第46話 サードミッション④2回戦

カルラと同じく、一条の試合もあっという間に決着した。一条の表情から、何らかの感情を読み取ることはできない。


(落ち着け。同じブロックだが、次の試合相手になるとは限らない。まずは目先の試合に集中しろ!)


リョウタは動揺を抑え込もうとする。

そこに鈴木からの発言があった。


「全てのブロックで1回戦が終了しました。ブロックは各自そのままですが、2回戦の対戦相手もランダムで決定いたします。試合終了直後のサバイバーもおりますので、15分間の休憩をはさんで2回戦を開始いたします」


その言葉にリョウタは思考する。


(残った対戦相手は7人。次の試合で一条と当たる確率は1/7か)


カルラの方を見ると、彼女はクックと薄い笑みを浮かべていた。野生動物が狩りを行うような瞳で。


「…カルラ?どうした?」


リョウタの疑問に答えることなく、カルラはガルシアを睨みつけている。


「願いは通じるものね…。アイツと同じブロックだなんて」


「ガルシアとか?そういえば以前からガルシアを敵視しているように見えたけど、何かあるのか?」


「ごめん、リョウタ。今はゆっくり話している時間が無い。集中したいしね。このミッションが終わったら話すから」


そう言ってカルラは念入りにストレッチしだした。


カルラから深い覚悟を感じる。リョウタにはそれ以上聞くことはできなかった。


ランキングトップ10のサバイバーのうち、初戦敗退したのは2人。


如月クレアと矢野ヒデトシだ。


2人とも対戦相手が派閥内のサバイバーであり、限定勝利条件を使ってリタイアしていた。



15分後 2回戦開始


Aブロックの2試合目にリョウタのタブレットが鳴った。


【Aブロック:ナンバー8 vs ナンバー99】


「お、ワイかいな。ほな行って来るわ、ガルシアさん」


「ああ」


過激派の集団からシャオ・ウイリーがリングに向かって行く。


(ナンバー8のシャオと、か!)


相手は一桁台のサバイバー。ナンバーだけで言えば、文字通り格が違う。リョウタの緊張が高まる。


そんなリョウタの肩にポンと手が置かれた。


「さっきの相手とは違う、てのは分かっているわね。多分だけど、トップ10の人間は全員が何らかの能力を持っている。糸目の能力は分からないけど、大事なのは観察と思考と行動よ。注意深く、でも大胆に行きなさい」


「…優しい師匠だな。ありがとう、カルラ。行って来る!」


リョウタの言葉にカルラはプイッと横を向いてしまった。


リングに向かい、金網の入口を通り抜ける。

シャオは既にリングで待ち構えていた。


「よろしゅうなっ!最下位さん」


「……」


「なんや、無視かいな。感じ悪いのお」


リョウタは観察する。


(…身体の線は細い。鍛えてはいないな。フィジカル面、体力や筋力では俺が有利に見えるが。格闘技経験者かはまだ分からない。だがやはり気になるのは能力…。こいつはファーストミッションで2位だったが、それと関係しているのか?)


その時、開始のブザーが鳴った。


初戦のように思い切りよくリョウタは踏み出せない。シャオの未知の能力が、嫌でも行動を慎重にしていた。2メートルの距離を保ち、出方を窺うがシャオは構えすら取っていない。


【4:03】


「…なんや、来(こ)おへんのかい。だったら、こっちから行ったるわ」


セリフとともにシャオが飛び出す。


シュッ


同時に右ストレートが繰り出された。


ドカッ


リョウタは左腕でガードした。


(こんな程度か…?だったら行けるッ!)


カルラの正拳突きとは比べ物にならないほど弱い威力。そして今の一合で分かったことがある。シャオに格闘技経験はない!


シャオの顔面を狙ったリョウタの右正拳突き。


ドシュッ!


空気を切り裂き拳が迫るが、シャオが躱した。

拳から15センチの距離で。


「おーこわ!あんた、ホンマに最下位?」


シャオの糸目の奥が笑っている。


「くッ!」


リョウタの左正拳逆突き。次は胴体の鳩尾狙い。


シャオは身体を回転し避ける。拳からの距離10センチ。


(的がデカい胴体でも避けられた!?いや、今はとにかく撃てッ!)


一撃、二撃、三撃


繰り出され続けるリョウタの拳をシャオは躱していく。しかも拳との距離を徐々に狭めながら。


「そろそろ『合う』でぇ~」


(合う?)


四撃目を打った刹那、ガコッ!という音とともにリョウタの左側頭部が揺らされた。


(な、なにが起こった!?)


グワンとリョウタの視界が揺れている。脳へのダメージによって。それでも足を踏ん張ってダウンを拒否した。


「へ?倒れへんの!?タフ~~~!」


シャオが感嘆の声をあげるが、リョウタはダメージ以上に混乱していた。何をされたのか、まだ分かっていない。


「リョウタッ!カウンターよ!左の正拳に右のクロスカウンターを合わされたの」


(…!)


カルラの助言により、状況を理解したリョウタはシャオを睨みつける。シャオの瞳は赤く染まっていた。


「随分と目がいいんだな。それがお前の能力か?」


このリョウタの発言の目的は時間稼ぎだった。まだ視界が歪んでいる。カウンターの威力がこれほどとは思わなかった。シャオにパワーがあれば、間違いなく先ほどの一撃で勝負はついていた。


「どうやろなー。律儀に答える必要ないわぁ」


「…まあな」


事実、シャオの能力は【異常視力】だった。遠くのモノへの視力は9.0。また、動体視力も尋常では無い。大リーガーの一流選手を遥かに上回る性能だ。


【3:13】


(無闇に突っ込めば、カウンターの餌食か。くそっ。でも俺の武器は正拳と飛び膝蹴りだけ。飛び膝が当たるとは思えない。小さく、コンパクトな突きだ!)


トッ!


左脚で踏み込み、体重を乗せたリョウタの右正拳順突き。力を抜き、予備動作を最小に抑えた突きだ。


同時にシャオも踏み出し、顔を右に振ってギリギリで躱す。そして―――


ズギャッ!!


シャオの手刀がリョウタの喉に食い込んだ。


「カ…ハ…」


気道に打撃を撃ち込まれ、呼吸困難がリョウタを襲う。喉が痙攣して酸素を取り込めない。


「ほな、さいなら~」


勝利を確信したシャオ。


だが次の瞬間、シャオの細い目が見開かれた。


「ぐ、オオオォ!!」


咆哮とともにリョウタの左正拳突きが顔面向かって放たれたからだ。


「嘘やろッ!?」


後ろに跳んで躱そうとするシャオ。間一髪で間に合う!


ビタッ!


だが、途中で止められた左拳。


フェイント。


ダンッ!


全体重を乗せた右正拳追い突きが本命。


ドグッッ!!


「うぐッ!?」


(失敗した―――)


全身全霊の一撃は、シャオの急所を貫くことができなかった。鳩尾から外れ、右胸に刺し込まれたのだ。


「ヒュッ、ヒュー…」


リョウタはまだ、うまく呼吸ができない。チアノーゼにより顔色が紫色に変わっていく。だが勝負を捨ててはいない。その眼光は鋭いままだった。


(もう一度だ…!)


カウンターは覚悟の上。相打ちでも構わない。リョウタの一撃とシャオのカウンターだと、どちらの威力が上かは微妙なところ。だが、耐久力ならリョウタが上だ。


シャオは右胸を押さえながらリョウタを見ていたが、やがてこう言った。


「負けや。負け負け。あんたの勝ち」


「はあ?」


「せやからワイの負けやって言ってんねん。つっても、あんたが認めな決着にならへん。どうする?負けを認めるか、続けるか、や」


困惑したが、リョウタにとっては願っても無い提案。ダメージは遥かにリョウタの方が上なのだから。


「あ、ああ。認めるよ」


そして決着のファンファーレが響いた。


【2:33】


【勝者:ナンバー99】


大番狂わせの決着に観客が騒ぎ出す。


リングを出ていこうとするシャオにリョウタは聞いた。


「何故だ?何故、負けを認めた?」


勝利はしたが、リョウタは納得できていなかった。


振り向きもせず、シャオが答える。


「割に合わんからや。あのまま続けても勝ったのはワイやろうな。でも確実にまたダメージをもらうことになる。このミッションはリタイアしてもデメリットは無い。そんなら棄権した方が得や。そんだけ」


そうしてシャオは出て行ってしまった。


側頭部と喉の痛みに耐えながらリョウタもリングを出る。


「…フゥ」


ようやくリョウタは深呼吸をすることができたのだった。

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