第5話 楽園
この少女はリョウタに関心が無いようだ。
リョウタも少女に対して腹立たしい気持ちもあるが、恩人には違いない。
このまま立ち去るのは躊躇われた。
「あの、私は城戸リョウタといいます。改めてだけど、あの時はありがとうございました」
少女が振り返る。腹立たしそうな声で答えた。
「誰が自己紹介しろって?それに礼は要らないって言ったハズだけど?」
相当気難しい性格らしい。
だがリョウタは社会人だ。今は職無しとはいえ、営業でクレーム対応には慣れてる。
「私が礼を言いたいだけです。それに助けてもらって名乗らないのも失礼かなって」
少女はビックリするように呆気に取られていた。
「だからあなたの名前も教えてくれませんか?」
「…名乗る必要性を感じないんだけど、まあいいわ。月宮カルラよ」
そう言うと、カルラは歩いて行ってしまった。
今のやりとりでリョウタの気分はだいぶ良くなり、自分の席に戻る。
すると黒崎アイが心配そうな顔で近づいてきた。
「お帰りなさいませ。ご体調の方は如何ですか?」
「ああ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「それは重畳でございます。あ、それと城戸様の方が年長ですから、敬語は結構ですよ」
「…ありがとう。20歳から営業として働いていたから癖になっててさ。俺のことも『城戸様』はやめてほしいな。そんな立派な人間じゃないから」
アイが笑みを浮かべる。
「その言葉遣いの方がしっくりきます。かしこまりました、城戸さんと呼ばせていただきます。あの…、つかぬ事をお伺いしますが、前にお会いしたことはございませんか?」
「?いや、初対面のはずだけど…」
「そうですか…。誰かに似てらっしゃっていて気になっておりまして。申し訳ありません。お忘れください」
アイの微笑みにドキリとする。
アップで纏められた黒髪は濡れ羽色。目は大きく、漆黒の瞳。そしてどこか儚げな雰囲気。カルラも目を疑うような美女だが、方向性が違う。まさに和風美人だ。
(しかし、いつまで待てばいいんだ)
そう思っていたら、広間のスクリーンの電源が入った。
鈴木ハジメが映し出されている。
『みなさん、選定試験の通過おめでとうございます』
鳴り響くファンファーレ。
『さて、ここにいる99名の皆さんには救済プログラムを受けていただきます。ですがプログラムを受ける場所はここではありません。ですので、今から移動していただきたいと思います』
映像が途切れ、スクリーンが消える。
次の瞬間、広間の全ての電気が消えた。
視界が完全な暗闇に閉ざされる。
「おい、なんだよこれは!」
「なんも見えないぞっ!」
「一体どーゆうことなの!?」
あたりが騒然とし、混乱した声が聞こえる。
怒声の中から機械的な「シューーーーー」とした音が聞こえてくる。
(なんなんだよ!)
リョウタは機械的な音の出どころを探ろうとするが、何も見えない。
「…睡眠性のガスか。おそらくは飲食物の中にも睡眠薬が仕込まれていたな」
すぐ近くで誰かがポツリと呟いた。このテーブルの誰かだ。
だがリョウタはこんな声を聞いたことが無い。
ゆえに発言者が誰か分かった。
(一条マコトか!しかし睡眠薬!?嫌な予感しかしない!)
リョウタは駆け出した。
さっきトイレを使うために扉を開閉したのだ。
扉の位置は鮮明に覚えている。
足が思うように動かない。
一条の言うことが本当なら、既に意識と運動能力が奪われつつあるのだろう。
扉の前に辿り着いた。
そのまま開けようと押すが、ピクリともしない。
「くそっ!鍵がかかっている!」
次はタックルしてみる。
頑丈な扉はびくともしない。
何度かタックルをしているうちに意識が混濁してきた。
立っていられなくなり、地面に横たわる。
脳の底まで暗闇が押し寄せ、リョウタは意識を手放した。
クラシック音楽が聴こえる。
「う…ぁ」
水底にあった意識が浮上してくる。
が、身体はまだ活動を再開しておらず、リョウタは金縛りのような状態を抜け出すのに苦労した。
「… ここは?」
周りを見回すとリョウタのように起き上がりつつある人々の姿。
だが景観が広間と全く違う。豪華さは無くなり、工場のような無骨な空間。
自分の体を目視で確認する。服はそのままだ。怪我もない。
顔から順番に手で触ってみると、首に違和感がある。何かが付いていた。
ギョッとして物体をよく確かめてみる。
首輪だ。鉄製の首輪が巻かれている。
首輪の前部分には何かが彫られている感触がある。
ゆっくりと解読を試みた。どうやら数字みたいだ。
(…99?どういうことだ?)
目の前にある大型のリュックサックもよく分からない。
開けるかどうか考えていると、周りの喧騒が大きくなっている。
どうやら全員の意識が戻ったようだ。
その時、誰かが入ってきた。
鈴木ハジメだった。
鈴木は満面の笑みでこう言った。
「楽園にようこそ!」
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