金木犀の花の精

烏川 ハル

第1話

   

 あれは、まだ紅葉こうようの時期には少し早い、秋の半ばの出来事だった。


 当時の私は、京都の大学で学生生活を送っているものの、学問を専門にするほどの熱意もなければ、特に没頭するような趣味もなかった。

 就職のためには大学卒業という学歴が必要だろう、という漠然とした考えから入学しただけだ。適当に単位を揃える程度に勉強して、サークルに所属することもなく、のんべんだらりとした毎日を過ごしていた。

 時間だけはたっぷりとあり、そんな私の楽しみは、近所を散策することだった。


 アパートの近くには鴨川が流れており、大学から少し東へ向かえば、大文字山もある。まさに、自然に囲まれた環境だったのだ。

 私にとっての『近所』は徒歩で行ける範囲内のことであり、一般的な定義よりも広かったに違いない。特に大文字山では、山頂を抜けて滋賀まで歩いてしまったり、東山トレイルコース――伏見神社から比叡山まで続くハイキングルート――に入ってしまったり、ということもあった。

 西へ向かっての散策では、さすがに桂川や嵐山まで歩いて行くのは無理で、自転車を用いていた。大文字山の話を例にするならば、距離的には『無理』ではないはずだけれど、街中まちなかをひたすら歩くというのが、私の性分に合わなかったのだろう。


 とはいえ、京都の場合、街中まちなかでも自然の景観を楽しめる場所はいくつも存在している。

 有名無名の、たくさんの寺や神社だ。

 どれほど小さな神社仏閣でも、立派な木々が植えられて、見事な庭園が設けられているではないか。信仰心のない私でも感銘を受けるほどであり、逆に『信仰心のない私』だからこそ、寺も神社も、目の保養となる公園に過ぎなかった。

 だから市内を散歩する時には、そうした場所に立ち寄ることが多く……。

 私が『キンモクセイの女性ひと』と出会ったのも、名前も知らない神社の一つだった。

   

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