第6話 楽園のルール
開口一番、鈴木ハジメは言った。
「楽園にようこそ!」
こんな上機嫌な彼は初めて見た。
騒然としていた辺りが静まり返る。
「ここはどこなんですか?それに『楽園』とはどういうことでしょうか?」
静寂を破ったのは矢野ヒデトシの質問だった。
反射的にリョウタは矢野に目を向ける。
嫌がおうにも目を引くのは首輪だ。
矢野の首輪には『9』の数字が刻まれていた。
「良い質問ですね、ナンバー9。昨夜皆さんにお伝えしたように、ここは昨日の施設ではありません。数百キロほど移動した、とある島です。と言いましても、政府が開発した人工島で地図には載っておらず、その存在は秘匿されています。ですので、具体的な位置関係を教えるわけにはいきません」
ざわざわとした喧騒が戻ってくる。
「楽園とはそのままの意味ですよ。皆さんにはこの島で救済プログラムを受けていただきます。そしてプログラムを完遂すれば、皆さんを縛り付けていたものからの解放をお約束します。救済が約束されているのですよ?楽園じゃあありませんか!」
「ちょっとええかな?」
一歩踏み出した男が発言した。
センター分けにした糸目の男だ。ニヤリと笑っている。
「どうぞ、ナンバー8」
「なんや『開放する』言うとったけど、具体的に何から開放してくれるん?」
「もうお分かりじゃないのですか?まあいいでしょう。ここに集まっている方々は、まさに社会的弱者と違反者たちです。弱者とは借金漬けになり、首が回らなくなった者たち。違反者とは法律を侵した犯罪者たちです。弱者に対しては借金の帳消しを、違反者に対しては罪の帳消しを『救済』と呼んでいます。プログラムをクリアされた方々には、今後の人生を金銭面で面倒もみます。この島に名前はありませんが、我々が『楽園』と呼称しているのはそういう理由です。お分かりになりましたか?」
関西弁のナンバー8と呼ばれた男は笑みを深くした。
「おおきに。よう分かったわ」
「質問してもよろしいでしょうか?」
鈴の鳴るような声が響く。
驚いたことに黒崎アイが手を上げていた。
「なんなりと、ナンバー4」
「そもそもですが、プログラムとは何をするのでしょうか?」
(核心的な質問だ…!)
リョウタの手に力が入る。
「具体的にはお答えできません」
一同に「?」の疑問符が浮かんだ。
「今言えるのは、プログラムのミッションが複数あること。そしてクリア条件は『生き残る』こととだけ申しておきましょう。また、ミッションから逸脱するような行為に対しては脱落となります。以上です」
完全に質問を打ち切る言い方だ。
プログラムやミッション内容について、これ以上教えてもらうことはできないだろう。
「…かしこまりました」
リョウタはアイの方を見た。アイは何やら思案している。
やがて考えがまとまった顔になると、薄く笑った。
一瞬だったがリョウタはアイの別人のような顔を確かに見た。
「おい、この首輪はどうゆうコトだ!?数字が彫られてるみてえだが」
地の底から響くような声にリョウタは身震いする。
発言者はロジャー・ゴロフキン。凶悪な犯罪者だ。
「ナンバー5ですか。首輪には発信装置が埋め込まれてます。ああ、忠告しておきますけど首輪を破壊したり、装置を取り出す行為は推奨しません。非常にデリケートでしてね。さて、この楽園は広大です。皆さんにはプログラムが終わるまで数ヶ月はここで生活していただきます。どこで暮らそうと自由ですが、参加者の位置を把握するために首輪を付けさせていただきました」
「数ヶ月だって!?食料や水はどうすればいいんだ?」
誰かが我慢できずに叫ぶ。
「ご安心を。そのための発信装置なのです。1日に1度、装置の位置情報をもとにドローンで食料と水を送り届けます。ちなみにリュックサックの中にも2日分の飲食料が入っておりますので」
「オイッ!!次に俺の許可なく発言したら、ブチ殺すぞ?」
ロジャーが凄みを効かせ、発言者の顔が青くなった。
「で?数字は?」
「参加者99名に数字をそれぞれ割り振っております。ですが順不同というわけじゃありません。これは今現在の順位です。数字が少なくなるにつれて、クリアの期待値が高いとお受け取りください」
その言葉に全員がそれぞれの首輪のナンバーを確認する。
そしてある人物に視線が集まった。
ナンバー1。
「……」
一条マコトはまるで動じていない。
切れ長の目は澄んだままで、何を考えてるのか分からない。
一方でリョウタは狼狽していた。
(俺が99位?最下位!?)
「ハッ!」とロジャーが鼻を鳴らす。
「納得いかねーなぁ!あのヤロウが1位でアニキが2位?まぁそれよりも、俺が5位ってことだよ…!なんで俺よりも上に女が2人もいるんだぁ!?あぁ?」
(4位は黒崎アイだ。じゃあ3位は?)
リョウタがロジャーの視線の先に目を向けると、そこにいたのは月宮カルラだった。
凄まれてもカルラは事も無げに言った。
「アンタよりあたしが強いってことじゃない?バカなのね」
憤怒の表情のロジャーが一歩踏み出す。一触即発だ。
「その辺でいいでしょうか?説明の途中でして」
空気を一切読まず、鈴木ハジメが割り込んだ。
「この順位は単純な強さや腕力で決定したものではありません。皆さんに受けていただいた身体検査・体力測定・筆記試験から総合的に順位付けしました。そこに個々人の特殊性を加味して最終決定しております。このプログラムのクリア条件は生き残ること。言い換えれば『サバイバー』としてのランキングになるのです」
だがロジャーの興奮は収まらない。
「どうだっていいんだよっ!俺はこのムカつく女を―――」
「黙れよ、ロジャー」
静かで且つ有無を言わせない声色だった。
兄のガルシアだ。
「…ケッ!命拾いしたなぁ」
ロジャーはカルラを睨みつけているが、カルラは違う。
カルラはガルシアを睨みつけていた。
鈴木ハジメが続ける。
「あとは、そうですね。皆さんの所持品はこちらでお預かりしてます。クリアするまで返却はできませんので、ご了承を。まぁこの島はスマホの圏外です。外部との連絡手段はございません。その代わり、タブレットをリュックサックの外ポケットに入れておりますのでご確認ください」
各自がタブレットを取り出す。
市販のタブレットと違い、画面が小さく頑丈そうで取っ手が付いたタイプだ。
指紋認証は同じらしく、ボタンに親指を当てると起動した。
「そのタブレットはこの島のみで使える無線周波数で繋がっております。最新のリチウムイオン電池ですので、電池切れの心配はございません。タブレットで一番重要なのは、ミッションの指令が届くことです。その他の機能は各自で使いながら確認するようにしてください。リュックサックの中には水と食料の他に、テントや着替えなど必要なものを用意してます。必ず持っていくようにしてください。さて、ではこの辺で説明を終わらせていただきます」
鈴木ハジメはそう言って一礼した。そして顔を上げた後、宣言した。
「ではこれよりファーストミッションを始めます!」
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