第51話 二匹の獣
首位争いのレックスとライガースのカード第二戦。
レックスは吉村が先発し、ライガースは山田となる。
毎年のように故障している吉村は、この年も開幕には間に合わず。
しかし五月からはローテに入って、着実に貯金を増やしていく。
七月にまた少し離脱したが、それでも八月はこれが四試合目。
ライガースの山田相手に、どう戦うかが注目されている。
吉村は今日も、六回までを投げる予定である。
重要なのはライガースの先発も、防御率のいい山田であるということだ。
真田と共に、長くダブルエースとして君臨している33歳。
FA権を取得したが、行使しなかった。
育成から先発ローテの中核となった、まさにフランチャイズプレーヤー。
こちらに家も買って、ライガース一本で野球人生を終わりたいと思っている。
既に100勝は優に突破し、今こそまさに駆け引きなどに熟達し、最盛期を迎えていると言っていいだろう。
吉村もあと二年無事に過ごせば、おそらく100勝を超える。
先発ピッチャーにとって100勝というのは、まず一流の条件だ。
昭和の頃ははるか遠く、継投が一般的になって、上杉や武史といった完投型のパワーピッチャーはどんどんと減り、勝ち星を増やすのは難しくなった。
今では150勝したらおよそ、昔の200勝ぐらいの価値はある。
200勝と言えば名球会入りであるが、現在はこの条件を変更した方がいいのではという声もあったが、上杉が簡単に200勝を突破してしまったため、今の条件でも容易な人間には容易なことが明らかになってしまった。
また特例枠もあるので、基本的にはこの条件は変わらないだろう。
直史はさすがに200勝はしないだろう……しないよね?と言われているが、特例枠で入ってもおかしくはない。
本人に入る気があるのかどうかは別だが。
一回の表のライガースの攻撃、毛利はショートゴロに倒れたものの、大江はヒットで出塁。
ランナーのいる状態で大介など、普段であれば得点のチャンスである。
歩かせたとしても、次には西郷。
この後ろに西郷がいるというのが、大介と対戦するピッチャーにとって大変な重圧なのである。
だがここ最近の大介は、そこまで恐ろしい存在ではない。
右打席に入っている上に、骨折のためにスイングで使える技術が減っている。
それでもおおよそのチームの主砲級の打撃力はあるのだが、走力はそのままで打撃力が落ちているなら、勝負していく方が合理的である。
この回の大介はヒットも打てず凡退。
やはりインパクトの瞬間から左手一本で長打にするのは、かなり難しいことである。
大介という特大の主砲を封じたが、その次もまた西郷。
年間40本のホームランを打つこの男は、大介がいなければ何度かホームラン王を取っている。
もっとも西郷もまた、後ろにホームランバッターがいるため、勝負を避けられずに済んでいる。
西郷の引っ張った打球は、レフトの奥まで飛んだ。
しかし追いついた守備がキャッチして、ランナー残塁。
こういう時、西郷は普段大介が主張する非常識を思い出す。
ホームランはスタンドに放り込むので、絶対に守備に捕られる危険がない。
だからこそホームランを狙うのは、バッターにとっては合理的なのだと。
ホームラン以外の手段では、味方の追撃か敵のミスがなければ、一点につながらない。
よってホームランを狙うのは、得点への最短距離なのだ。
大介の数字を分析していけば、そのあたりのことも分かる。
ランナーがいる状態の大介は、ホームランではなくヒットで満足することもある。
だが抜群のバットコントロールで、野手の間を狙っていく。
飛ばすことが出来るのに、犠飛がほとんどいないのは、本人がそれを狙っているからだ。
ミートに徹してヒットを打つのと、とにかく遠くへ飛ばせばいい犠牲フライ。
大介にとっては前者の方が簡単なのである。
しかしパワーが足りなくなると、それも難しくなるのか。
これまでの大介は怪我をしても普通に打っていたが、右手が満足に使えないと、ここまでパワーが落ちるとは思っていなかった。
それでも求められるのは、ホームランなのである。
一回の裏、レックスの攻撃。
西片にとって山田は、目をかけてきた若手であった。
それが今では西片は、引退まで秒読みのベテラン。
山田も既に、充分にベテランと言える年齢になってきた。
このあたりになってくると、己の成績だけではなく、チームの成績にこだわるようになってくる。
金より名誉がほしくなるというのもあるが、チームに対する貢献度が高ければ、それだけ引退後のポストも用意される可能性が高くなるからだ。
チームのためになることが、実は自分のためにもなる。
これがフォアザチームというものだ。
勝利を考え、その先にある優勝を考える。
ただしそれだけでなく、チームの戦力を高めることも考える。
基本的にチームの優勝を最大限に考えるのは監督だ。
チームを強くするのがコーチで、チームに貢献するのがベテラン。
若手は自分の成績だけにこだわっていればいい。
その考えであると、西片はもうチームに貢献することだけを考える。
だが同時に自分の未来も、しっかりと考えているのである。
プロ野球選手のほとんどは、選手としての引退後の方が、人生は長い。
子供も大きくなるし、新たなステージで働くことになる。
そこにあるのは、やはり打算だ。
ここで山田から打つというのも、チームのためなどとは言いつつ、打算があることは認めざるをえない。
真田を相手にしての試合では、全く活躍することが出来なかった。
だが山田であれば、その入団初期からのことを知っている。
クセとまではいかないが、ピッチングのコンビネーションでの、特徴とも言える気配。
それを感じて、バットを強く振ってくる。
技術でまだ打率は維持しているが、長打力は年々衰えている。
それでも熟練の技で、外野の間を抜けるように狙ったりもする。
この打席もライトの前にぽとりと落とし先頭打者が見事に出塁。
山田の調子がどうとかよりも、西片相手には相性が悪いのだ。
今日の試合の勝敗の確率は、どちらの有利になりそうか。
吉村の調子は悪くないが、また今日も五回か六回で、継投することになる。
豊田の復帰戦になるが、あまりシビアな場面では迎えたくない。
なんとかここから先制点を、と考える木山の指示に、しっかりと応えるのが二番の緒方である。
アウトローのボールを、強く地面に打ち付けるように。
セカンドが前進して取れない、高いバウンドのゴロである。
二塁に投げてダブルプレイはおろか、緒方でアウトを取ることが精一杯。
そしてレックスは、チャンスに強い男樋口の出番である。
吉村の調子と、リリーフ陣の調子を、そのミットで知っているのが樋口である。
ライガースの打線を考えると、今日は六点ぐらいが安全圏か。
それを考えると、初回からしっかりと点は取っておきたい。
だがワンナウト二塁の場面で、樋口は申告敬遠で歩かされる。
まだ一回である。
一点を争うような場面ではない。
ランナーを四番の前に増やすことは、大量失点の可能性を高くするのだ。
それだけ樋口の長打を警戒しているということもあるが、一二塁からでは足を警戒しなくてもいい。
樋口はキャッチャーのくせに、リーグの盗塁数はトップ10に入っている。
四番の浅野は、三番の樋口が敬遠され、自分で勝負されることにも納得する。
そもそも従来の打線の考えであれば、樋口が四番でも仕方がないのだ。
三番打者が最強なのは、レックスも同じである。
ただし浅野は西郷ほどには、四番としての頼りがいはない。
ホームラン数は樋口より多いが、打点や打率、出塁率では劣る。
何より勝負どころでは、樋口が先に打ってしまうことが多いのだ。
この回の打席も、打ったのは大きなライトフライ。
追いつかれてアウトにはなったが、これで西片が三塁まで進めた。
ツーアウトで一塁三塁。
とりあえず樋口は走って、二三塁にしておく。
今年はちょっと無理かなと思っていたが、最近盗塁の機会が増えて、トリプルスリーが狙えそうなのである。
樋口としてはインセンティブに大きな要素になるので、積極的に狙っていきたい。
もっとも正捕手が怪我をしても問題なので、無謀な走塁はもちろんダメだ。
ツーアウト二三塁と一打二点のチャンスだが、後続が続かず無得点。
ただ樋口を避けたライガースには、あまり下品ではないが野次が飛んだ。
味方側のひどい野次のおかげで、敵からの野次にも慣れているライガースであった。
この試合、決着は終盤にもつれこんだ。
2-2の同点で吉村はマウンドを降り、七回は復帰した豊田。
だがここで一点を許して、ライガースが勝ち越してしまう。
久しぶりの実戦ということで、豊田の球が浮き気味ではあった。
それでもどうにかするのが、正捕手の役割である。
この試合はこれが決勝点となり、ライガースが勝利。
1勝1敗で第三戦に突入する。
レックスの先発は、故障から復帰の古沢。
そしてライガースは大学時代、樋口のチームメイトであった村上である。
あの時代、つまり樋口のいた時代の早稲谷は、ほとんど無敵の存在であった。
リーグ戦も直史が無敗で勝ちまくり、そして上の学年にも下の学年にも、プロ入りするレベルのピッチャーがいた。
とにかく直史がなんでも出来るせいで、あまり出番のなかったのが、村上であった。
貴重なサウスポーであったが、翌年に上位互換のような武史が入って、希少性が薄れる。
これがせめてプロなら、トレードなりなんなり出来ただろう。
またリリーフとして使われる機会も多かった。
彼にとっての不幸は、直史も武史も、簡単に完投する力があるピッチャーであったこと。
幸運は、そんな中でも投げた数試合で、しっかりとピッチャーの実力を見抜くスカウトがいたことである。
150km/hが投げられるサウスポーが、あまり活躍できなかった、あの早稲谷の黄金時代。
佐藤兄弟が主役であり、せめて樋口までが主な登場人物、であった。
そんな中でも腐らなかった村上は、プロ一年目からライガースで17先発。
7勝4敗と貯金を作る、立派な成績を上げたものだ。
今年もこれで10先発目。
少し調子を落として二軍での調整はあったが、それでも優勝のためには必要なピースである。
この試合のレックスは、古沢の調子を見るという要素もあった。
ならばライガースとの直接対決などではなく、もっと楽な場面で使えよ、と思った樋口である。
しかし次の三連戦は、これまた必ず勝っておきたいスターズ。
直史から始まる、佐竹、金原の三人を、崩すわけにはいかない。
一試合目で武史が勝ったため、首脳陣はプレイオフを、佐藤兄弟を軸に回していこうと考えている。
去年まではライガースが、プレイオフで武史以外のピッチャーを打ってきたのだ。
武史と、真田や山田はほぼ同格と考えると、ライガースの強力打線を抑え切れない。
点の取り合いで負けて、日本シリーズには進めなかったのだ。
直史ならば、一点あれば大丈夫。
ホームランを打たれて無失点記録は途切れたが、いまだにその信仰は強い。
なぜなら直史は、大事な試合でこそ、相手を完全に封じているからだ。
最初にライガースと対決した試合では、ライガースも真田であったため、ランナーを一人も許さず大介と西郷を完封。
おかげで継投パーフェクトなどという珍しい事例が発生し、ライガース打線でも直史を打ち崩せないことは証明された。
そして上杉との対決では、お互いにランナーを一人も許さない引き分け。
延長まで投げきった直史は、信じられないほどの少ない球数で相手を封殺した。
そして先日の、ライガースとの試合。
今季二度目、そしてNPB史上初の、通算二度目のパーフェクト達成。
後に上杉もしたが、だが直史の場合はこれが、実質的には四度目のパーフェクトであったのだ。
プレイオフ、直史で二勝する。
他の誰かで、四試合のうち一試合を勝てば、それで日本シリーズに行ける。
そして今年は他の先発も、リリーフ陣もやたらといい数字を残している。
これなら勝てる、とレックスの首脳陣は計算しているのだ。
ライガースの首脳陣も、同じようなことを考えていた。
ペナントレースで優勝し、アドバンテージがないのなら、おそらくは勝てない。
そのために直接対決は、勝ち越しておかないといけないと。
この三試合目も、勝利したのはライガース。
ただし古沢も故障明けとしてはいいピッチングをし、リリーフ陣も延長にまで持ち込むことは成功した。
負け越しはしたが、決定的に崩れることはなく、まだゲーム差はある。
圧倒的な勝率で、他のチームに勝てばいい。
それだけの余裕が今のレックスにはあるのだ。
次のカードは、スターズとの三連戦。
これまでのローテであれば、また直史と上杉の投げあいという、三倍の金を出して見るような試合になるはずであった。
だが上杉は前の試合、ライガース戦で無理をして肩を痛めている。
ここでは先発することなく、直史も力を抜いて投げることが出来る。
前の試合でついに無失点記録が途切れ、そして途中降板した直史。
スターズとしてはここで、直史を叩いておくことには意味がある。
だがあれから、中六日が経過しているのだ。
一度調子を落としたピッチャーが、また調子を取り戻すのは、なかなかに難しい。
だが、直史なのである。
大学時代にもフォアボールを出しまくりながらも、次の試合ではしっかりと修正してきた。
コントロールが悪いなら悪いで、コース以外のコントロールを使う。
バッテリーの間には、そんな共通認識がある。
目標とするのは、完投である。
一日の休みがあったとはいえ、復帰したばかりの豊田が、二日連続でリリーフをしている。
直史が完投して、ついでに完封もすれば、リリーフ陣は休むことが出来る。
投げるイニングを増やしてナンボのリリーフ陣であるが、既に今年はこれまで、充分に投げているのだ。
シーズン終盤にかけて、リリーフ陣を酷使するわけにはいかない。
神奈川スタジアムを舞台に、前回微妙なピッチングをした直史が、どう立て直してくるのか。
レックスファンのみならず、リーグの全ての選手や関係者が、この試合に注目していた。
もっとも本人は、別のことを考えていたのだが。
クラブハウスの片隅で、直史は樋口に語りかける。
「ケント、お前名古屋と大阪に愛人いるらしいけど、子供とかどうするつもりなんだ?」
「珍しくプライベートな質問だな」
この二人は性格の相性がいい。
社会通念上の倫理観に満ちた直史と、そんなものは関係ないと思う樋口であるが。
「基本的に俺は、惚れた女以外に子供を産ませようとは思わないな。愛人連中に金は渡してるけど。体だけの関係だ」
外道なやつだとは思うが、惚れた女以外に子供を産ませる気はない、というところは直史と同じである。
「いや、先日面倒な話があってな」
試合を前にして、全く緊張などしていない二人であった。
×××
※ 面倒な話の内容は、飛翔編24話にあります。
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