第63話 男子三日会わざれば

「カルラッ!!」


廃墟ビルの一室に入ったリョウタの最初の言葉。


彼の目にまず飛び込んできた光景は、手足をロープで縛り上げられて寝転がされているカルラだった。気落ちしながら彼女が返事をする。


「リョウタ…、ごめん」


(良かった…!カルラは無事だッ!)


最悪の場面も想像したリョウタは胸を撫でおろす。だが―――


「ようこそいらっしゃいました。リョウタさん」


鈴の鳴るような声。部屋の奥には微笑みを浮かべたアイの姿。


「アイッ…!!」


ドクンとリョウタの心臓が跳ね上がる。

形容し難い感情に飲まれそうになる。


アイとの間には色々とありすぎた。


因縁がありすぎた。


惜しげもない愛情を向けられた。

しかし、それに応えることはできなかった。

父であるヨシヒロの仇だった。

そして、ルナの生き写しであるレナを殺された。


憎しみだけではない。

だからこそ、苦しい。


そんなリョウタを見て、アイは満面の笑顔になった。


「安心しました。既にリョウタさんの頭の中に、カルラさんのことなど露(つゆ)ほども残っておりません。今のあなた様は、わたくしだけのもの。第三者が介入できる余地など無いのです」


それを聞いて、リョウタは目を瞑った。


自殺行為に近い。アイ、否、レンのスピードと強さは知っているのだから。だがリョウタは今この瞬間、アイが攻撃してこないことを確信していた。言葉にするとしたら、皮肉にも『信頼』が一番近い表現となる。


「こオオオオォォォォーーー……」


目を瞑りながら、息吹(いぶき)を使って呼吸を整えていく。深い腹式呼吸によって副交感神経を刺激し、感情をフラットな状態に戻していく。


ピタッ


台風が近づいてきている時のように荒れ狂っていた心が、波紋もない水面(みなも)へと収斂された。


ゆっくりとリョウタは目を開き、アイに語り掛ける。


「で?ここで決着をつけたいのか?アイ」


「……!」


アイの大きな瞳が見開かれた。


「リョウタさん、あなたという方は…。あれほどの激情を抑え込めるなんて、思ってもいませんでした。少しだけ寂しい気もいたしますが、本当に変わられましたね。やはり、わたくしの目に―――」


「ゴチャゴチャ五月蠅(うるさ)いな。さっさと始めようじゃないか」


リョウタの覚悟は、能力を使わずともアイに届いた。


「ええ、言葉はもう無粋ですね。始めましょう」


「ああ悪い。その前にちょっとだけ。…カルラ、少しだけ待っていてくれ。あと、コタローは?」


蚊帳の外になっていたカルラに目を向けるリョウタ。

慌ててカルラは答えた。


「え、あ、うん。コタローはそこにある段ボールに入れられてた。あのコも無事よ。でも気をつけて。アイツ、マジでヤバイから」


カルラから数メートルある位置に小さめの段ボールが置かれている。それを見てリョウタは頷く。


「待たせたな、アイ。…始めようか」


リョウタが構えを取った。


「男子三日会わざれば刮目して見よ」という諺(ことわざ)がある。


3日どころではない。約30日ぶりの再会。


そしてリョウタはその間、血反吐を吐き、肉体の破壊と再生を繰り返してきた。完全に別人のような体付きに変貌している。


肥大化した筋肉がワイシャツの上からでも見て取れる。

首・肩・胸・腹・太腿・脹脛、そして背中。

全ての細胞が強者のものへと入れ替わっていた。


そして体力も。


湖からここまで、1時間ひたすら駆け抜けたが、リョウタの息は上がっていない。


その身体が生み出すプレッシャーは、アイにとってロジャー・ゴロフキンと変わりないほどであった。


「来ないのか?じゃあ、行くぞ」


リョウタ突進。

能力を発動し、待ち受けるアイ。


ボッ!


リョウタの初撃は左掌底突きだった。


当然、アイはその攻撃を知っていた。

左に躱しながら肘を撃ち込んでくる。


ガシッ!


リョウタ 右腕の回し受けでガード。そして―――


ドゴオッ!!


「くっ!!」


左正拳突きを両腕で何とかブロックしたアイだったが、体ごと数メートルも吹き飛ばされた。


ザザァと着地するアイ。ガードした腕にはリョウタの拳の跡がクッキリと残された。


(なんという一撃なのでしょう…!わたくしの装甲が薄いのは承知の上でしたが、ガードしてもダメージを与えられてしまいますね。しかも、リョウタさんの防御と攻撃の継ぎ目が殆ど無いため、全て避けるのは現実的ではありません。…『わたくしでは』)


リョウタはゆっくりとアイに向かっていく。


(こんな程度か、アイ。違うだろう?)


その心の声に反応するアイ。


「はい、もちろんです。ですが、『わたくし』では役不足なようですね。それが名残惜しくて…。リョウタさんは本気で相手をしてくださっています。『わたくしたち』も全身全霊でお返ししないと失礼というもの。…それでは一旦失礼いたします」


(ここからだ…!)


レナの最期を思い出し、リョウタは渇(かつ)を入れる。


あの時は何もできなかった。絶対に失いたくないモノを奪われてしまった。


(これ以上は奪わせない。そのためなら、俺はアイを殺す!)


覚悟は決まった。


アイが再び目を開けた時、微笑みは消え去り、レンの禍々しい笑みが広がっていた。

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