第8話 ファーストミッション②父親の言葉

残り時間6分30秒。

このままここにいたら、間違いなく死ぬ!


既に部屋からは半数ほどが扉の外に出ていた。

時折聞こえてくる断末魔の悲鳴が心を摩耗させる。


リョウタの決断は『なるべく多くの人が通った扉を選ぶ』というものだった。理由は『先人が多い方が罠を回避できる確率が上がる』と考えたからだ。


(…重要なのは慌てないことだ)


おそらく、同じような赤外線のトラップがこの先仕掛けられているだろう。

確実に回避しなければならない。


扉を出た先は広いが雑然とした通路だった。

目を凝らしながらゆっくりと歩いていく。


足元に赤外線センサーを見つけた。

そしてその先に自動車に押しつぶされた誰かの死体も。

天井に自動車を括り付けておき、センサーでトラップが発動したに違いない。

念のため、センサーに触れないように跨いで通過する。


死者を弔う時間も余裕もありはしない。

リョウタは慎重に通路の角を曲がった。


その先に新たな通路が見える。

罠が無いかを確認して通路に入る。


タブレットを再度確認する。

【04:49】

残り時間は半分を切った。


(長い直線の狭い通路だ。気を付けて進まないといけないが、残り時間を考えるとスピードをあげないとマズいな)


リョウタの前に2人のサバイバーがいた。

1人は知らない太った中年男だが、もう1人は見覚えがある。


「黒崎さん!」


黒崎アイはこちらを振り返った。


「城戸さん、ご無事でしたか」


アイは笑顔でリョウタに近づいてくる。

その姿に中年男は面白くない顔をする。

アイのことを狙っていたのだろう。


「うん、黒崎さんも無事でよかった」


その言葉にアイの笑顔が深くなる。


中年男は忌々しそうにこう告げた。


「ちょっと、今は時間がないよ。無駄な時間を浪費させずにさっさと進もうじゃないか」


言っていることは正論だ。

3人は通路の奥に進むことにした。


歩きながらも、どこか違和感がある。


(おかしいな。前に進んでない?)


歩いていても前に進んでいる感覚が無い。

リョウタは試しに歩くスピードを遅くしてみた。

すると景色が後方へと流れていく。違和感の正体に気付いて怒鳴る。


「この床、ベルトコンベヤーになっている!急がないと後ろに押し戻されるぞ!」


そう叫ぶとリョウタは駆け出した。

走れば、後ろに押し戻されるより前に進む距離の方が長い。


工場で見た罠は即死級のものばかりだった。

体力が尽きて後方に流された場合、その結末は想像に難くない。


黒崎アイも必死に両足を前に踏み出している。

しかしベルトコンベヤーの速度に比べると、ほとんど前に進んでいない。

彼女の身長は160センチ程度しかなく、体の線も細い。

20キロ以上の荷物を抱えながらでは、この難局を突破するのは難しそうだ。


(どうする?)


リョウタ1人ならこの場を突破できるだろう。

ただアイを助けるなら、安全の保障はない。


その時、中年男が悲痛な声をあげた。

リョウタとアイのかなり後方で汗をまき散らしながら懸命に走っているが、ドタドタと音が大きいだけで、後方に流されている。もうスタミナは限界に近そうだ。


「ハアハア。す、すぐ後ろに落とし穴があって落ちそうなんだ。落とし穴には木材チップの、は、破砕機が回転している。フー!フー!このままじゃミンチになってしまう!君、助けてくれないか!?」


助けてあげたい気持ちはあるが、こちらも自分が助かるか、アイを助けるかどうかの瀬戸際なのだ。リョウタは後方に向かって叫んだ。


「すみません!こっちもギリギリでして。なんとか踏ん張ってください!」


中年男は絶望的な表情になる。落とし穴まで約50センチ。

彼は賭けに出た。リュックサックを外して放り投げたのだ。

身軽になり、一気に3メートルほど前に進んでいく。


「ははっ!もっと早くこうすれば良かった!これなら助かるぞ」


それが最後のセリフとなった。

彼のタブレットに【逸脱行為を確認】の文字が浮かび上がる。

次の瞬間、首輪からバシュッ!という音がした。


リョウタが見たのは、首輪の爆発により彼の首が落下する光景だった。


(…!!首輪にも爆弾が!?)


鈴木ハジメのセリフが思い出される。

『ミッションから逸脱するような行為に対しては脱落となります』

『リュックサックは必ず持っていくようにしてください』


タブレットにも書かれてあった。

【逸脱行為:荷物の破棄】


中年男の首と胴体はそのまま落とし穴に落ちていった。

ガリガリガリガリ!耳を塞ぎたくなる不快な音が響き渡る。

破砕機が彼の体を粉砕したのだ。


黒崎アイには悪いが、助けようとしてああなる未来は御免だ。

リョウタが駆け出そうとした瞬間、父親の言葉がフラッシュバックした。


『誰かを守れる男になれ』


体が勝手に動く。目の前にあるアイのリュックサックを両手で持ち上げる。


「城戸さん!?」


「今から全力で走る!君のリュックはできるだけ抱えるようにするから、黒崎さんも全力で走って。行くよ!!」


脱兎のごとく全力疾走する。

アイのリュックの重みで加速度的に疲労度が増していく。

残りの体力なんて考えない。ただがむしゃらに走る。


なんとかベルトコンベヤーの通路を突破した。

ゼェゼェと肩で息をする。心臓の鼓動が凄い。腕も痺れている。

倒れこんでしまいたいが、残り時間が少ない。


【02:36】


「黒崎さん、歩ける?」


「申し訳、ありません。すぐ、には、ちょっと」


アイは大きく息を乱しながら、大量の汗を流している。


(くそっ!ここまで来て)


アイの荷物を代わりに持ってやりたいが、ルールを逸脱すれば死のペナルティーだ。そもそもリョウタの両腕に力が入るか怪しい。


その時、誰かから声をかけられた。


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