第2話

   

 ふらりと入った神社だった。

 参道に敷かれているのは、神社にはありがちな石畳なのに、なぜか幾何学模様的な美しさを感じてしまい、私は最初、足元にばかり視線を向けていた。

 ふと顔を上げたのは、ほのかに鼻をくすぐる、甘い香りのせいだったかもしれない。

 視界に入ってきたのは、近くに植えられている木々だった。緑の葉に混じって、オレンジ色もたくさん見えている。

 まだ本格的に赤くなっていない、紅葉こうようの始まり。色がつき始めた段階であり、緑と赤が入り交じっているさまには「今だけ」という希少価値が感じられて、かえって心惹かれる……。

 一瞬そう思ってしまうが、よく見たら違っていた。オレンジ色なのは色づいた葉ではなく、そのような形にも見えてしまう、小さな花の集まりだったのだ。

紅葉もみじ……ではないのか」

 私の口から飛び出したのは、文字で書き起こしたら落胆にも思われそうだが、実際には感嘆の響きだった。

 植物の方では擬態の意識はないだろうに、私は勝手に「花で紅葉もみじを模している」と感じてしまったのだ。

 秋に咲く紅葉もみじ色の花といえば、真っ先に思い浮かぶのは彼岸花だけれど、あれは木ではなく草の先端に咲く格好だったはず。しかも、これよりも真っ赤だ。

 色が少し違うだけでなく、咲き方も異なっているから、明らかにこれは彼岸花ではなかった。でも、オレンジ色の花が固まって咲いているのは、むしろ彼岸花よりも美しいではないか。

 そう思って、しばらくその場でボーッと見惚れていたら……。


「キンモクセイ、お好きなのですか?」

 いきなり声をかけられて、私は驚いた。

 他に人がいるとは思っていなかったのだ。

 だが公共に開かれた神社であり、参拝者がいるのは不思議ではない。むしろ用事もなく入り込んだ私の方が、神社にとってはイレギュラーな存在だろう。

 そう思いながら振り向いた途端、私はハッと息を呑んでいた。

 そこに立っていたのは、薄黄色のワンピースに包まれた女性だった。

 年齢は私と同じくらいだろうが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。大学で見かける同世代の女の子たちとは、全く別の生き物のように感じられた。

 いかにも日本的な長い黒髪のせいだろうか、あるいは、ワンピースのベルトが着物の帯みたいに幅広なせいだろうか。明らかに洋装なのに、私は「和装美人だ!」と思ってしまった。

 しかし見ず知らずの女性に対して、その美しさを素直に称賛するのは、軽薄に思われそうで抵抗がある。だから内心は隠して、

「キンモクセイ……?」

 と聞き返すことしか出来なかった。

   

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