第12話 覚悟を決める

音楽が鳴ると塀の曲がり角から鈴木ハジメが姿を現し、こちらに向かってきた。背筋を伸ばした綺麗な歩き方だ。オールバックに濃紺のスーツと茶色の革靴。『仕事がデキる男』を具現化したような人間だ。


完璧な姿の鈴木とは対照的なサバイバーたち。

疲労が顔に滲み、ヨレヨレの服を着ている者も目立つ。

社会適合者と不適合者(=アウトロー)の縮図のような光景だった。


鈴木は一同の前で止まると、笑顔で話し始めた。


「みなさん、ファーストミッションクリアおめでとうございます。正直、こんなに人数が残るとは思っておりませんでした。77名のみなさんに賞賛を。また、次のミッションのご活躍をお祈りしております」


「おいお前さ、聞いてねーぞこんなの」


発言した男に視線が集まる。


リョウタもその男を見た。頬に走る傷跡が特徴的な男だ。相手を威圧する顔をしている。40歳前後でダブルのスーツ姿。その首輪には57のナンバー。


醸し出す剣呑な雰囲気をリョウタはよく知っていた。借金取りと同じ匂いがする。


(こいつ、ヤクザだ)


リョウタは確信した。


「聞いてない、とは?」


鈴木は笑顔のままだ。ヤクザに睨まれても恐怖心は無いらしい。友好的な笑みをしているが、あんな出来事の後ではその笑顔もどこか嘘くさい。


「ふざけるなよ、お前。何が救済のプログラムだよ。こんな死ぬかもしれないことになるんだったら、俺は参加してなかったぜ。もういい。俺は抜けるからよ。さっさと帰してくれ」


「それはできませんね」


鈴木は一蹴し、ついにヤクザが怒鳴った。


「いい加減にしろよ!殺されてぇのか!!」


「お忘れですか?ナンバー57。誓約書を思い出してください。主たる内容は『自分の意志でプログラムに参加する』、『プログラムが完遂できなくても、その責任は参加者個人に帰属する』、『プログラムは途中で棄権することはできない』の3点です。あなたはあなたの意志で参加しましたが、途中で棄権することは認められておりません。捕捉になりますが、22名の脱落者も自己責任ということになります」


「言っただろうが!命を賭けるなんて聞いてねーってよ!」


「それをわたくしに言われても困りますね。このプログラムやミッションは政府が考案したものですから。わたくしは代理人であり執行者にすぎません。まぁプログラムの内容については一切公表されてないので、知らないのも無理はありませんが」


(複雑な気分になるが、俺もヤクザと同じ気持ちだ。これじゃ詐欺じゃないか!国がこんなデスゲームを認めているというのか!?)


リョウタは心の中で叫ぶ。


一方で鈴木は憐れな者を見るような目つきでこう述べた。


「ナンバー57、あなたはチャンスを掴みに来たのでしょう?今目の前にあるチャンスを掴まず、フイにしてきたから、どうしようもない人生になってしまったのを分かってらっしゃらないようですね」


その発言にヤクザはキレた。

鈴木に向かって歩き始めたところで、第三者が制止した。


「やめといた方がいいと思いますよー」


発言者の姿を見たリョウタは驚いた。

制止の言葉をかけたのは、中学生くらいの少年だったからだ。

服が白で統一されている美少年だった。


「あ?ガキはすっこんでろ!」


「『ガキ』じゃありません。双葉トオルですー。一応オジサンよりも高いナンバーなんですけどねー」


少年とは思えない胆力を持っている。

美少年は首輪を見せた。刻まれたナンバーは6。


2度目の驚愕だ。


(あんな子どもが6位だって!?)


「くだらねー。何の意味がある、こんな茶番に!みんなもウンザリしてんだろ!?だったら俺が終わらせてやるよ!」


そう叫ぶとヤクザは鈴木に向かっていく。


ヤクザが鈴木を殺そうとしているのは、誰が見ても明らかだ。だがそれを止めようとする者はもういない。もしかしたら、解放される可能性もあるのだ。


「忠告はしましたからねー」


双葉トオルはそう言ったが、ヤクザは完全に無視した。


ヤクザの左手が鈴木の肩を掴む。鈴木は微動だにしない。

右拳を振り上げ、顔面にパンチを叩き込もうとした瞬間だった。


バシュッ!


ファーストミッションでリョウタが一度聞いた音が鳴り響いた。

ヤクザの顔が胴体を離れ、落下していく。その目は驚愕で見開かれていた。


ヤクザの体は鈴木を掴んで立ち続けたままだ。

その首からは夥しい血液が間欠泉のように空中に噴出している。


鈴木は頭から爪先まで血まみれになっているが、顔色一つ変えていない。


ヤクザの体が地面に倒れる。


(ミッション中以外でも、いつでも俺たちを殺すことができるってことか…!)


リョウタは眩暈を覚えた。

このデスゲームからは降りられそうにない思いが強まる。


数瞬の静寂の後、悲鳴が鳴り響いた。


「死んだ!?いや、殺されたのか?」


「首が爆発したわよ!まさか、この首輪に爆弾が…」


「もう嫌だ!!死にたくないっ!!」


リョウタはハッとした。


(そうか!首輪の爆弾のことは知らない人の方が多かったんだ。しかし分からないことがある。どうやって爆弾を起動させた?鈴木は一切動いていなかったのに)


鈴木が抑揚のない声で喋る。血まみれの姿で。


「みなさん、落ち着いてください。今のでお気づきになったと思いますが、首輪には通信機のほかに小型の爆弾が搭載されています。ですが先ほどの起爆は例外中の例外とお考え下さい。ナンバー57はわたくしに危害を加えようとしました。わたくしはこの救済プロジェクトの執行者、まぁ現場監督のような立場です。サッカーで例えるならば、審判の役割です。選手が審判を殴ろうとしたら、レッドカードになるのは当然でしょう?」


狼狽えていた一人の男が尋ねた。


「じゃ、じゃあ、アンタに危害を加えなければ、ば、爆発することはないんだな!?」


「その通りです。公平を期するために申しますと、爆発する条件は3つです。1、ミッションにおいて逸脱行為をした場合。2、わたくしを含む運営サイドに危害を加えようとした場合。3、この島から脱出しようとした場合。爆発から免れようとしても無駄であることも申しておきます。皆さんは常に監視されておりますので」


「監視だとぉ?」


ロジャー・ゴロフキンが唸るような声をあげた。

そのスキンヘッドには怒りの感情は見えるが、恐怖心が出ていないのは流石だ。


「ええ、ナンバー5。1つはここの上空からです」


そう言いながら、鈴木は人差し指を上にあげた。


「偵察用衛星です。それも複数の。もう1つはアレです」


今度は右斜め上に人差し指を向ける。

その方向を見ると50メートルほど先に黒い物体が浮かんでいた。


「ドローンです。最新のカメラと集音マイクを搭載しております。ドローンはサバイバー1名ずつ1機です。衛星とドローンの画像は本部にて24時間体制でチェックされております。それもリアルタイムで」


(ヤクザは本部の遠隔起爆で殺されたってことか。ファーストミッションの爆発もそうだ。全然気づかなかったが、どこかからドローンが監視していたんだ。くそっ!デスゲームを回避する方法が思い浮かばない!やるしかないのか!)


リョウタの苦悩に鈴木の言葉がトドメを差す。


「前にも申し上げましたが、首輪を破壊したり、発信装置や爆弾を取り除くのは諦めた方がよろしいかと。ドローンも同様です。そういう行為も『島からの脱出』と見做し、起爆します」


リョウタは覚悟した。いや、無理矢理覚悟せざるを得ない状況に追い込まれたと言うべきか。


(生き残るためには…、ミッションをクリアするしかない…!)

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