第10話 疑問点

リョウタは5分ほど地面に寝転がっていた。

正確には疲労で動くことができなかった。


こんなに体を酷使したのは初めてだ。

どんな筋肉痛になるのか想像もつかない。


精神的な疲労も凄まじい。

目の前で人が惨殺されたのだ。

なによりも、自分が死ぬかもしれないという恐怖。


肉体的にも精神的にも限界を迎えていた。

それほどまでに濃密な10分間だった。


喉の渇きに耐えかね、リョウタは身を起こすとリュックを置き、中を開いた。


多種多様なモノで溢れている。一番大きいモノは組み立て式のテントだ。次いで寝袋。小型の懐中電灯。タオルが数枚あり、下着類に替えの服。服はリョウタが着ている黒いスーツと全く同じものだった。歯ブラシなどの生活雑貨、絆創膏や包帯などの簡易的な医療品もある。弁当箱が2つあり、ようやく目的のモノが見つかった。


2リットルの水のペットボトルだ。2本入っている。

1本取り出し、キャップを開けると猛烈な勢いで喉に流し込んだ。


(ああ、美味い!生き返る…)


ボトルの1/3もの水を飲み、ようやく落ち着いた。

周りを見回してみる。誰も彼も疲れた姿だった。


そんな中で篠崎ヤヨイだけは元気そうに後藤ダイゴに話しかけている。


「やー本っ当にありがとうね!後藤っちが抱えてくれなかったら、ウチ、マジで死んでたよー。感謝、感謝!」


そう言いながら手を合わせている。


「や、その、気にしないでよ…」


後藤は赤くなりながら手を振っている。

相当シャイな性格らしい。ゴリラのような見た目なのに。


その顔を見つめるリョウタ。


(今はもう瞳が赤くなってない。アレは何だったんだ?)


ヤヨイは後藤の反応を気にすることなく、ペラペラと喋っている。


「いやー、流石はナンバー10ってカンジ?ウチなんて44だよ?ゾロ目だからいーけどさぁ」


何気ないヤヨイの一言がリョウタに突き刺さった。


(44位だって!?)


リョウタはヤヨイの首輪の数字を確認する。

すると、確かに44という数字が刻まれていた。


(俺よりも50位以上も上じゃないか!確かに俺は体力も運動神経も低い。でもそれは、一般男性と比較したときだ。女子高生のあの子よりは高いはず。実際にさっきのミッションでは、あの子は後藤のおかげでクリアしていた。矢野さんの助けがあったとはいえ、俺は自力で脱出できた。ランキングとしてはあまりにチグハグだ)


目線を移すと黒崎アイの姿があった。


(黒崎さんがナンバー4というのも高すぎる気がする。ベルトコンベヤーの罠では、俺が手伝って何とか突破していた…。俺がいなければ、あそこで死んでいた可能性もある)


ランキングについて、鈴木ハジメが言っていたことを思い出す。


『この順位は単純な強さや腕力で決定したものではありません。皆さんに受けていただいた身体検査・体力測定・筆記試験から総合的に順位付けしました。そこに個々人の特殊性を加味して最終決定しております。このプログラムのクリア条件は生き残ること。言い換えれば『サバイバー』としてのランキングになるのです』


リョウタの思考は続く。


(つまり、『生き残るチカラ』において黒崎さんと女子高生は俺より上、ということになる。だけどソレはなんだ?身体面では俺の方が上のはずなのに…。精神面?いや違うな。鈴木が言っていたじゃないか。『個々人の特殊性を加味して最終決定しております』と)


今度は視線を矢野に向けた。


(ミッション中は余裕が無かったけど、矢野さんにもおかしな点がある。まるで『脱出経路を知っている』かのように迷いが無く、先頭を走っていた。一手間違えれば死んでいたあの局面で、だ。何よりも後藤と同じ赤い瞳…。『特殊性』と言われれば、こんなに特殊なモノも珍しくないか?)


リョウタの中の疑問点が形を成してくる。

だが答えは出ない。直接聞くべきかどうかもまだ判断できなかった。


(ダメだ。一旦保留にするしかないな。矢野さんは信用できそうだが、まだ信頼できるほどの関係にはなっていない。『救済』だなんて言っていたけど、このプログラムの本質はデスゲームだ。誰を仲間にするかは慎重に考えた方がいい)


長い時間考え込んでいたようだ。

リョウタの疲労はだいぶ回復してきていた。

タブレットを拾い上げて起動させる。


合格者は77名。ファーストミッションで22名が死んだことになる。

鈴木は『ミッションが複数ある』と言っていた。


(何人生き残れるんだ?いや、俺は生き残れるのか?)


生き残った喜びも束の間。次のミッションへの不安で潰れそうになる。

頭を振るとリョウタは立ち上がり、改めて生き残った人々を見回した。


老若男女。年齢も見た目もバラバラで統一性の無い人々。

リョウタはザッと首輪のナンバーを確認すると、あることに気付いた。


(ランキングが高いほど生き残っている!?)


ナンバーの数字が少ない、言い換えれば高ランキングのサバイバーほど生還率が高いことになる。数を減らしている、つまり死んだのは70番台以降のサバイバーたちが多い。


(ということは、あのランキングは正しいのか?でもさっきの矛盾をどう説明すればいい?)


リョウタが思案していると、「ガハハハッ!」と太く大きな笑い声が聞こえてくる。そちらに目を向けると、ゴロフキン兄弟がいた。笑っているのは弟のロジャー。兄のガルシアは聞こえない声で何かを話している。


(…対照的な兄弟だ。そういえば、さっきのミッションで兄の方は3位だったな)


兄弟の向こうには月宮カルラがいた。シルバーの髪がなびいている。

無表情だが、視線は兄のガルシアに固定されている。

グリーンの瞳には絶対零度のような冷たさが滲んでいる。


(やっぱり生きていたか。それにしても、前にもガルシアを見てなかったか?)


リョウタはじっとカルラの端正な顔を見つめた。

カルラはすぐに視線に気付く。

数秒視線が交差したが、フイッと顔を背けられた。


「なぁ、名前教えてぇな。ええやろ?ナンバーも1つ違いやし」


聞き覚えがある関西弁が聞こえてきた。

鈴木に質問していた糸目の男だ。

その男が話しかけているのは、グラマラスな美女だった。


「女性に声をかける時はぁ、まず自分から名乗るべきじゃぁない?それに、わたしの方がナンバーは上よぉ」


美女は妖艶な声でそう答える。


年齢はリョウタに近いだろうが、その分成熟された色気を惜しげもなく出している。格好はイブニングドレスで胸元が開いている煽情的なデザインで、大きな谷間が強調されている。髪は薄茶色でウェーブが掛かっており、腰までの長さ。


「ははっ、ええなぁ、お姉さん。ワイの名前はシャオや。シャオ・ウイリー。次はお姉さんの番やで」


「あら?あなた日本人じゃないのぉ?」


「れっきとした在日中国人やね。さ、お姉さんは?」


「わたしは如月クレア。よろしくねぇ、ナンバー8くん」


リョウタは溜息をついた。


(こんなところでナンパかよ。ほとんどホストとキャバクラ嬢だな。でもどちらも一桁台だ。クレアって女は7位、シャオってヤツは8位。まて、ナンバー8と言えばミッション2位じゃないか!)


リョウタはあの男を探す。

人々と距離を置いて佇む姿を見つけた。


(ランキングナンバー1でミッション順位も1位!一条マコト…!)


リョウタのナンバーは99。


最下位と1位。


2人の距離は離れていたが、リョウタには実際以上に途方もない距離があるのを感じた。


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