第28話 セカンドミッション⑧恩返し
一条たちの背中姿をリョウタは見つめた。
どんどんと小さくなっていく、その姿を。
もう一条の助けは期待できない。
残り時間15分。
ゴールまで500メートル。
このまま進めば、セカンドミッションをクリアできる。
生き残ることが、できる。
リョウタに守るべきものは無い。
両親が死んで、心の支えだった妹のルナまで死んだ。全てを失いホームレスとなり、そこからは虚無の人生を過ごしてきた。
そんなリョウタだが、自殺を試みたことは一度もない。単純に死ぬのが怖かったのもあるが、「自分が死んだら、ルナのことを覚えている人は誰もいなくなる」という強い思いがあったからだ。
「死にたくない」と「死ねない」という思い。
リョウタの根底にある気持ちだ。
だから、ここはカルラを見捨ててゴールに向かうのが正解だろう。普通、そうする。一条たちがそうしたように。だが一条たちのことを責めることはできない。自分の命が賭かっているのだから。
リョウタは夕暮れに染まる美しい空を見上げた。
(父さんならどうする?はは、決まっているよな)
今は亡き、父親の言葉を思い出す。
『誰かを守れる男になれ』
その言葉は指針だった。
リョウタの人生における指針だ。
迷ったときの地図になるモノ。
心に深く刻まれたコンパス。
死にたくなんてない。生きたい。生きて平和な場所に帰りたい。でも、それと同じくらいに強い気持ちが湧き起こってくる。ましてや相手は、あの時リョウタを救ってくれた―――。
リョウタは歩み始める。
「…スゥーーハァァーーーーー」
カルラは深く深く、大きく息をした。
(あたしの跳躍力でも、地雷の爆発からは逃れられないか…。最悪、右足を犠牲にするしか…。リュックには包帯も入っているし、すぐに止血してゴールに向かえば。ううん、迷っている時間は、もうない!)
覚悟を決め、足に力を入れたときだった。
「…嘘でしょ」
カルラにリョウタが戻ってくる姿が見えた。
「やあ、月宮さん」
それがリョウタの第一声だった。
この状況に相応しくない穏やかな語り掛けだった。
「アンタ、本っ当のバカでしょ。なんでゴールに向かってないのよッ!ハァ…。…何しに来たの?」
「分からないの?なら教えてあげる」
かつてカルラがリョウタに言ったセリフだった。
そして続ける。
「君を助けに来た」
「…なんで?」
「言っただろ。『君には死んでほしくない』ってさ」
「………」
黙ってしまったカルラにリョウタが聞いてみる。
「月宮さんも、水野みたいな…能力?を持っているの?」
「……持ってる」
「その能力で、地雷から脱出ってできないのか?」
「…無理ね。あたしの能力はそういうモノじゃないから」
「そっか。なら一か八か試してみるしかないな」
「何を?」
リョウタは黙ってリュックを地面に置くと、中に入っているモノを取り出し始めた。テント、寝袋、懐中電灯、弁当箱、ペットボトル、エトセトラ。そうしてリュックの中身を全て地面に置いた。
続けて砂を両手で掬い取り、空になったリュックに入れていく。大容量のリュックに砂が貯まっていき、やがてパンパンになるまで砂を入れ終えた。
そのリュックをカラダの前面に掛けなおす。リョウタの首から股関節あたりまでがリュックで見えなくなる。お世辞にもカッコイイとは言えない。
「おっと…!砂ってこんなに重いんだな」
痩せ型で体力のないリョウタは少しグラついた。
「?ねえ、さっきから何してるの?」
「あれ、まだ分からない?まあいいか。それより月宮さんって何メートルくらいジャンプできる?」
リョウタは質問を質問で返してきた。
たまらずカルラが聞く。
「ねぇ!答えてッ!何をするつもりなの!?」
「盾だよ」
「盾…?」
「月宮さんはこれから全力で俺の後ろにジャンプして。俺が盾になるから。地雷の前で」
「!!」
リョウタはカルラの、地雷の目の前にしゃがみこんだ。
「俺の頭の上をジャンプするんだ。全力でね。月宮さんが飛び越えた瞬間に俺が立ち上がって爆発を防ぐ。タイミングを重ねないといけない。一瞬の勝負だ」
「アンタ、自分が何を言っているのか分かっているの!?」
「いや、だから俺が盾に―――」
「そうじゃなくて!そんなことしたら、アンタの方が危ないじゃない!」
カルラがリョウタを睨みつける。敵意とは全く違った感情で。
「…分かってる。もちろん俺も死にたくはない。でも、やりたいんだ。君に救われた恩を返すのは、今じゃないかって思うんだよ…」
「そん―――、あぁ!もう!」
タブレットのカウントダウンを見て、カルラは言葉を紡ぐのをやめた。
【00:09:23】
カルラが大きく深呼吸して、言った。
「…オッサン、名前なんだっけ?」
「忘れたの!?城戸だよ!」
「違う。下の名前」
「リョウタだけど…」
「リョウタ…。リョウタ、ね。分かった」
カルラはリュックを肩から外して、両手で持ち上げた。上半身のバネを使い、前方に放り投げる。放物線を描いてリュックが飛んでいく。なんと、5メートルも飛んで着地した。
「…リョウタもタブレットだけは、あたしの荷物の近くに置いておいた方がいいよ。アレが壊れたらシャレにならないでしょ?」
(!! あの、月宮さんが俺を名前で呼ぶなんて…!なんだろう、オオカミにでも懐かれたような気分だ!)
言葉にすると、またカルラが大変なことになりそうだ。喜びを噛みしめながら、リョウタは自分のタブレットをカルラの荷物の近くに放り投げた。
「なにニヤニヤしてんの?大博打の前なのに…。まぁいいわ」
カルラが足に力を込める。リョウタも爆発の衝撃に備えた。
「行くわよ」
トッ
重力を感じさせない跳躍。
刹那、爆発。
ドオオォォン!!
瞬間、立ち上がるリョウタ。
「ぐッッ!!」
爆風と飛び散る破片がリョウタを襲った―――。
すぐにカルラが駆け寄った。
「大丈夫!?リョウタ!!」
「ああ、なんとか生きて―――痛ッ!」
右足に激痛がある。太腿に地雷の破片が突き刺さっていた。直径10センチほどの尖った破片が肉を貫いている。しかも2つも。そこから血が溢れ落ちている。
(足は防御できなかったからな…)
リョウタは歩こうとしたが、右足にうまく力が入らない。
その時、突然左の視力が無くなった。
「あれ…?」
「…リョウタ。顔にも!」
足の怪我に気を取られて気付かなかったが、リョウタは顔も負傷していた。地雷の破片が左眉の上あたりを切り裂いていた。血が滴りリョウタの左目を塞いだのだった。
「治療しないとっ!」
カルラが包帯を取り出そうとするのを、リョウタは止めた。
「ダメだ!そんな時間はもうない。このままゴールに向かわないと、2人とも死ぬ!」
【00:04:30】
距離は残り600メートル。
徒歩だと厳しい。右足は使い物になりそうにないが、文字通り死ぬ気で走るしかない。
「月宮さん!タブレットだけ持って走るんだ!」
先ほどの爆発により、リョウタのリュックは穴だらけになり、焼け焦げている。もう二度と使うことは無いだろう。リョウタはリュックを放り捨てた。
2人は走り始める。
カルラを見ても負傷は見当たらない。リョウタは怪我をしてしまったが、カルラを守ることはできた。
残り300メートル地点でリョウタに限界が訪れた。右足の感覚が全くない。血を流しすぎて、意識を保つのがやっとだ。
「つかまって!あと少しだから!」
リョウタの右側からカルラが肩を貸してくる。カルラに引っ張られるようにして、リョウタは最後の力を振り絞った。
そして、ゴールである市街地の入口の数メートル前で、リョウタは意識を失った。
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