第16話

 1か月半の闘病生活が嘘の様に、直人はきれいな顔をしていた。



「末期の胃癌でした」

 医師の言葉を、アオイは機械的に受け止めていた。


「自分では、手遅れって分かってたのね。だからアオイちゃんにも話さないで」

 面識のある直人の母親が、ハンカチを握り締めながらポロポロ涙を流していた。

「あの子喜んでたのよ。最愛の人は無くしたけど、これから愛する事が出来る妹がいるってね」


 泣きたくなる言葉だったが、アオイはそれさえも機械的に受け止めた。


 いや、そうするしかなかったのだ。


「・・・笑おうよ、おばさん」

「え?」

 顔を上げた直人の母に、彼女は今出来る精一杯の笑顔を見せた。

「泣いたら、幸せが逃げちゃうよ」

 でも、一人息子を亡くした彼女の涙は止まらなかった。



 アオイは、一度も泣かなかった。


 泣くことが、出来なかった。

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