで殺せなかったのはテメーが初めてだッ!面白れぇよ!」


レンが興奮しながら話しかける。


「……」


が、リョウタは無言。


「さ、続けよーぜ。ああ、そろそろ弾切れだろ?待ってやっからよー。さっさと装填しろや」


そう、リボルバーであるため、装填数は6発。既に5発撃っている。


「いや、いい。拳銃でお前に勝てるなんて思ってないしな。トレーニングの合間に我流で練習してみたから、試してみたかっただけだ。拳銃が通用しないことは、あの夜によく分かっている」


そう言うと、リョウタは拳銃を後ろに放り捨てた。そして構えを取る。


「イメージトレーニングを重ねたのは、こちらの方だ」


「! ほほお~~…。ブラフじゃねー。だが気に入らねーわ。オレ相手に試す?寝言は死んでから言った方がいいぜ」


ダンッ!


(速い!!)


レンのナイフ一閃


ギリギリで頭を振って回避するが、首の皮一枚。

動脈に達しはしなかったが、掠った首部分から血が流れだす。


「おほッ!まぁた躱しやがった!!じゃあ、行くぜ!行くぜ!行くぜッ!」


レンのナイフ五月雨突きがリョウタを襲う。リョウタも受け技と回避で致命傷を避けるが、どうしてもナイフの傷跡がついていく。


空手 vs ナイフの達人


近接戦闘で最も有効な武器はナイフだと言われている。刺された部分が全て急所になってしまうからだ。リョウタと出会った駐車場で、カルラは鉄槌によりナイフを弾き飛ばした。しかしそれは、相手が素人だから出来た芸当だ。


レンにそんな隙は無い。だが1つだけ突破口がある。リョウタは―――


(ここだッ!!)


ブシュッッ!!


レンのナイフが突き刺さった。否、そうではない。リョウタ自らが突き刺さりに行ったのだ。左腕を犠牲にして。ナイフはリョウタの左上腕を容易く貫通していた。


「あ…?」


レンは呆けた声を出したが、それは左腕を犠牲にしたからではない。攻撃の途中でリョウタの行動は能力で読めていた。それよりも―――


(ナイフが…、抜けねえ!)


リョウタは左腕の筋肉を総動員し、貫通したナイフを締め上げていた。レンは引き抜こうとチカラを入れるが、全く動かない!


(! ヤベーッッ!!)


ナイフを放し、後ろに跳躍したレンのいた場所に、ゴオッ!!と上段回し蹴りが通過していった。一瞬でもレンの対応が遅れていれば、勝負はついていた。


「テメーッ!こんな戦法、考えてなかったじゃねーか!」


今度はレンが距離を取り、ヤジを飛ばした。


「想像以上のスピードだったからな。途中で軌道修正した。大層ナイフの扱いに自信を持っているようだが、自信を持ちすぎるのもどうかと思うぞ」


「あ!?」


リョウタは左腕に刺さっているナイフの取っ手を右手で握り、「ああッ!」という掛け声とともに引き抜く。そしてレンから一番遠い部屋の隅に投げ捨てた。その左腕からは大量の出血があるが―――


【自己治癒】を発動


出血が止まり、傷口がふさがっていく。そして言った。


「お前の攻撃は全て頸動脈狙いだ。狙われる場所が分かっていれば、防御は容易い。たとえ、どんなスピードでもな。単調な攻撃、それがお前の弱点だ!」


レンは唖然としている。


生まれ落ちて10年程度だが、こんなことを言う敵は初めてだった。いや、『敵』となり得る存在自体が初めてだった。双葉トオルやロジャー・ゴロフキンとも戦ったが、レンにとっては遊び感覚だった。


そして今、レンの美学が否定されている。


茫然自失としているレンに対し、リョウタは容赦しない。


「武器は失ったな。もう終わりだ。さあ、行くぞ」


「クカカカカッ!カッカッカッカッカッカッカッッ!!」


大声で笑いだすレン。愉快そうに両手を天に向けている。


「いやぁ~~~~…。初めてだぜ、こんなに殺したいと思ったことは!テメー、オレにナイフが無いとなんもできないボンクラだと思ってやがったのか、よッッ!!」


ズプッ!


空間を飛び越えるようなレンの貫き手が、リョウタの腹部に突き刺さった。

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