第138話 対決するものたち
この10数年ほどセ・リーグの後塵を拝し続けているパ・リーグであるが、実際のところ交流戦での成績などは、それほど全面的に負けているわけではない。
スターズ、ライガース、レックスと、三つの球団がそれぞれ、順番に極端に強くなっただけなのだ。
その中でも一度だけ、ライガースに土をつけて勝ったのが、埼玉ジャガースである。
今年はまだチーム再建中と目されていたが、それでも二位でクライマックスシリーズに進出。
そして千葉マリンズ相手に、優位にファーストステージを戦っていた。
エースの正也が抜けたものの、他の若手が育っている。
ジャガースというチームは、その若手の育成が上手いと言われていた。
ただスタジアムや練習環境というか、交通の便はあまり良くない。
そのためFA制度が出来てからは、多くの選手が移籍している。
アレクも最初はジャガースに入り、ここではFAではなくポスティングでMLBに向かった。
ジャガースとしてはアレクの年俸はかなり上がっていたので、ポスティングでも高く売れた。
その年に丁度、首位打者と最多安打を取っていたというのも大きいだろう。
なおジャガースの中ではエースは完全に蓮池となっている。
その蓮池は確かに今年、パでは最多勝と最多奪三振のタイトルを取っている。
だが環境には満足しておらず、この年にはポスティングを球団に求めるつもりではないか、と噂されている。
そして実際に蓮池は、そのつもりでいる。
またバッティングの中心となっているのは、今年もトリプルスリーを達成しそうになった悟である。
三番ショートで、劣化白石などとは散々に言われたものだが、今年のパの首位打者となり、また打点とホームランでも五位以内に入っていて、さらに盗塁数もリーグ全体で三位。
大介と比べるからおかしくなるだけで、普通にとんでもないプレイヤーである。
蓮池と違って悟は、MLBに行きたいとはさほど考えていない。
だがFA権を取ったら、早々に関東のセの球団に移籍するつもりだ。
もっともポジション的に考えれば、レックスはそこまで食指を伸ばしてはこないだろう。
タイタンズかスターズのどちらかに、球団は絞られるか。
悟は一年目から、高卒野手としては珍しい新人王を取って、一軍にほぼい続けた。
二年目からは完全に主力となっていたため、最短の八年でFA権が発生する。
今年は七年目。何か問題が起こらない限りは、来年で埼玉からは去ることになる。
ジャガースを去る選手が多いのは、もうジャガースとしても諦めの気持ちである。
球団の中期的なプランは立てていたが、さらに長いプランが出来ていなかった。
具体的には球場の位置や、それに対するアクセスだ。
埼玉の中でも別に田舎にあるわけでもないのに、交通の便が悪い。
悟はもう寮を出ているが、試合の日などは車ではなく、自転車を使ったりする日もある。
去年は直史の前に、完全に日本シリーズで封じられた。
その雪辱を晴らすために、今年もクライマックスシリーズ突破を狙う。
蓮池なども完全に投げ負けたため、もう一度の対戦を願う気持ちはある。
だが去年よりも戦力の落ちたジャガースが、去年よりも戦力の増したコンコルズに勝つのは難しい。
蓮池が投げて悟が打つだけは勝てない。
それが野球というスポーツのはずだ。
……上杉や直史は、野球をやっていない。あれは野球のルールの中でボールを好き勝手に投げているだけである。
ファーストステージのマリンズとの対戦では、勝利することが出来た。
何気に毒島が、セットアッパーからクローザーへと進化を遂げている。
以前はやや安定感を欠いていて、一点差の試合になど出すのは微妙であった。
だがプロ入り三年目の今年は、完全にその才能が開花したと言っていいだろう。
毒島までつなげば勝てる、そういう安心感がある。
しかし総合力で、コンコルズに勝つことが出来るかどうか。
マリンズ相手には終始優勢であった。
ただそれは事前に分析した戦力の通りだ。
コンコルズは今年、外国人補強でかなり強くなっている。
自前の育成戦力に自信を持っているコンコルズが、それに加えて豊富な資金力で、外国人助っ人も準備したのだ。
マリンズには先輩である鬼塚がいた。
マリンズは九年連続でAクラス入りの安定感を持っているが、リーグ優勝したのは一度だけ。
そしてその年も日本シリーズには進出していない。
パはもう10年以上の長きに渡って、二強時代が続いているのだ。
そして両チームに共通しているのは、育成力が高いこと。
だがジャガースが優れているというか強いのは、ドラフトのクジ運か。
ただ樋口と武史を取れなかったのは、クジ運が弱くなったとも言える。
それでもまだ蓮池に毒島と取っているあたり、やはりクジ運は強いとも言える。
コンコルズに勝てるかどうか。
かなり微妙なところだな、と悟は考えている。
短期決戦ならば、実力的には僅差だと思う。
だがそれだけにアドバンテージの一勝が、大きな役割を果たす気がする。
それでも二連勝で、ピッチャーの消耗を最低限に出来たのは大きい。
コンコルズ相手でも、勝ちパターンに持ち込めばいける。
そして日本シリーズでは、またレックスと対戦するのだ。
自然とセの代表はレックスだと思い込んでいるが、それも無理はない。
レックスは今年、ほとんど戦力の低下はなく、また今のところは怪我人も出ていない。
ライガースが勝利の勢いをそのままに、レックスを破るとは考えにくい。
相手がどれだけ調子付いていようと、それを無視したピッチングを出来るのが直史だ。
高校時代はわずかながら、練習に参加して指導をしてくれた。
あの時に比べると自分は上達し、直史にはブランクがあった。
それなのに去年は、あっさりと四つの白星を献上してしまったのだ。
直史の成績は、まさに不世出のピッチャーのものと言える。
だが、だからこそ勝ちたい。
バッターとしての当然のように持つ本能。
素晴らしいピッチャーと対戦して、そして打つ。
そんな一本の価値は、勝利へと結びつくものだろう。
佐藤直史を打てれば勝てる。
その認識は味方を含めた12球団全てに共通のものであろう。
理屈や計算ではなく、それは事実だ。
なにしろ去年の日本シリーズの印象が強すぎる。
もっと正確に言えば、直史を打てなければ勝てない。
あるいは直史の出番が来る前に、試合を決めてしまうか。
たとえば去年の日本シリーズ、直史をクローザーとして使っていたなら、序盤からリードし続ければ出番を作らせずに勝つことが出来たかもしれない。
先発として最初から完全に0に封じ続けたために、チャンスすらなかったわけだ。
今年のレックスは今のところ、去年よりも順調に戦力が整っている。
リードのみならず今年は打撃タイトルも取った樋口は、扇の要。
これが抜けても勝ったのだかた、去年のレックスの日本シリーズは無茶であった。
吉村が抜けているが、他の先発ローテやリリーフ陣が、離脱なくそろっている。
そして打撃面でも助っ人外国人が安定した成績を残していた。
若手としては高卒二年目の小此木がセカンドを堅守。
二遊間は守備力が高いのに加えて打撃成績もいいという、厄介なコンビとなっている。
レックスの厄介なところは、打率も打点も優れたバッターが並んでいることの他に、ほどほどの打率だが長打力のある助っ人外国人を下位打線に入れていることもある。
このため下位打線だからといって、甘く見ることも出来ない。
注意しすぎて歩かせても、それはそれで面倒なことになる。
上位打線は得点圏でしっかりと点を取るので、当たり前のように対策が難しいのだ。
ファーストステージが終了し、セではライガース、パではジャガースがファイナルステージに進んだ。
ジャガースははるばる福岡まで、そしてライガースもはるばる東京までやってきてくれる。
大介がいなくなった今年のプロ野球は、上杉の離脱もあって盛り上がりに欠けるかと思われた。
だが昨年の覇者レックスが、その覇権を重なるかのように、圧倒的な成績を残した。
直史が30勝をするのでは、という無茶な期待も途中にはあった。
アメリカで活躍する大介のニュースもあって、海の向こうも国内も、野球に関しては色々と話題にはこと欠かなかった。
それが九月に入って、水を注されたのは確かだ。
一人のミュージシャンの殺害は、特にアメリカでは今年最もセンセーショナルな話題になったと言っていいだろう。
直史は日本に戻ってからも、色々と考えることは多かった。
それは瑞希にも相談したし、妹たちのことも考えなければいけなかった。
昇馬の生まれたときは、桜が完全に自由に動けたので、二人で子供を育てていた。
しかし今は椿が完全には体が動かず、桜は昇馬に加えて二人分の乳児の世話をしなくてはいけない。
大介はシーズンに縛られて、さすがに手伝う余裕はない。
ここぞとばかりに金を使って、人手だけは確保したのだが。
来年は同じアメリカにいると言っても、東海岸と西海岸では、飛行機を使うほどに距離がある。
それこそ人間関係の伝手は、セイバーがいるとは言えイリヤにも期待していたのだ。
いなくなってようやく気づく、影響力の大きさ。
彼女の遺産は財団の管理によって、色々な基金となってまだ世界を巡っている。
ライガースの予告先発は、当然のように真田が出てきた。
レックスもまた当然のように、直史を出していく。
そして両チーム、相手の分析にかかる。
ライガースが勝つためには、真田を二戦目以降に温存しておくべきだったのだ。
真田は打撃の援護がやや落ちたとは言え、今年も15勝4敗とライガースのエースとしている。
だが27勝無敗の直史とは、やはり比べるべきではないだろう。
ファーストステージでも投げている真田なのだから、登板間隔を理由にして勝負を避けることも出来る。
それぐらいは誰が考えても分かるはずなのだ。
ここでライガースがその選択をしなかったのは、やはりプロ野球のロマンというものが関係しているのか。
日本人は良くも悪くも潔さを重視する。
敗北の美学などというものを考えるのは、やはり日本人に多い。
海外ではそういうものが通じる国は少ない。
だがこの場合は単に、直史と正面から対決して勝てなければ、他のところでも勝てないと判断しただけなのだ。
チームの総合力的には、レックスの方が投手力で大きく上回っている。
また打撃力でもさほどの差はないため、どこかで賭けに出なければ、とても勝てないだろうと判断したのだ。
レックスから見れば、玉砕覚悟の選択とも見える。
だが死中に活を見出すという意味では、どこかで勝負に出なければいけないのも確かなのだ。
樋口などからすると、ここは直史相手には負けておいて、第二戦で確実に勝つべきだと思うのだ。
六連戦のうち、直史が投げるとしたらそれは初戦と最終戦。
中四日の無理のない登板間隔で、二試合を投げる。
それ以外の試合全てを、ライガースは勝つのだ。
ライガースもまた、真田と山田に加え、阿部などの若手も育ってきている。
そこからリリーフ陣に回すと、かなりの確率でそのまま封じられるだろう。
最終回まで1-0か2-1ぐらいで試合を進めるのも、運があれば出来なくはないと思う。
やはりわざわざ直史に真田を当てる必要はないと思うのだ。
アメリカから戻ってきた直史は、確かに二試合ほど精度の落ちたピッチングをした。
だが一試合目と二試合目を比べれば、それを急速に修正しているのも分かるはずだ。
ライガースがフェニックスと試合をしている間、直史は調整に全力を注げた。
アメリカにいる間には投げていなかったため、シーズンの疲労が充分取れたとも言える。
もちろんボールを全く投げなかったという期間は、懸念材料ではあった。
だがそこから元に復元する力も、直史は優れているのだ。
同じ完璧に近いピッチャーでも、上杉と直史のピッチングは、激動と静謐。
これが上杉であれば、やはり微妙にコントロールなどは狂ったかもしれない。
しかしそれを修正することなく、パワーだけで押し通すだろう。
直史はこれを、最高の状態にまでは持っていけないにしても、投げるごとに微調整していく。
そして勝つべき時には勝つ。
レックス首脳陣は、やや気楽な感じでいる。
去年は樋口の負傷があっただけに、それがない今年はまだ、楽に勝てるように思えるのだろう。
確かにレックスは負傷者が間に合い、そしてライガースからは大介が抜けた。
去年と同じ対戦であるが、圧倒的にレックスの方が、戦力は充実している。
ライガースの新戦力は新外国人ぐらいであり、それでも主砲はやはり西郷なのだ。
来年は大変だな、と樋口は醒めた頭で考える。
直史が抜けることを、この場の大半の人間は知らない。
そもそも一人も知らないのかな、と樋口は誰が知っている人間かも聞いていない。
だが一人で27勝もする先発が抜けるのだ。
先発に持ってくるのは誰がいいかな、とはずっと考える。
首脳陣は基本、選手を運用する立場だ。
だがそれに対して、選手から口を出せるのは、キャプテンと正捕手ぐらいだ。
レックスのキャプテン的存在は西片で、このクライマックスシリーズにも、スタメン起用の予定はない。
しかし代打や守備固めとしてでも、西片がいることは大きい。
それほど長打力はなくても、勝負強いバッターではあるのだ。
試合前のミーティングも、主に真田をどう攻略するかに話題は集中した。
あちらの打線は大介が抜けてなお、リーグナンバーワンを誇っている。
しかしレックスもそのライガースに対して、17勝8敗と大きく勝ち越している。
九月に対戦した試合は、八試合で全勝。
フェニックスに勝って勢いづいていても、その勢いを止めてしまうのが直史なのだ。
ブルペンでのピッチング練習も、コース、角度、変化量、緩急と、コントロールは完全に戻ってきている。
あとは事故の一点ぐらいはさすがに覚悟して、真田から二点以上取ればいいのだ。
直史が投げるのは、おそらくは第一戦のみ。
ただし最終戦にもつれ込んだら、中四日で投げるだろう。
リーグ優勝のアドバンテージの一勝が、大変に大きい。
レックスはこの第一戦が引き分けでも、実際には一勝したのと同じぐらいの価値がある。
真田と投げ合うのも、これが最後かと直史は感傷的になった。
高校二年の夏に対戦し、そしてその次の夏にも対戦した。
真田がもう少し楽に勝てるピッチャーだったら、直史は夏の甲子園で、間違いのないパーフェクトが出来たのに。
そしてプロに入っても、大介と同じチームにいることで、厄介な敵となった。
真田もまた完封が可能な能力を持っている。
またそこまででなくても七回ほどまでを、無失点でリリーフにつなげられる。
直史は完投完封を狙っているので、真田の存在はひどく厄介だ。
一点でも取られたら負ける可能性が、去年のライガースにはあったのだ。
今のライガースの打線で気をつけるのは、まずは西郷。
それと左バッターが、それなりに多いということか。
(ここで勝てば、一気にいける)
それが直史の考えであるし、それに対抗するために、ライガースはあえて危険を犯してきたのだ。
どちらが先に一点を取るか。
直史から先取点を取れたら、ライガースはそれを死守していくつもりだ。
精神面では負けていない、ライガースの挑戦が始まる。
最初の第一戦から、既にクライマックスであった。
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