第27話 セカンドミッション⑦能力者

カルラは動けない。


右足の真下に地雷が埋まっている。でも、何故?目印は無いのに。何故、地雷が―――。


その時だ。水野が笑い始めたのは。


「はっはは!あ~あ、見事に引っかかったね!ダメじゃないか、ここは地雷原だよ?注意深く進まないと」


全てに気付いたカルラが射殺すような眼で睨みつける。


「アンタッ…!ワザとね!」


「僕だって森では君に殺されかけたんだ。ははっ、正当防衛ってヤツじゃないか」


「死ね!このクソエロジジイ!」


普段はクールなカルラが叫んだ。


「死ぬのは君だよぉ~。美人だから勿体ない気もするけど」


そう言うと、水野は立ち上がった。


【00:27:25】


「さてと、時間も少ないし。僕はもう失礼するよ」


捨て台詞とともに、無造作に大股で歩き始めた。


「!?」


すぐに地雷の餌食となると思われた水野だが、爆発は起こらない。一条を追い越し、あっという間に20メートルは進んでいく。


(地雷の位置が、分かっている―――?)


リョウタには説明のつかないことが起こっている。その時だった。


ドンッ!!


地雷の爆発音ではない。

銃声だった。


見れば、一条が黒いオートマチックの拳銃を構えていた。


「ぐあああぁぁ!!」


水野の絶叫が木霊する。


弾丸は水野の左肩に命中していた。血が滲む肩を押さえながら、水野は苦悶の声をあげ続けた。そこに一条の声。


「…急所は外してある。死にはしない。そこから一歩も動くな。動けば撃つ。分かったら、ゆっくりとこちらを向け」


ブラフではない。一条は冗談を言わない。


(何が一体どうなってるんだよ!!)


リョウタには成り行きを見守ることしかできない。


脂汗を浮かべながら水野はゆっくりと振り返った。一条と視線が交差する。一条は拳銃を向けたまま静かにこう言った。


「…お前、能力者だな?」


(…能力者?)


そう思った次の瞬間、思わずリョウタは叫んでいた。


「あっ!!」


水野の目が見えたからだ。その瞳の色は赤。忘れもしない。ファーストミッションの時の矢野や後藤と同じだった。


一条は続ける。


「変だとは思っていた。お前の地雷探知は雑すぎる。それにも関わらず、俺と同じスピードで確実に回避していたのがな。その瞳で言い訳はできない。さあ、答えろ」


苦悶の表情のまま、水野は回答した。


「そ、そうだ。君の言うところの『能力者』、になると思う…」


「地雷を探知している能力はなんだ?3秒間だけ待つ。3、2…」


「ま、待ってくれ!!言う、言うから!ぼ、僕は【超音波】を出すことができるんだ!それで、地中の地雷の位置が分かる」


「…なるほどな」


リョウタはある人物が話していたことを思い出していた。


『普通の人間であれば、ですが』


鈴木のあのセリフをようやく理解し始めていた。


(超音波を出せる、だと…?普通の人間、じゃない。赤い瞳…。能力者…。…特殊な能力を持つ人間がいる!!一条もそれを分かっているッ!)


リョウタはついに解答へと辿り着いた。


水野が一条の拳銃を見ながら言う。


「それが、君の『レアアイテム』ってことか…。質問には答えたんだ。じゅ、銃を降ろしてくれないか?」


「ダメだ」


即答する一条。水野の頭に狙いを定めたままだ。


「これ以上何を話せばいいんだよ!?僕の特殊能力は分かっただろっ!?」


泣きそうな声だ。一条は静かな声で命じた。


「お前には残りの地雷の位置を教えてもらう。拒否権は無い。従わなければ撃つ」


「!!」


「…まずは俺のところまで戻ってこい。妙な動きをしても撃つ」


一条は本気だ。この土壇場の局面であろうが、普段であろうが、彼は冗談を絶対に言わない。その気迫に促され、水野は一条の元に戻って行った。一条から1メートルの位置で立ち止まる。地雷原突破まで残り100メートル。


「…そこから地雷の場所を指でさせ。しっかりと、正確にな」


「わ、分かったよ。だから、撃たないでくれよっ…」


水野はかばっていた左肩から右手を離す。そして5メートルほど前方の地面を指さした。


「…そこだよ」


ドンッ!


ドオオォン!!


「ひいィッッ!?」


何の事前予告も無く、一条は発砲した。弾丸が地雷に命中し、爆発したのだ。地雷の爆発の射程距離外だったため、水野に怪我は無かった。


水野が叫ぶ。


「おい、ちょっと!!撃つなら言ってくれよっ!」


その抗議を一条は無視した。


「…次だ。前を歩け。地雷があるなら指をさせ。全て除去する」



発砲音と爆発音が交互に繰り返された。一条は水野を前に歩かせ、進んで行く。実はこの『地雷原で前を歩かせる』行為は、戦争でよく使われた手法だ。捕虜などを前に歩かせて、カナリヤ役としたのだ。


その頃には生き残っている者は一条の後ろへと集まっていた。ナンバー59の飯田、ナンバー88の中年女性、そしてリョウタだ。


そしてついに地雷原というデスゾーンを突破した。


【00:16:35】


「やったっす!!信じられないっすよ!あそこから生きて出られるなんて!」


飯田が喝采をあげている。


既に地面はアスファルトで舗装された道路だ。

ゴールまでたったの500メートル。


水野が笑みを浮かべて一条に言った。


「どうだい?突破できただろう?そろそろ銃を降ろしてくれないかな。ナンバー1くんとは、これからも仲良くしたいからさぁ」


「…ああ」


ドンッ!


「え…?」


水野の額に穴が空いている。


彼はゆっくりと倒れていった。


静寂が辺りを包み込んだ。


「なんで?なんで撃ったんですか!?」


静寂の帳(とばり)を切り裂いたのは、リョウタの声だった。


「…危険だと判断したからだ。能力もあるが、ヤツの性質がな。お前も見ただろう?ヤツがしたことを」


その言葉にリョウタはハッとし、後ろを振り返った。


カルラが。カルラだけが地雷原に取り残されている。地雷を踏んだまま、一歩も動けずにいる。水野のことは頭から吹っ飛び、リョウタは一条に言った。


「一条さん!月宮さんがまだ残っているッ!助けに行きましょう!!」


必死なリョウタに一条は告げる。


「…諦めろ。地雷を踏んでしまったなら、片足は犠牲にしないといけない。どうするかは彼女の判断だ。…時間は残り少ない。俺はゴールへ向かう」


その非情な答えにリョウタの血が沸き立った。拳銃のことなど頭にない。


「あんた!それでも刑事かッ!!ふざけるな!!」


しばらく一条はリョウタを見つめていたが、やがて答えた。


「…『元』刑事だ。今はもう違う」


それだけ言うと、一条は歩き始めた。市街地へ、ゴールに向かって。


複雑そうな顔をしながらも、飯田とナンバー88も一条の後を追いかけていく。


時刻は18時前。


夕暮れに染まる景色の中でリョウタは立ちすくんだ。

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