第11話 黒崎アイ
リョウタは風景を見てみることにした。
鈴木の言葉では、ここは広大な人工島らしい。太陽や星座から位置を特定するようなサバイバル術をリョウタは持っていない。だが現状の把握という観点からは必要な行為であろう。
工場があった場所は瓦礫の山と化しているが、鎮火していっているようだ。工場の向こう側には高さ500~800メートルほどの山がいくつかあった。工場跡地はその麓に位置している。跡地からは道路が舗装されており、道路の両側は何もない平原だ。平原は地平線まで続いている。
(ここがどこで、島がどうなっているのかは分からないな)
溜息をついたリョウタに声がかけられた。
「城戸さん」
リョウタが振り返ると、黒崎アイがすぐ側に立っていた。
アイは涙ぐみながら深々と頭を下げた。
「先ほどは本当にありがとうございました。城戸さんがいなければ、今頃わたくしは…」
頭を上げたアイの大きな瞳から涙が零れ落ちる。
リョウタは慌てて言った。
「や、そんな大したことはしてないよ。俺よりも後藤君にお礼を言った方がいいんじゃないかな。彼が君を運んでくれたんだからさ」
「そうですね。後藤様には後で御礼を申し上げようと思います。ですが私が生き残れたのは、城戸さんのおかげに他なりません。…お伺いしたいことがあります。あの場面、あの状況でどうしてわたくしを助けてくれたのでしょうか?恩人の方にこんなことを聞くのも心苦しいのですが…」
アイはハンカチで涙を拭った。その黒い瞳にはどこか圧がある。そのプレッシャーにリョウタは押されながら答えた。
「どうしてって…」
言葉に詰まる。リョウタ自身、あの行動をうまく説明できないのだ。
「…正直自分でもよく分からない。君が目の前にいて、このままじゃ危ないと思った。でも俺自身もギリギリで…。ダメだ。なんか言葉にできないな。気付いたら君のリュックを持ち上げていたんだ。高尚な理由なんてないよ。答えに失望したかな?」
アイはリョウタをじっと見つめたままだ。
一瞬だけその瞳が赤くなったことに、照れくさくて下を向いたリョウタは気付かない。
「いいえ。失望するわけがございません。それどころか、凄くあなた様に惹かれております」
「えっ?」
思いもしない言葉にリョウタは驚いた。
(今、なんて言った?)
困惑しているリョウタに、アイは微笑みながら言う。
「お慕いしているということです。1つお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
リョウタの心拍数が急激に上がる。唾を飲み込んだ。
「な、なにかな?」
「お名前で呼んでもよろしいでしょうか。わたくしのこともアイと呼んで頂きたいのです。…お願いが2つになってしまいましたね。ふふっ」
白いワンピース、艶やかな黒髪に大きな瞳。
その微笑む姿はまるで絵画から抜け出してきたようだ。
「な、名前で…?ああ、そんなことなら全然構わないけど…」
「ありがとうございます、リョウタさん。では、わたくしのことも呼んで頂いてよろしいですか」
凄く恥ずかしくなりながらもリョウタは口に出した。
「…アイさん」
「さん付けは不要でございます。『アイ』とお呼びください。リョウタさんは年長者ですので、お気になさらず」
「……アイ。こ、これでいいかな?」
アイは満面の笑みを浮かべた。その頬には赤みが差している。
「はい、今後ともそうお呼び頂けたら幸いでございます」
ニッコリとした顔でアイはそう言った。
照れくさくてしょうがないリョウタ。
リョウタに女性の免疫が無いわけじゃない。大学の時に女性と交際したこともある。もっとも大学中退とともに別れてしまったが。
だがリョウタの人生で、異性からここまで真っすぐの好意を向けられたことは無かった。しかも相手はテレビに出ているような容姿をした美女だ。以前、広間で自己紹介した時にアイは20歳と言っていた。リョウタより10歳も年下だが、その年齢はアイの魅力を際立たせるだけだ。
しばし見つめあい、立ち尽くす2人。
その時、例のクラシック音楽が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます