第44話 サードミッション②初戦

タワービル内は喧騒に包まれた。


「試合!?しかも戦闘不能だとッ?」


「制限時間が、たったの5分…?」


「ハッハー!面白れえじゃねえかよ!!」


今までのミッションとは毛色が違いすぎる。ファーストミッションが工場からの脱出、セカンドミッションが旧市街地までのチームでの行軍。しかしサードミッションはバトルだ。


「鈴木よう、今からここでデスマッチ開始か?」


静かだが、よく通る声。

ガルシアだった。ニヤリと笑みを浮かべている。


鈴木が返答した。


「いえ違います、ナンバー2。これから会場にご案内するので、皆さんもついてきてください」


それだけ言うと彼は歩き出した。


恐怖と疑問を飲み込み、サバイバー48人が後を追う。


鈴木は横幅が広く作られた階段を下りて行った。電灯はあるが薄暗い。まるで奈落の底に向かっているような感覚になる。そのまま地下3階に辿り着いた。


鈴木の生体認証で鉄製の重厚なドアが開いていく。


そのフロアは広大で、明るかった。


金網で覆われたリングが目に飛び込んでくる。それも3つも。それぞれのリングの床には『Aブロック』、『Bブロック』、『Cブロック』と文字が描かれていた。


「ここがミッション会場です。皆さんはあちらのリングでミッションを遂行していただきます。試合形式で1対1の闘いです。対戦相手はセカンドミッションに続き、ランダムで決定させていただきます。ただし人数を3分割し、ブロックはA・B・Cの3つ。各ブロックのトーナメント方式となります。当然ながら、上位3名はそれぞれのブロックの優勝者です」


鈴木の説明に対し、リョウタは計算した。


(48人を3分割すると、1つのブロックに16人。優勝するためには4回試合して勝つ必要があるのか…)


その時、誰かの質問が入った。


「制限時間が5分ってなっているけど、け、決着がつかなければ、どうなる?」


「愚問と言わざるを得ませんね、ナンバー61。分かり切っていることでしょうに。その場合はミッション失敗。ご退場いただきます」


(やはりか…。5分以内に決着しないと、2人とも死ぬ…!なんとしても勝たないと)


不思議とリョウタに恐怖感は無かった。


「はっはァ!馬鹿な質問してんなぁ!『戦闘不能』って書いてあるんだぜ?どちらかが死ぬまで殺(や)り合えってことだろうがッ!まあ俺様はブチ殺すだけの立場だがなぁ」


ロジャーの発言に青ざめるサバイバーも多い。

何人も殺害してきた者の発言は重いものだった。


「ナンバー5、それは違います」


「ああッ?」


鈴木が笑みを浮かべたまま、説明した。


「戦闘不能の定義は『これ以上の試合継続が不可能となった』場合です。具体的には失神、骨折や内臓の損傷などの重度のダメージが該当します。現場にいる我々と、ドローン映像を介して本部の人間がジャッジします。あ、首輪によるバイタルもチェックしているので、嘘は通用しませんよ?」


「なんだよ。デスマッチじゃあねぇのか」


ロジャーは不服そうだ。


「最後になりますが、サードミッションには『限定勝利条件』があります。それは対戦相手が負けを認めた時です。しかし、それで決着となるには勝者の合意が必要となります。つまり両者の合意があった時に初めて勝利が確定する、ということです」


「ぬるいルールだぜ!…おい、確認だがよお、殺しても当然問題ないんだろうな?」


「ええ、ナンバー5。問題ありません」


「ハッ!それならいい。細かなルールなんて糞食らえだぜ」


ロジャーの発言に穏健派内で動揺が広がった。リーダーである矢野がそうであるように、派閥内に武闘派が少ないからだ。


逸脱行為として『武器の使用禁止』があるので、レアアイテム保有者の銃火器による即殺は免れる。だが、もう一つの逸脱行為に『助太刀の禁止』がある。どうしても個人の力で乗り越えなければならない局面があるミッションだ。


「さて、それでは正式にサードミッションを開始いたします。ブロックと対戦相手を試合するサバイバーのタブレットに送信いたします。指名されたサバイバーはリングに向かってください」


その言葉に場の緊張は最高潮に達し、空気が張り詰めた。


次の瞬間、リョウタのタブレットからピロンと音が鳴り、画面が展開された。


【Aブロック:ナンバー59 vs ナンバー99】


(まさかの一番手かよ)


「早いか遅いかだけよ。いつかは試合するんだし。…リョウタ、死んだら許さないから」


カルラなりのエールだった。


「ああ、行って来る。カルラも絶対に死ぬなよ」


「誰に言ってんの」


リョウタはAブロックのリングに歩み始めた。


リングの上部には吊り下げられたモニターが4つあり、【ナンバー59 vs ナンバー99】と画面に映っている。その上半分は例によって時間の表示で、【5:00】となっている。対戦中はタブレットを見ることができないことに対する措置だ。


リングは円形で直径8メートルほど。

金網に囲まれているため、逃げることはできない。


リョウタは覚悟を決めてリングに入った。

途端に対戦相手から声を掛けられる。


「まさか、城戸さんが相手になるとは思わなかったっすよ」


初戦の対戦相手は穏健派の飯田だった。


セカンドミッションの同行者であり、ジムのインストラクター。

一目で筋肉の盛り上がりが分かる。


「ああ、俺もだ」


返事をしながらも、リョウタは飯田を観察し続けた。


(…筋肉は俺よりも多い。当然か。だが、マシントレーニングでつけた不自然な筋肉だ。パワー勝負では不利、持久戦になって押し込まれても厄介だ。最短最速で勝負する!)


相手の戦力把握から戦略を決めたリョウタ。


一方の飯田は「勝てる」と思い込んでいた。セカンドミッション時のへばっていたリョウタの記憶があるからだ。それが余裕と油断を生んでいる。


飯田だけではない。ここにいる全てのサバイバーがリョウタの変貌を、まだ知らない。


3つのリングのモニターから同時に「ビーーーー!」というブザーが鳴り響く。

同時にスタートするカウントダウン。試合開始の合図。


リョウタは飯田に向かって無造作に歩き出した。


飯田は少しだけ驚いたが、迎撃しようとパンチを繰り出す。


(…遅いな)


カルラの完成された正拳突きを喰らい、何度も間近で見たリョウタの感想だった。


トッ


リョウタの左足が地面を蹴り、跳躍する。


ガキィッッ!!


右足の飛び膝蹴りが飯田の顎を砕く。


あの駐車場でカルラが見せた技だ。


鮮烈すぎるその記憶をリョウタは何度も脳内で再生し、カルラの見ていないところで何度もトレースしていた。


「ぐほッッ!?」


飯田は仰向けで大の字に倒れた。ダウンだ。


周りからは「オオッ!?」という歓声が聞こえてくる。


「う、グッ!」


ダメージは深い。口から血を流し、歯が何本か欠け、身体も小刻みに震えている。だが、飯田は立ち上がろうとしている。


(まだカルラみたいにはいかないか…)


一撃で倒せなかったことを残念に思いながら、リョウタは倒れている飯田の顔面の上で構えをとった。


それを見た飯田の全身に悪寒が走る!


「ま、待っへ」


「フッ!」


ドッ!グチャアッ!!


体重をかけた正拳突きが撃ち落とされ、飯田の鼻から口一帯が陥没した。彼の意識は、もうない。


血に染まった拳を引き上げるリョウタ。


頭上のモニターからファンファーレが響く。


画面にはこう書かれていた。


【4:36】


【勝者:ナンバー99】

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