第20話 鈴木の正体

ヘリから降りた鈴木がこちらに向かって来る。


髪型はオールバック。服装は濃紺のスーツと茶色の革靴。

そして背筋を伸ばした歩き方。

何一つ変わっていない。


辺りはどよめきに包まれた。


「おい、死んでないじゃないか」


「ナンバー1の間違いだったってことか?」


「じゃあ、死んだのは誰なんだよ?」


一条は躊躇せずに鈴木の前に立ちはだかった。

この島に来て彼が主体的かつ積極的に動いたのは、初めてのことだった。


「一体どういうことだ?」


一条の切れ長の目が鋭さを増している。


「どういう意味でしょうか」


「誤魔化すな。お前は死んだはずだ」


「ええ、そうですね。死んだとも言えますし、死んでないとも言えます」


まるで謎かけだ。正体不明の禍々しく、気持ちの悪い謎かけ。


鈴木は愉快そうにしていたが、やがて口を開いた。


「昨晩、皆さんはプレハブ小屋に行かれましたよね。そこで惨殺された死体を発見したはずです。ナンバー1、その死体をどうしてわたくしだと思ったのですか?顔面は破壊しつくされ、識別は困難だったと思いますが」


「鈴木ハジメには特徴があった。左耳の下に大きなホクロがな。それで断定した」


「なるほど。名を馳せた刑事だったことはありますね。お見事です。ですが、わたくしに対しては観察が足りていません。あなたともあろう者が動揺されていらっしゃるのですか?論より証拠です。よくご覧ください」


そう言って鈴木は顔を右に傾けた。


「!」


左耳の下の大きなホクロ が目に飛び込んでくる。


「…お前は、誰なんだ?」


「鈴木ですよ。しかし、名前は『ツグル』ですが」


疑問、困惑、混乱の一同。


誰よりも早く正解に辿り着いたのは、やはり一条だった。


「…クローンか」


「ご明察です」


リョウタは唖然とした。うまく回らない頭で思考を試みる。


(クローン?鈴木が?そんな…。クローンの人間なんて実在するのか?)


当たり前だが、人間のクローンを造ることは国際的に禁止されている。

SF小説の登場人物が現れたかのように現実感が無い。


鈴木ツグルと名乗った人物は話し始めた。


「昨晩『ハジメ』が殺されてしまいましたので、わたくし『ツグル』がプログラムを引き継ぐことになりました。そういった意味では、はじめましてになりますね。ああ、引継ぎに関してはご心配なく。皆さんのことは本部で衛星やドローン映像を介して見ておりましたので」


「人間のクローン化など、許されると思っているのかね。重大な国際法違反ではないか」


矢野が口をはさむ。あの温厚な矢野の顔が怒りで染まっている。


「そうですね。ですからご内密にお願いします。プログラムを完遂して、この楽園から出られればの話になりますが」


鈴木は笑顔でしれっとそう言った。


「君は…。君は、どう思っているんだね。自分のことを」


矢野の表情は変わっていた。何かを堪(こら)えるような表情に。


「プログラムに関係のない個人的なことを話す気はありませんでしたが…。まぁ手短にならいいでしょう。わたくし、いや我々は『スズキシリーズ』というクローンのプロトタイプです。『鈴木』という名にあまり意味はありません。開発者から取った名前です。ちなみにですが、同シリーズはわたくしも含めて100体おります」


(100体!!)


驚きが場を支配する。


「あ、『ハジメ』が死んでしまいましたので、今は99体ですね。全てが救済プログラムの代理人であり執行者です。我々は28年前に造られました。全員同じ場所で育ち、同じ教育を受け、同じ思想を持っております。さて、ナンバー9の質問にお答えしましょう。自分のことでしたよね?…特段どうも思っておりません」


「ッ―――」


矢野が絶句する。リョウタも他のサバイバーたちも。


「我々は性格も思考も全て同一となる設計思想のもとで造られております。『ハジメ』とはわたくしであり、他の98名のことでもあります。例えるならば、そうですね。ゲームで操作しているキャラクターが死んだとしても、セーブポイントから気にせずリスタートするでしょう?あれと同じです」


(狂っている…)


悪寒がリョウタを包み込む。


微笑みながら死んでいったルナが脳裏に浮かぶ。そしてこの島で死んでいった人たちのことも。死とは、生とは、そんなに軽いものじゃない。死んだら全てが終わる。鈴木の考え方が異常なのだ。


矢野は押し黙っている。憐れな者を見る表情に変わっていた。


「1つ聞きたい。誰が『お前』を殺(や)ったんだ?」


発言者はガルシア・ゴロフキン。

当然の疑問だった。


「まだ分かっておりません。皆さんと同じく、我々執行者にもドローンによる監視が行われております。当然ながら、昨晩の『ハジメ』も監視されておりました。午前3:46、ドローンが何者かにより破壊されました。映像はそこで途切れ、ハジメの安否が不明になります。緊急事態だと判断した我々は、皆さんに【緊急事態発生】の注意喚起を呼びかけました。同3:56、皆さんが小屋に到着。その後のことはご存知の通りです。」


そこで一息つく。

サバイバーたちは記憶を辿りながら話を聞いている。


「妙だな。何故犯人が分からない?監視しているのだろう、俺たち一人一人を」


全員がその言葉にハッとする。


「アリバイがあるからです。皆さん全員に。事件発生前、ドローンにより全員の所在の確認が取れております。小屋に行かれた方はおりませんでした。まるでミステリー小説じゃあありませんか!全くの想定外です」


鈴木が興奮気味に話を続ける。


「しかもです。映像が途切れて皆さんが現場に到着するまで、わずか10分足らずしかありませんでした。その間に犯人は『ハジメ』を殺害し、執拗に頭部を破壊し尽くしました。眼球を抜き去り、凶器を何処かに捨てて」


「あのぉ、わたしたちじゃなくて、外部の人の犯行って考えられませんか?そんな短時間でそれだけのことをして、テントに戻っているなんて不可能だと思うのですが…」


40代の気が弱そうな女性が質問した。だが即座に鈴木は否定する。


「あり得ませんね。この島の監視機能は完璧です。海からも空からも、レーダーには何も反応がありませんでした。侵入者よりも、幽霊が殺した方がまだ信じられます。ですがナンバー88のおっしゃる通り、皆さんに犯行は不可能なハズなのです。アリバイと時間が証明してくれています。……ただし例外があります」


鈴木は意味深な笑みを浮かべた。


「普通の人間であれば、ですが」


(…どういう意味だ?)


リョウタには言っている意味が分からない。

周りを見回す。目に映るサバイバーたちの様子を見て驚いた。


疑問に感じている様子が無いのだ。

一条も、ガルシアも、カルラも、アイも、矢野も、後藤も。

恐怖で震えていたあのヤヨイですら。


「実は犯人の目星はついております。ただし証拠が一切ありません。不確定な情報で皆さんを混乱させ、ミッションに悪影響を与える方がデメリットでしかないので、犯人捜しはこれで終了にしましょう。ルールだと『運営への危害』に抵触しますが、特例で適用除外といたします」


こうして猟奇殺人は未解決のまま捜査終了となってしまった。

リョウタに大きな疑問と謎を残したまま。


そして鈴木ツグルは宣言した。


「9時を大幅に超えてしまいましたが、これよりセカンドミッションを開催いたします!」

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