第15話 ルナとレナ

「…ルナ?」


無意識だった。

リョウタは名前を呼んでいた。

あまりにも妹に似すぎていたからだ。


3年前にルナは息を引き取った。微笑みを浮かべたまま。

享年20歳。早すぎる死だった。

その時のリョウタの喪失感は言葉では表せない。

そんなかけがえのない存在が、今、目の前に。


彼女は目をパチクリさせていた。


柔和な顔立ち。特別美人というわけではないが、優し気な表情だ。

黒髪をポニーテールにしている。

紺色のオフショルダーのトップスとクリーム色のホットパンツ。


「ルナだよな?違うのか?」


今度はハッキリと聞いてみた。


「え~と、ルナじゃなくて、あたしはレナって名前なんですけど…」


リョウタの真剣な迫力に彼女は若干引きながら答える。


(別人…。そりゃあそうだよな。ルナの最期を看取ったのは俺じゃないか)


そう思いながらも明らかに気落ちするリョウタ。


目まぐるしく変わるその表情を見て、彼女は恐る恐る尋ねた。


「あのぉ、あたし何かやっちゃいました?あ、ぶつかったこと以外で、ですけど」


「いや、違うんだ。君があまりにも知り合いに似ていて。つい…」


「ああ、なるほどですね!そーゆうことですか。ありがちな顔してますからねぇ、あたしは。で、どなたと似ているんですかね?」


「妹だよ」


「すっごい身内でしたねー。あたしもお兄ちゃんが欲しかったなぁ!両親にも何度も言ったんですけどね。『お兄ちゃんが欲しい』って。叶うわけがないですよねー。あたし、生まれているんだから!」


明るくて気さくな性格だ。

表情をコロコロ変えながら、笑って話している。


(天真爛漫っぽいのも、ルナにそっくりだな。でも同じ声で『お兄ちゃん』は辛いものがある…)


リョウタのそんな気も知らず、彼女は聞いてきた。


「それで、その妹さんはどちらに?まさかっ、この島に来ているとか!?」


キョロキョロと辺りを見回す彼女。リョウタは言った。


「妹は…、ルナは死んだんだ。3年前に」


彼女の表情が凍り付いた。


「…それは失礼しました。不快な気持ちになりましたよね?あたし、こんな性格だから、悪気はないんですけど…」


ズーンと擬音語が聞こえてきそうなほど、彼女は落ち込んだ。


(…分かりやすくて、良い子だな)


リョウタは微笑みを浮かべて言った。


「そんなに落ち込まれたら、俺も困っちゃうな。気にしないで。本当にルナが、妹が戻ってきたみたいで嬉しかったんだからさ」


その言葉に彼女の表情が戻ってくる。


「良かったぁー。内心、冷や汗ダラダラでしたよー。あ、ついでに脇汗もダラダラですけど」


リョウタは笑った。ここ数年、いやルナが死んでから初めて笑った。彼女も笑っている。先ほどまであった緊張感と恐怖感が溶けていく。しばらく笑ってからリョウタが切り出す。


「俺は城戸リョウタ。よろしくね。君は?」


「中川レナです!よろしくですっ」


彼女の首輪のナンバーが目に入った。


「ナンバーは96なんだ」


「そうです。でも城戸さん99じゃないですかー。まさかの最下位っ」


リョウタは苦笑いする。


「そうなんだよ…。えっと、いきなりで失礼なんだけど、年いくつ?」


「え?23ですけど?」


「はー、参ったな。年までルナと同じじゃないか。妹が生きていたら、だけど」


「偶然って恐ろしいですねー。そういう城戸さんはお幾つなんですか?」


「30歳。この前、女の子にオッサンって呼ばれたよ…」


「それはそれは、ご愁傷様です。う~ん、まだオジサンには見えないですけど」


「ありがとう。中川さんがそう言ってくれて救われたよ」


「とんでもないですよー。あ、あたしのこと名前で呼んでくれません?『中川』って、なんかフツーで嫌なんですよね」


(なんか、こんなやりとり、ついさっきしたな…)


「ん、じゃあレナ、でいい?」


「OKです!」


「俺のことも好きに呼んでくれていいから」


「そうですか?ん~…、どしようかな。あ、じゃあリョウ兄さんでいいですか?さっき言いましたけど、お兄ちゃんが欲しかったんで」


「いいよ、それで」


「わー、ここに来て初めて友達ができました」


笑い合う2人だが、リョウタは気付いていない。


他人に対しては基本的に敬語で話すのに、レナに対しては最初からフランクな口調だったことに。


黒崎アイに対しては恥ずかしさでしどろもどろだったのに、レナに対してはそんなことが無かったことに。


「そういえば、テント組もうとしてなかった?」


「そうなんですけど、全然できないんですよー。15分くらいやってるんですけど。不良品じゃないですかね?コレ」


「貸してみて」


取扱説明書を見ながら、リョウタは3分で組み立て終わった。誰でも簡単に組み立てられる代物だった。何故できないのかがよく分からない。


「わぁ、リョウ兄さん、すごいですねー!」


喜んでいるレナの顔を見てリョウタは思う。


(ルナとそっくりだと思っていたけど、全然違うな。ルナはしっかり者だったけど、レナはポンコツだ)



そんな2人を見つめる人影がある。黒崎アイだ。


「……」


その顔にいつもの微笑みはなかった。

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