第54話 彼方の戦
レックスとライガースの試合は、セの二大強者の戦いということで、高い視聴率を誇る。
特に見所なのは、今日はレックスの先発が武史のため、大介をどう抑えるか、ということだろう。
レックス選手寮でも、この試合は見られている。
だが同時に他の球場の試合も、ネットで確認することが出来る。
ペナントレースの優勝は、ほぼ決まったようなものだ。
そしておそらく、ファイナルステージではライガースと当たる。
もしスターズが抜けてきても、上杉を直史が止めてくれれば、それでレックスは日本シリーズに行ける。
するとパ・リーグではどうなっているのかというのも、レックスの選手としては気になるものだ。
寮にいる選手はまだまだ二軍が多く、自分のことだけを考えていればいい。
せめてベンチ入りしてから、自軍を応援するべきだろうと、ドライな樋口は言っていた。
確かに二軍にいては、一軍が優勝しようが最下位だろうが、あまり関係はない。
むしろ最下位の方が、出番が多く回ってくる可能性もある。
ただ普通なら、そこまで割り切ることは出来ない。
直史の見る限り、レックスの選手寮で、一番一軍に近いのは、今年が大卒二年目のキャッチャー岸和田だ。
直史とは大学で、一年だけ活動期間が被っているが、リーグが違うためほとんど知らない。
ただ、今はまた二軍に落ちているが、今年も一軍に上がることは多かった。
樋口のバックアップとして上げられていたのだが、樋口が全く怪我などをしないため、また二軍に落ちて試合経験を積んでいたのだ。
一軍でベンチを暖めているよりも、二軍で経験を積んだほうがいい。
首脳陣はそう考えていて、直史もだいたいそれには賛成だ。
ただ、将来を考えるなら、レックスにいるのは問題だな、とも思う。
チーム的には岸和田は、バックアップキャッチャーとして必要だろう。
だが岸和田自身は、樋口の巨大な壁を、なかなか越えることは出来ない。
スペック的にはスタメンクラスの実力は既にあるのだが、とにかく樋口の残す数字がキャッチャーとしては異次元だ。
それでも長打力あたりは匹敵しているので、稼ぐためなら他の球団に行ったほうがいい。
しかしレックスは岸和田に、試合感覚を忘れさせないため、二軍で試合をさせていることが多い。
これはレックスとしては当然の戦力育成と維持だが、岸和田にとっては一軍で成績を残す機会がない。
気の毒だが岸和田は、飼い殺しの状態になっている。
一軍のベンチにいる期間が短いので、FA権が発生するまでに時間がかかる。
大卒は七年目であるが、このままの調子なら、10年ぐらいはかかるだろう。
そこまでしてようやく、他の球団で出場機会を得ることが出来るのか。
おそらく樋口が怪我でもすれば、その実力を発揮する機会はあるだろう。
今でも既に、打撃力では二軍のイースタンで充分な成績を残している。
そしてプレイオフでは、また一軍のベンチに入ることになるだろう。
日本のキャッチャーは仕上がるの時間がかかると言われるが、樋口は一年目から結果を出していったし、スターズであれば福沢が、三年目で正捕手に固定となっている。
ただし直史の知る限りでは、高校の後輩である孝司が、トレードされるまで飼い殺しに近い状態にあった。
それでも孝司は福沢と併用して起用されていたため、トレードの対象になった。
トレード先のライガースでは、正捕手として活躍している。
リードなどのインサイドワークに優れて、打力もあって走れる。
樋口のようなタイプのキャッチャーが、ずっと七年間も埋もれていたわけだ。
せめてバッティングで評価してもらって、そこからのコンバートをした方が良かったかもしれない。
高校時代はキャッチャー以外のポジションも出来たのだから。
そんな岸和田は、どこか暗い目で試合を見ている。
樋口が判断ミスとも見えるプレイをした時は、舌打ちの音が聞こえた。
(キャッチャーは大変だよな)
直史としては冷たい目で、岸和田を見ている。
気の毒とは思うが、優勝のためには必要な控えだ。
ただし樋口が、あれだけ動くキャッチャーなのに、怪我をしないというのも驚きだ。
思えば樋口は高校から通じて、多少の不調はあっても、故障などをしていない。
上杉や大介などは、お互いが激突する時に、どちらか、あるいはどちらもが怪我をしたり不調になったりする。
その点では武史も、プロ入り後は怪我らしい怪我も、不調らしい不調もない。
(あいつはまだ伸び代があるのかな)
直史は今年、上杉と投げ合ったときと、大介と対決したとき、合計三回ほど調子を落とした。
ただしピッチャーはローテを組んでいるので、休めるところがありがたい。
直史はピッチャーの精神は持っているが、やせ我慢はしない。
確実に勝つためには、準備をする。その準備には休養も含まれている。
試合が進んでいく中で、他の球場での進行も話される。
だいたいもうクライマックスシリーズの進出は決まっているので、どちらかというとパの方の話題が多くなる。
去年は日本シリーズに進んできたのは、下克上を果たした福岡コンコルズであった。
ペナントレース自体は、おおよそ決まっていたはずだが、コンコルズとファルコンズの主力に怪我人が出て、ジャガースとマリンズが頭一つ抜けようとしている。
どちらが来たほうがいいか、はあまり考えていない。
今年の交流戦、レックスは17勝1敗という圧倒的な数字を残しているため、パ・リーグのチームに対しての苦手意識がないのだ。
唯一負けたファルコンズ戦も、先発佐竹が不調ながらも粘り強く投げ、継投のタイミングを逸したためだ。
ただ、ジャガースの蓮池相手には、延長まで一点も取れなかった。
投手力ではやはり、レックスがどこよりも優っているだろう。
選手たちの能力の合計を見たら、ジャガースかコンコルズになるのか。
ただし今のコンコルズは怪我人が出たため、Aクラス入りが微妙なところとなっている。
去年も三位からの日本シリーズ進出であったため、もちろんその潜在能力は侮れない。
二軍が一番充実しているチームだとは、よく言われているのだ。
日本シリーズは、合計で七試合。
四試合先取した方が、日本一となる。
どの球団もここまで来れば、エースの消耗を度外視して、総力戦を行う。
直史の場合はおそらく、第一戦ともう一試合、必ず投げると思った方がいい。
四連勝などしてしまったら、出番はなくなってくるだろうが。
クライマックスシリーズも、おそらく二度は投げる必要がある。
六連戦なので最初と最後なら中四日。無理な日程ではない。
だがどちらも、直史以外のピッチャーで、一勝以上はする必要が出てくる。
有利に展開するテレビの試合を見ながらも、どこか直史は上の空。
このライガースとプレイオフで対戦した場合、どういう順番でライガースはピッチャーを使ってくるか。
おそらくファーストステージでスターズと戦うため、上杉に負ける可能性を考えておかないといけない。
「上杉さんが中一日で投げてくれば、スターズがファイナルステージに進出する可能性もあるな」
呟いたその言葉に、年下の先輩たちがぎょっとする。
「ライガース相手に、中一日ですか」
岸和田はすぐに、その反応を返した。
上杉も超人でないことは、過去に数度の怪我をしていることからも、明らかである。
特に今年は肩に痛みがあったというから、本当はもうそこで長期の休みに入っておくべきだったのかもしれない。
ただ上杉がいなくなっていたら、スターズは一気に順位を落とした可能性もある。
上杉は存在するだけで、チームを活性化させる。
ただ依存度がかなり高くなっているのも確かだろう。
「三連戦で、さらに一日だけ休んでファイナルステージですよ? さすがに無理でしょう」
「クローザーなら可能だと思うけどな」
直史はそう言うが、おそらくクローザーでは意味がない。
上杉以外のピッチャーで、ライガースを終盤まで、ロースコアに抑える。
それはとてつもなく難しいことだ。
分かりやすいように、今年のライガースが一点も取れなかった試合を見れば、七試合ある。
だがその対戦した相手の先発ピッチャーを並べれば、偶然で無得点ではなかったことが分かる。
武史が三試合、直史と上杉が二試合ずつ。
つまり弱いピッチャー相手には、確実に一点以上は取っているのだ。
この場にいる中で岸和田以外の選手は、おそらくプレイオフでベンチ入りすることはない。
いたとしても、ピッチャーの故障による代理としての起用になる。
「どちらが上がってきても、面倒だな」
直史はそう思うが、個人的にはやはり、ライガースに勝ち上がってきてほしいものだ。
直史をこの世界に引き入れた、大介の意思。
それに応えるためには、やはりレギュラーシーズンでの活躍だけでは不充分だ。
プレイオフになって初めて、お祭り男大介はその真価を発揮する。
舞台を整えた上で、大介とは対決するべきだろう。
野球は脳筋がやるスポーツであったのは遠い昔。
今でもそういうフィジカルのみの選手もいるが、今は理解力の高い選手が増えている。
ただし判断を間違えて、アマチュアで消えていく選手はまだまだいる。
情報化の現在、それをどう取捨選択すればいいのか、そこまではまだ分かっていないのだ。
既にプロに入っているような、一流選手の分析をして、それを真似すればいいのか。
もちろん基礎的な身体能力がなければ、それは不可能である。
フライボール革命や、他の球技であれば、バスケットボールのポジションレスの3Pシュート。
だがどうやってもスタンドまで飛ばすパワーのない中学生に、フライを打てなどとは言えないし、やはり中学生に3Pを狙えと言っても、机上の空論に終わる。
プロの世界においては、一応最新の理論も通じる。
その上で、直史は尋ねてみた。
「岸和田、ライガースが勝ち上がってきたとして、確実にレックスが日本シリーズに進出するにはどうすればいいと思う?」
考えたくはないが、もしも樋口が怪我で離脱などをしてしまったら、こいつとバッテリーを組む可能性は高い。
岸和田は少しだけ考えた。
「色々とありますけど、ピッチャーの対戦がどういう組み合わせになるかが一つ、あとは白石さん対策ですね」
「大介対策は?」
「打順調整と、敬遠策でしょうか」
「まあそうだよな」
直史も納得の対策である。
基本的に、大介とは条件が整わない限り、勝負してはいけないのだ。
打順調整で大介の前にランナーがたまらないか、むしろ蓋をして足を使えないようにする。
その状態で敬遠するなら、西郷と対戦するリスクを考えても、歩かせた方がいいのかもしれない。
「ただ、向こうの先攻になるのが、問題ではありますね」
「先取点がな」
分かり合っていると、これだけのやり取りで済む。
岸和田のクライマックスシリーズへの視点は、直史と似ているようだ。
クライマックスシリーズを神宮で行う場合、必ずライガースが先攻になる。
すると初回から、大介の打順が回ってくるのだ。
レックスが先制していれば、この初回をどうするかの選択肢が多くなる。
だが初回は、どういう状況であっても、大介を敬遠するのは難しい。
レックスのピッチャーのレベルにもよるが、先制点を奪われる可能性は高い。
レギュラーシーズンの大介ではなく、最終決戦用に調整された大介だ。
それこそフルアーマーであったり追加武装であったり、無茶苦茶なスペックを発揮してくる。
レックスが唯一日本シリーズに進んだ、三年前のシーズン。
そこでアドバンテージが一勝のレックスは、四勝一敗で日本シリーズに進んだ。
だが四試合で、大介は五本のホームランを打っている。
22打数の11安打で、そのうちの五本がホームラン。
むしろ、よく22回もまともに対戦したものだと言えるだろう。
だが、直史もまた、対決の場面になれば、戦うことは間違いない。
ベンチからの指示を、完全に無視するつもりの直史である。そこは直史がプロに入った前提だけに、譲ってはいけない。
もちろん敬遠の指示が出ないように、その前を完全に封じてしまうつもりではあるが。
しかし九回の表、0-0でツーアウトランナーなしの場合、バッターボックスに大介を迎えて、ベンチが申告敬遠をしてしまえば、直史にもどうにもならない。
そもそもフォアボールになってもいいぐらいのピッチングなら、普段から直史は考えていて、それで一度も歩かせていないのだ。
試合は進んで、そして他球場の様子も紹介される。
ジャガースがやはり、一歩リードというところか。
今年の交流戦、直史はジャガースの蓮池と、九回までを無失点で投げあった。
レックスは得点力はそれなりにあるが、ライガースほど突出しているわけではない。
樋口が勝負強くても、そこを敬遠されたら、四番の浅野は西郷ほどの脅威はない。
走って得点力を高めるジャガースは、レックスとはそれなりに相性が悪いかもしれない。
直史、古沢、吉村の三人で三連勝したが、ジャガースには売り出し中のリリーフ、毒島もいる。
守備力の高いチームと、守備力の高いチーム。
こういう場合に試合を決めるのは、エラーであったり一発であったりする。
だが七試合も行えば、おおよそ平均化される。
ならば勝てる、と直史は思うのだ。
(球団的にはやっぱり、日本一になった方が嬉しいんだろうけどな)
直史の目的は、日本シリーズに進むまで。
大介と対決し、その勝負に勝つことが、直史にとっての最大の目標だ。
今年の大介は明らかに、常軌を逸した成績を残し続けていた。
そのモチベーションが直史にある以上は、直史もそれに応えないといけない。
だが、そこで直史は、燃え尽きてしまいそうな気もする。
リーグ優勝はもちろん大切なことだ。
選手の年俸を決定するのは、基本的にはここでの成績であるからだ。
ただ直史のインセンティブに、プレイオフでの成績などは影響しない。
もちろん日本一になれば、来年の年俸にも関係はしてくるだろう。
だが直史は、もちろん金のありがたみを否定するわけではないが、金のためにプロの世界に入ってきたわけではないのだ。いや、もちろんある意味では、他のどの選手よりも、金が原因でプロに入ってきたのだが。
日本一を決定する試合では、少し集中力が途切れてしまうかな、と心配になる直史であった。
もしそれを他の者が聞いたら、それはない、と即座に否定したであろう。
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