四章 ここからが本当の地獄だ
第53話 シーズン終盤
シーズン終盤、レックスとライガースとの直接対決が集中しているため、マジックは点灯していない。
だがここまでの勝率と、他のチームとの勝率を考えれば、ほぼレックスの優勝は決定していると言っていい。
なのでここからレックス首脳陣は、プレイオフを見据えてペナントレースでの戦力運用を考えていく。
疲労の溜まっている者や、調子を落としている者はいないか。
逆に調子が良すぎる者なども、逆に心配になってしまう。
そんな中、最初からここまで、全く安定感にブレがなかったのは、直史と樋口のバッテリー。
また投手陣はほぼ、シーズンを通して調子がよく、一部の落ちたメンバーの代わりを、若手などが埋めていった。
残り試合がほぼ20試合という時点で、二桁勝利の先発が五人。
特に直史だけではなく、武史、佐竹、金原の四人は、最多勝レベルの活躍である。
他の球団でこれに匹敵する成績を残しているのは、スターズの上杉ぐらいだ。
ライガースの真田でさえ、レックスの四人に比べればやや劣る。
それなのに、どうしてライガースの方が勝ち越しているのか。
そこはやはり、打線の援護というものが大きいのだろう。
攻撃力と守備力の問題は、色々なスポーツで語られるものだ。
守備を固めるのが先で、それから攻撃という考えが、高校野球などでは今も根強い。
そしてそれは、別に間違っているわけでもない。
だが守備は後回しで、とにかく攻撃力を高める。点を取られても取り返す、という考えの指導者もいる。
こちらは圧倒的に少ないはずだが、実はこういったチームが強くなっていると、自然と守備も強くなっていたりする。
練習内容を聞いてみれば、攻撃の、つまり打撃の練習の時間に、同時に守備力も高めていたりするのだ。
では、現役のプロ野球選手にとって、何が大事なのだろうか。
日本のトップレベルの、直史と樋口にとっては。
「そんなもん、全部に決まってるだろうが」
直史も樋口も、だいたい同じことを言う。
「それにバッティング練習や走塁の練習をするなら、それに対応して守備の練習にもなるだろうに」
ここまで二人は、野球に対する認識が共通している。
大学時代は、どうでも良かった。
チームが投げても、自分が失点しなければ、それで勝てた。
だから直史は、あれだけ早稲谷をぐちゃぐちゃにしても、まだ全然満足はしていなかった。
白富東の時代であると、とりあえずやっていたことは、捕れる球をちゃんと捕る、ということであった。
守備範囲ぎりぎりの球を捕って、それを一塁に投げてアウトにする。
そこまでの守備力など、求めていなかったのだ。
大事なことは捕れる範囲はちゃんと捕ることと、そこからの送球のミスを減らすこと。
たとえばプロ野球においてさえ、ショートのポジションのエラーというのは、送球ミスが50%にもなっている。
キャッチボールの延長が、野球の基礎であるのだ。
高校野球でも初歩的なレベルであれば、まずピッチャーはど真ん中にちゃんと投げられることが重要になる。
他のポジションで言うならば、ど真ん中の捕りやすい球を投げることが、一番大事である。
それ以上の細かいコントロールを必要とするピッチャーは、やはり特殊なのである。
ライガースはその強さのバランスは、バッティングに偏っていると思われている。
だが実際には山田に真田、そして最近は阿部が、確実に貯金を期待できるピッチャーになっているし、大原などのイニングイーターもいる。
またリリーフ陣はしっかりと鍛えられて、防御率は優れている。
守備に置いてもキャッチャーが新しくなり、センターラインは強固だ。
大介などはだいたい、三試合に一度ぐらいは、それは普通は抜けるだろうという球を処理してアウトにする。
攻撃力は、打撃力はもちろん高い。
大介という核弾頭は、普通のスラッガーと違って、機動力まで突出している。
大介と西郷の二人で、毎年100本以上のホームランを打つ。
この三番と四番のSS砲は、間違いなくリーグ最強であろう。
そしてライガースがペナントレースではレックスに負けながらも、クライマックスシリーズでは逆転する理由。
それはピッチャーの平均値ではレックスより劣っても、絶対値は互角であるということだ。
正確には互角であった、というべきだろうか。
直史の存在が、一気に戦力を上昇させてしまった。
投手力が互角であれば、得点力の優れたチームの方が勝つのは当たり前だ。
ライガースはこの二年間は、短期決戦に優れたチーム構成で、レックスに勝ってきたというわけだ。
今年はこれまで、レックスはライガースに負け越している。
しかもその中には、先発で武史、金原、佐竹の三人で負けた試合も含まれている。
だが、二試合だけしか対戦していないが、直史は両方をパーフェクトに抑えている。
武史も三勝一敗、金原は一勝一敗と、エースクラスでは互角かそれ以上に戦えているのだ。
ライガースに負けた試合、相手のピッチャーを見れば、大原、阿部、真田といったラインナップだ。
イニングイーターの大原に、間違いなくエースクラスの安部や真田と投げ合って、その結果に負けているのだ。
投げ合いで負けたというわけではなく、打線の援護力の差で負けた。
また勝ちパターンの継投に入ってから逆転されたのは二度だけ。
他は先発が負けた状態でリリーフに託し、そのままさらに点を取られたり、打線が追いつけずに負けたというものだ。
短期決戦で必要なのは、突出した戦力。
ライガースとレックスは、統計的に戦えば、レックスの方が勝っていた。
しかし短期決戦でピッチャーを一気に酷使すれば、ライガースの方が強かったのだ。
去年までは。
今年は、この五年以上、公式戦で一度も負けていないピッチャーがいる。
こんな化け物を必要とするほど、ライガースの短期決戦用戦力はやばい。
だがここには問題もあって、短期決戦用の戦力が故障でもすれば、シーズン中はフォローできるはずの部分が、全くフォローできなくなる。
たとえば三年前、レックスがライガースに勝てたのは、真田が投げられなかったからだ。
武史が飛田に、金原がキッドに、吉村が大原に勝った。
樋口のリードまで含めて、投手力で勝ったのだ。
それでも山田と佐竹の対戦した試合は、山田が勝っている。
ファイナルステージを勝つために、ファーストステージでピッチャーを温存することが、あの年は出来なかった。
だから三年前はレックスが日本シリーズへ進み、そこから教訓を得た二年は、ライガースが日本シリーズに進んだ。
ピッチャーをどう使うかで、プレイオフの戦い方は決まる。
ライガースの有利な点は、少しレックスより劣るピッチャーであっても、打線の期待値がレックスより高いため、互角に戦える。
レックスは打線をライガースい近づけることは不可能であったが、強力すぎるピッチャーは獲得できた。
レックスはこのままシーズンを終えて、優勝する。
それならばクライマックスステージでは、アドバンテージがある状態で戦える。
もしスターズが勝ち上がってきたら、上杉以外のピッチャーを全力で叩いて勝利する。
だがおそらく勝ち上がってくるのはライガースで、レックスは直史を使って二勝する。
あとの一勝、四試合の中の一勝を、他のピッチャー全員を使って、勝ち取りにいく。
それが不可能であるなら、ライガースに短期決戦で勝つ方法はない。
両リーグを通じても最強の投手陣。
そんなことを言われるレックスであるが、ライガースを、大介を抑えることが出来るかは、かなり微妙なところである。
大介に取られる以上に、点を取らないといけない。
今年のライガースとの試合では、真田相手に一度完封されたが、あとは一点以上取っている。
ただしライガースも、ピッチャーの消耗を省みず、全力で勝ちには来るだろう。
その場合もやはり、ファーストステージを戦っていない方が有利だ。
そして日本シリーズで戦うことを考えれば、レックスの方が投手陣では有利になる。
このあたりの前提条件を、レックスの首脳陣は共有した。
全選手の中で、一番重要なのは、直史ではなく樋口。
そして重要度では二番手だが最強なのが直史で、続いて用いるべきは武史。
ピッチャーは先発四枚、そして吉村はここではリリーフとしても考える。
勝ちパターンの時の三人を加えて、おおよそは八人のピッチャーで勝つ。
もちろん逆転の可能性を考えて古沢や、左のワンポイントとして越前。
大介を封じるためには、左ピッチャーをどう使うかが重要になる。
一人で点を取ってしまえる上に、下手にランナーに出したら足を使ってくる大介。
戦車がF1のように素早く動くと、ここまで無茶な兵器になるのかもしれない。
次の三連戦、レックスもライガースも雨で順延があったため、ローテの相手が多少変化した。
レックスは武史に対して、ライガースは大原。
打線の援護があったとしても、レックスの方が有利な組み合わせであろう。
神宮で戦うのは、この三連戦が最後。
次からのカードは、甲子園での対戦となる。
そこでようやく直史は、甲子園のマウンドに立つ。
奇跡を起こしたあのマウンドに、生きた伝説が立つのだ。
ライガースファンに混じって、どれだけの高校野球ファンが混じってくるだろう。
直史と大介の対決は、単に最高のピッチャーと最強のバッターとの対決というわけではなく、高校時代のチームメイトの対戦でもあるのだ。
高校時代、一年の春からずっと、三番打者であった大介。
そして実質一年の夏からエースであったが、最後の夏の甲子園にだけ、エースナンバーを背負った直史。
主砲であったが、四番ではなかった大介。
エースでありながら、エースナンバーを付けようとしなかった直史。
長い日本野球史の中を見れば、かなり異質な存在の二人。
その対決を単純に、レックスとライガースの枠に収めてしまうのは、何か違うものであろう。
とりあえずこの試合は、武史と大原の対戦。
武史がライガース打線をどこまで抑えられるかと、レックス打線が大原からどれだけの点を取れるのか、その対比になるのかもしれない。
そしてこの試合、スタメンで高卒ルーキーの小此木がセカンドに入っていたりする。
セカンドを任せていた守備型選手が、故障してしまったからである。
ショートとの連携や、ベースカバーにアウトの優先順位など、内野の中では最も頭を使うポジションかもしれない。
そこをルーキーに任せるというのは、かなりの冒険だ。
だが終盤でほぼ優勝が決まっているからこそ、二軍で成績を残しているルーキーを、積極的に使っていける。
現在のショートである緒方は、今年が七年目。
大阪光陰の中心選手として、甲子園優勝投手にもなった。
プロに入ってからは野手一本に絞り、ルーキーイヤーから頭角を表し、まさかの新人王。
あの体格でよく飛ばせるな、と言われるほどに、二年目以降は二桁本塁打を放った。
バッティング、走塁、肩とそれぞれ平均的なショートよりはるかにいいが、一番はやはり守備力。
年俸も毎年上がっているが、打てるショートなどどの球団でもほしい。
もしも将来FAなどで移籍する場合、その後釜は必要だ。
その有力候補である小此木は、内野の二遊間で鍛えておきたいという意図があるのだ。
ただ、足も肩もあるので、おそらく引退の近い西片の後継者としても考えられている。
とにかくユーティリティ性に優れた選手が、小此木なのだ。
本人に言わせると、長打力が足りないのが悩みどころらしいが。
寮にいてこの試合を視聴している直史は、おそらく勝てるだろうな、と考えている。
武史でもライガース打線を0に抑えるのはかなり厳しいが、ライガースの今日の先発は大原。
打線の援護を前提に、何点かは取られてもイニングを投げるタイプのピッチャーだ。
シーズンの中の統計や、プレイオフでも捨てる試合などでは、おおいに需要がある。
大原からならば、レックスの打線で、三点はまず取れるだろう。
そしてライガース打線が強力でも、樋口ならば武史を使って、二失点以内に抑える。
戦力分析的にはそうなのだが、野球は平均値には収まらないことが多いスポーツだ。
それに大介が、骨折から治っているのも問題だ。
友人としては、大介が変に後遺症もなく、復活したのは喜ばしい。
だが勝利だけを考えるなら、もう少し不調でいても良かったかな、と思わないでもない。
どのみちプレイオフに間に合うならば、関係ないとも思うのだが。
直史はプレイオフにクライマックスシリーズがなかった時代を、知識としてしか知らない。
だがこの当たり前のようにあるプレイオフのシステムは、それまでに比べるとずっと、プロ野球の盛り上がりに貢献していると思う。
シーズンの勝利だけで日本シリーズへの進出が決まるのなら、今年などあと数試合でレックスの優勝が決まる。
その場合は、10試合以上が全て消化試合だ。
もちろん選手にとっては、年俸に反映されるため手を抜くことはさほどない。
それに大介のように記録がかかっている場合も、選手やチームのファンは注目度が高いだろう。
今年のセ・リーグはもう一位と二位は決まったようなものだが、三位争いはまだ続いている。
スターズが有利ではあるが、フェニックスもプレイオフ進出の目が残っているのだ。
タイタンズとカップスは、完全にチャンスは消えて、だいたいの順位はもう見えている。
このセに比べるとパの方はまだ優勝が決まっておらず、ジャガース、コンコルズ、マリンズ、ファルコンズが、プレイオフの進出と、日本シリーズへの進出を争うことになるだろう。
直史のプロにおけるモチベーションは、勝利である。
大介に対する勝利だけではなく、試合への勝利、チームとしての勝利、過去との対決での勝利。
ルーキー一年目に19勝無敗の上杉や、22勝無敗の武史を、上回ることが出来るかどうか。
残り試合数を考えると、出来そうな気がする。
ただその中でライガースとの対決があるので、まだ確実なことは言えない。
現時点で20勝0敗。
おそらく先発が回ってくるのは、三回だろう。
圧倒的にゲーム差をつけているので、無理に直史を短い登板間隔で使う意味はない。
そしてそのうち二試合は、ライガースが相手となるはずだ。
ここまでの二試合は、直史の完勝である。
だが一度や二度勝ったとしても、そこから最後に持っていくのが大介だ。
他のバッターを抑えて、こちらの打線の援護を期待しても、山田や真田が相手であると、完封される可能性もある。
やはり兄としては弟の、一年目の成績は上回っておきたい。
もっとも武史の場合は、その馬力に任せて短い間隔で投げたのと、上杉との投げ合いもあちらの故障で避けることが出来た。
直史としても、上杉との投げあいは避けたい。
真田であれば右の強打者が多いレックスは、そこそこの得点力を誇る。
だが上杉はダメだ。投げ合って確信した。
樋口がいくら読んでいても、そんなことは関係なくパワーで押してくる。
肩を痛めて少し抑え気味に投げているが、それでも完投する力を持つ。
テレビ中継で、試合が始まる。
初回から飛ばしてまずは三人でライガースを抑えた武史。
大介はセンターフライで抑えられ、安堵の息を吐きながら、ベンチに戻る武史。
この裏の攻撃で、しっかりと先制点を取ってほしいものだ、と直史は完全に他人事の視線で、試合を見ているのだった。
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