第39話 最強のチーム

 ふと直史は思った。

 このメンバーならMLBのワールドシリーズ優勝チーム相手でも、確実に勝てるであろうなと。

 セ・リーグのオールスター選出メンバー。

 165km/hオーバーの球を投げるピッチャーが二人もいて、160km/hオーバーを投げるピッチャーも二人いる。

 中継ぎで力を発揮しそうな真田などもいるし、クローザーもそろっている。

 あとはバッティングであるが、大介と西郷、他に井口なども一級品だ。


 ただ、打撃力を重視しているため、機動力ではやや難があるか。

 それでも樋口や大介など、走力でも優れた選手はいる。

「どう思う?」

「MLBがNPBよりレベルが高いわけじゃなく、単に向こうの方が人数は多いだけだろうな」

「まあ底辺が広いから、選手層は厚くなるだろうけどな」

 大介までもが会話に混じってきた。

「しかし甲子園では打たれて負けたこともあるが、国際試合では負けたことがないぞ」

 上杉までも口にすると、さらにカオスである。


 日本最強のバッテリーと、日本最強のバッターと、日本最強のピッチャーがいる。

 これぞオールスターの醍醐味と言えようが、とりあえずもう直史の出番は終わってしまった。

 三イニングを投げて、三振一つのパーフェクトピッチング。

 あとは好き放題に野次を飛ばすだけの、簡単なお仕事である。

 樋口はずっとキャッチャーであるが、どんなピッチャーともすぐ合わせられるのは、本当にすごい才能だと思う。

 直史はもう、自分ひとりの組み立てでも、ほとんどの状況をしのげる自信はある。

 だが樋口がいるとそれは半分ほども楽になるし、レックスのピッチャーの成績はほとんど、樋口のおかげであろう。


 今シーズン、レックスが優勝したとしたら、おそらくシーズンMVPも日本シリーズMVPも、直史が完封すれば取ることになるのだろう。

 だが日本シリーズで二勝したなら確かに直史にその資格はあるが、シーズンのMVPは樋口がもらうべきである。

(ひょっとして今、歴史の中で一番、日本のプロ野球は強いのか?)

 直史の想像は、おそらく正しい。

 リーグトップレベルの選手がMLBに行って活躍し、そして残された中にはそれ以上の選手がいる。

 ただしトップレベルの選手が目指すだけの価値は、確かにMLBにはある。 

 単純に金銭だけだが。


 MLBの環境とNPBを比較した場合、確かにトップレベルの収入はMLBの方が多い。

 正確にトップレベルでなくても、年齢の高いメジャーリーガーの契約は高くなる。

 最近制度が改善されたが、以前のMLBにおいては、若手の選手がとにかく、契約条件では不利であった。

 安い間だけは使って、年俸調停が可能になり、FAになればどんどんと年俸が上がるというシステムは、一方的に若手には不利であったのだ。

 もっともそのあたりの条件で、日本で長期間プレイする選手もいたわけだ。




 二打席目の大介はフェンス直撃のツーベースを放ち、そこからまた得点するセ。

 対するパはセの投手リレーについていけない。

 もっともセも大介を機軸としなければ、なかなか点にはつながらない。

 足を絡めた攻撃が、なかなかしにくいからだ。

「このルールだと、お前のバッティングと足に頼ることになるよなあ」

 パのピッチャーも蓮池から島、そして水野へと、安定した継投をしてくる。


 だがやはり今は、セの方がピッチャーのレベルは圧倒的に高い。

 いやもちろん平均すればそれほど変わらないのだろうが、オールスターに出てくるような選手は、パを上回っているのだ。

 ドラフトでピッチャーを外す運の悪さが、今のパ・リーグの状態というわけか。

 だが終盤に木場や毒島を持ってくるあたり、パもピッチャーの絶対的能力は高くなっている。

 それでもこの試合は、四打数四安打二ホームランの大介の活躍もあり、セ・リーグが勝利した。

 4-0と一点も取れなかったパは、大変に珍しいものである。




 二戦目は舞台を甲子園球場に移す。

 せっかくならここで投げたかったなと思う直史であるが、一試合目で三イニングも投げれば、他のピッチャーも投げなければいけない。

 先発はライガースの阿部で、キャッチャーは首位争いをしているレックスの樋口ではなく、竹中が指名されるのは仕方がない。

 そして暇をしている既に出番の終わった選手たちは、色々と話しているわけである。


 パに比べても年齢の近い層が集まっているセであると、甲子園などで対戦している顔が多い。

 その中でももちろん、白富東と大阪光陰の選手が、特に多いわけであるが。

 かつては敵として戦った相手が、プロでは味方になったりする。

 逆に仲間が敵となり、この舞台ではまた味方になったりもする。

 大介はどの場面でも、ホームランを打っていく。それだけは変わらない。


 会えば普通に話すし、オフシーズンでは普通に会う。

 それでもこんなところでしか、話さないこともある。

「お前、馬なんて買ったのか。よくもまあ、そんなことに」

「最初に一頭だけ買ったら、それが値段の50倍ぐらい稼いでくれたからなあ。もう一頭ぐらいは買ってもいいかなとは思うけど」

「道楽だなあ」


 大介は基本的に、身の回りのことには無頓着である。

 そして金をかけることを嫌う。

 どうしてもTPOに応じて必要な服や装飾品は買ったが、一流品の中では最低限、という程度のものだ。

 財産管理はツインズがやっていて、真琴の手術代を出しても、むしろその分の資産は増えている。


 オールスターの裏で行われている、各選手の趣味の開陳。

 だいたい多いのは、車の話題である。

 某球団においては年齢によって、買ってもいい車のランクが、暗黙のうちに決まっているのだとか。

 マジかよ、と思ったが移籍した者からも複数の証言が出るので、本当らしい。

「お前はプリウスだよね?」

「そうそう。なんでだか野球選手って、ベントとかポルシェとか好きだよな」

 大介としては日本車こそ正義なのである。

 なんと言ってもコスパがいい。

 ただ二台も持ってしまっているのは、ちょっと贅沢かなとは思う。


 BMWなどの外車に混じって、レクサスや海外向けの高級車を、逆輸入して乗っている選手もいる。

 またアメ車ではハマーあたりの大きな車を、好んでいる選手もいる。

 他にはデザイン重視でイタリア車に乗っていたりする者もいて、このあたり車の運転というのは、ロボットのパイロットの延長にあるものではと思わせる。

 中にはフェラーリに乗っている選手もいるのだ。

 さらにそれを一年ごとに乗り換える強者もいる。


 大介のプリウスは、最初に買った車である。

 最初に買って、ずっと乗り続けている、愛車というほどではないが愛着のある車だ。

 いくら性能がよくなっても、そうそう乗り換えたりはしない。

 税金対策で車を買う選手もいるが、それは別にそちらが得だからというわけではなく、あまり損しないというだけのものだ。

 

 ここまでの大介の年俸は、出来高などを含めて70億を超えている。

 もっとも税金で半分近く持っていかれるのが、日本の税制であるが。

 それなのに実は、大介の資産は100億を突破しているのだが、このあたりはツインズが全てやってくれている。

 持つべきものは、社会生活を楽に生きて行けるように調整してくれる嫁である。


「俺たち高給取りがたくさん使っていかないと、経済が回らないんだよ!」

 中には社会人出身で、そんなことを言ってくる選手もいる。

 どうなんだろう、と大介が思うのは、ツインズがガンガンと資産を増やしているのを知らないからである。

 基本的に野球をする以外には、節約して生きていくのが大介の主義なのだ。

 とは言ってもさすがに嫁が二人いるだけあって、そちらには贅沢をさせてやろうとは思っている。

 しかしあの二人は自分が贅沢する分ぐらいは、自分で稼いでしまうのだ。


 こんなことを相談できるのは、直史と武史の二人ぐらいであるが、直史は妻子と別居の単身赴任。

 ただ来年はもう引っ越して、一緒に住むつもりではあるらしい。

 一年目のこの時点で、プロ野球界のレベルは分かった直史である。

 一軍に完全に固定なので、もう寮にいる必要もない。

 だから瑞希の実家の近くに、親子三人で住めるマンションを考えているのだが、それはこのオフのことである。


「嫁と娘の顔をもっと見たい!」

 さほど大きな声ではないが、切実な響きで直史は言った。

 キャラ崩壊してないか、と他の選手のほとんどがおう思ったのだが、武史だけは頷いている。

「出会ってから今まで、こんだけ離れていたことなかったよね?」

「せめて寮で良かった。もしこれが完全に単身赴任なら、寂しさで死に掛けていたかもしれない」

 大げさな、と思うかもしれないが、案外直史としては正直な気持ちである。


 生まれてから田舎の大家族で、高校時代は毎日のように瑞希と会っていた。

 大学も一緒で、毎週のように泊まりに行って会っていた。

 それは卒業後も一緒であったが、プロに入ってからはせいぜい、ゆっくり会えるのは月に一度ぐらいなのである。

「そういえば、この中は既婚者ばかりか?」

 おそらく一番の高嶺の花を落とした上杉が、そうやって確認する。

 高卒三年目の阿部を除けば、未婚は真田ぐらいであった。

 散々いじられる真田という珍しい光景もあったが、もしも移籍したなら、本気で相手を探してもいいかなと思う真田である。

 彼もまた年俸二億オーバーの高給取り。

 だが大介ほどではないが、なかなか寮を出て行かない人間ではあった。


 誰の嫁が一番美人か、などという話題も出てきたりする。

 プロ野球選手の嫁というのは、特にここにいるトップレベルの選手などは、元アイドルだの女優だのモデルだの、多くは美人を嫁にしている。

「でも誰もが認める分かりやすい美人さの嫁なら、タケの嫁だろ」

 アイドルでもモデルでもないが、だいたい誰もが納得はする。

「可愛さなら上杉さんとこか?」

「あ~、明日美ちゃんは可愛い」

「ママになっても可愛いよな」

「上杉さん、嫁さん女優復帰しないんですか?」

「色々と話はしてるが、短い仕事しか入れたくないそうだからな」

 こういう話題になると、高校時代の担任を嫁にした樋口は、散々にネタにされる。

 実際に関係も持ったのは、教育実習に来た中学生の時であるので、そのあたりは勇者である。

 既に二児のパパであり、今年中には三人目が生まれる。早い。


 このあたりから既に子供がいるメンバーと、まだ嫁と二人だけのメンバーで、話は変わる。

「お前ら、そういう話は試合後の打ち上げでしろ」

 珍しく、でもないがまともな注意をするのは、コーチとして参加している金剛寺である。

「そういや金剛寺さんの息子さんも野球してるんですよね?」

「大阪光陰目指しとったが、結局地元に進んだからな」

 息子が二人いて、両方が野球をやっている。

 まさに父親の影響であるが、下手にレジェンドだと周囲の期待に潰されることもある。

 

 金剛寺の自宅は兵庫にあるので、地元といえば兵庫県である。

 プロ入りまではともかく、甲子園は目指せるレベルということか。

 いつの間にか自分も会話に参加してしまっている金剛寺であった。




 試合は結局、セ・リーグの二勝で決着した。

 だがピッチャーの祭典であった一試合目に比べると、二試合目はかなり互角に近い戦いであった。

 ただその中でも、オールスターだけに満塁でも勝負してもらえた大介が、グランドスラムで四点を叩き出す。

 その四点差を覆すことが出来ない試合であった。


 そして舞台が甲子園であるだけに、そのままライガースの選手を中心に、繁華街へ繰り出す。

 明後日からの試合の登板予定の選手もいるのだが、酒さえ飲まなければ大丈夫だろうという、雑な判断であった。

「プロ野球選手にも、盆休みは必要だと思う」

 そう言う直史は、先発ローテのピッチャーなので、普通に週に一度しか仕事をしないわけであるが。


 佐藤家は盆と正月は、親戚が集まってくるのだ。

 跡継ぎの直史は、諸事情により正月しか帰れないが、先発であればその間のローテに帰れなくもない。

 実家が嫌いというわけでは断じてなく、むしろ母などは瑞希のことを、やっと普通の女の子が来てくれたと、歓迎する意思が強い。

 ただ次は男の子を、というのは田舎の集まりでは、よく言われることなのだ。


 まだ一歳になったばかりの娘は、二十歳まで生きられないと言われていたのはなんだったのかというぐらい、既に元気である。

 歩き始めた赤ん坊の世話に、瑞希は手一杯であり、本当なら早く仕事に復帰したいだろう。

 だがやはり生まれた時の、いつ死ぬか分からないという記憶が強くて、目を離すことが出来ないのだ。

 娘の手術代のために、プロ野球選手になった直史。

 だがこれは下手に知られて話題にすることが嫌なので、正確なことは知らせていない。

 

 チームの人間だけで飲みに行くのと、こうやって全体の流れで飲みに行くのは、やはり感覚が違う。

 チームの人間というのは、ポジションが近ければ、競い合う相手だ。

 あわよくば蹴落として、自分の場所を確保したいと思う気持ちも出るだろう。

 それは仕方のないことなのだ。

 毎年何十人もの人間が、プロの世界からは去っていく。

 生き残っていくためには、誰もが必死なのだ。

 しかしオールスターともなれば、ある程度の余裕を持つ選手が増えてくる。

 また対戦相手ではあっても、競争相手ではない。

 変な話であるが、同じチームのメンバーよりも、むしろ余裕をもって相対することが出来るのだ。


 朝まで飲み続けるというメンバーもいる中で、直史は大介と共に、マンションに向かった。

 明後日の先発予定の直史は、本当ならもう今日中に東京に帰ろうかとも思っていたのだが、久しぶりに会う人間と、交流する機会を優先した。

 義弟のマンションには、一人ぐらい寝るだけの準備はしてある。

 大介たちは三人で、キングスサイズのベッドに寝ているらしいが。

 今はまだ赤ん坊が小さいので、どちらか一人はソファーベッドで寝て、大介の睡眠の邪魔をしないようにしている。

 もっとも大介は、本当に眠るときは全く、大きな騒音がしても目覚めない。




 直史が不思議に思うのは、三人で暮らしていることを、不自然と思われないかというものだ。

 だが大介とツインズの関係は、一応は秘密にしてあるらしい。

 元々の知り合いの多い関東とは違い、この三人の関係は明らかになっていない。

 地元にいたならば、いずれはバレていたのかもしれないが。


 大介が国民栄誉賞をもらわないのは、そのあたりにも理由がある。

 そもそもWBCなどの時の勲章と違い、国民栄誉賞には政治的な意味合いが強い。

 世情を変えるために国民的なヒーローを誕生させるというのは、世論の目をそちらに向けさせるという意味があったりする。

 かつて、気軽に飲みにもいけなくなるということで、国民栄誉賞を辞退した選手もいた。

 大介としてはこの完全なる三角関係に踏み込まれないため、少しでもマスコミへの露出は減らしたいのだ。


 ツインズと大介の関係自体は、疑っているというか、仲がいいことを知っている者は多い。

 だが片方と既に結婚し、子供までいるということを知っている者は少ない。

 直史はベビーベッドで眠る、甥っ子の姿に微笑む。

 男の子は母親に似ると言われるが、昇馬は目元など全体的に、大介に似ているような気がする。

 女の子が生まれたら、母親に似てほしいものだ、などと大介は言っていたが。


 お祭り騒ぎのオールスターが終わった。

 次のお祭り騒ぎは、クライマックスシリーズになるであろう。

 そろそろ甲子園でも投げたい直史であるが、なかなかそう都合よく、ライガースとは当たらないのであった。

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