三章 0の神話

第34話 交流戦へ

 直史は四月の投手部門で、月間MVPを取っている。

 ちなみに野手部門では相変わらず大介が取っていた。

 野手部門ではよほど調子が悪くない限り、大介が連続で取っていることが多い。

 投手部門でも上杉が圧倒的に最多で選ばれているが、その割合は大介に比べたら控えめだ。

 一試合ほど負けて、真田や武史が全勝したり、他にもセーブを積み重ねたピッチャーが選ばれるなど、競争相手と選定基準があるからだ。


 たとえば同じチームにおいても、クローザーの峠が獲得したこともある。

 これに比べると大介は、打てて守れて走れるので、どの基準でも穴がない。

 そんな基準の投手の月間MVPであるが、四月は五登板して五勝、そしてパーフェクトとノーノーを達成し、文句なしの選出である。

 五月の成績を見ると、三先発で二勝0敗。

 引き分けが一つあるのは、上杉とのパーフェクト決着である。

 防御率は0で、28回と三分の一を投げて、打たれたヒットがわずかに一本。

 そして五月の最終日に、四度目の先発が回ってきた。


 上杉が故障者リスト入りしているだけに、ここで圧倒的なピッチングを見せたら、三勝0敗でも月間MVPに選ばれるかもしれない。

 そんなことも囁かれているが、直史としてはあまり意識していない。

 月間MVPに選ばれても、インセンティブには関係ないからだ。

 ただとりあえずは、勝利を目指すことは間違いない。

 

 対戦相手はなんと、前回も投げたスターズが相手である。

 そのスターズとの三連戦カードの第一戦に、直史は登板する。

 そしてスターズ側はかつてセンバツ甲子園で準優勝まで勝ち上がった、青森明星出身の福永。

 最後の夏には初戦で白富東と対戦し、敗北していた。

 東北に悲願の優勝旗をという目的は果たせなかったが、その年の白富東は結局、最後まで勝ちあがって優勝した。

 福永もその年のドラフトで指名されて、スターズに入団したというわけだ。

 今年は既に、直史ではなく武史と対戦し、黒星がついている。


 高卒ながら期待されていた福永だが、ストレート主体のピッチングスタイルは、変化球が打たれることで崩壊。

 一年目は二軍の試合で投げて、8勝3敗という成績であった。

 二年目から一軍での出場機会を勝ち取り、そこから徐々に成長していった。

 六年目の今年は、スターズの先発ローテを、間違いなく担っている。

 最速160km/hを超えるストレートに、それを活かすための緩急。

 間違いなくリーグトップレベルのスペックを持っているが、まだピッチャーとしては完成していない。


 


「最近の若いのは、平気で160km/hとか投げてくるよなあ」

 オールドルーキー直史は、ため息と共にそう言った。

 アウェイの神奈川スタジアムで、当然ながらレックスは先攻。

 初回攻撃の得意なレックスであるが、福永の立ち上がりの攻略には失敗。

 いささかならずコントロールに課題のある福永は、むしろ樋口のような読みで打つバッターには天敵なのである。

 それならそれで、失投を打てばいいだけではあるのだが。


 フォアボールでランナーを出してはいるが、三回の表まではノーヒットピッチング。

 全く打つ気のない直史にさえ、見せ付けるような160km/hを投げ込んできたのだ。

 効率の悪いことをしているな、と直史は考える。

 今日の直史は既に一本ヒットを打たれているが、ダブルプレイでランナーを消した。

 福永とは対照的に、一球も150km/hを超えたボールがない。


 本日の悪魔的バッテリーの課題は、果たしてどこまで球速を落として、相手を完封できるかというものである。

 三回の裏のスターズの攻撃も、ストレートを見せ球に使って、カーブでタイミングを外して空振りを取ることが多い。

 もちろん完全に相手を馬鹿にしているというわけではなく、直史の体調のチェックをしているのだ。

 いやそれでも、公式戦で何をやっているのだ、という話にはなる。

 それでも点を許さないあたりが、やはり悪魔的バッテリーの所以である。


 福永に対して直史は、特にムキになることもなく、スプリットを落として内野ゴロ。

 散々ネットでネタになった村岡であるが、ここは素早くさばいてアウト。

「村岡~! エラー待ってるぞ~!」

 心ないスターズの野次に対しても、今日は苦笑して受け流す村岡である。そもそも本来、守備力は高い選手なのだ。




「さて、そろそろ若者に教訓を与えないとな」

 へんに年寄りくさいことを言って、西片が四回の第二打席に向かう。

 一打席目は三振で打ち取ったベテランに対し、福永はここも真っ向勝負。

 上手くバットを合わせて、レフト前にクリーンヒットを打つ西片であった。


 ノーヒットノーランも消えてしまったが、それぐらいはプロの世界では何度も経験している福永である。

 高校時代の一発トーナメントと違い、打たれたときの立て直し方、負けた時の立て直し方が、プロにおいては重要となる。

 足のある西片が、今日最初のランナーとして出た。

 そして続くのは緒方で、攻撃的な二番打者である。

 最初から送りバントの体勢の緒方に、つまらない野球をしているな、と福永は甘く見てしまう。

 そこからバットを引いてバスターで打たれて、ノーアウトのままピンチが拡大する。


 三番キャッチャー樋口。

 トリプルスリーを狙えるバッターであるが、実は本当に恐るべきは、その打点である。

 一点がほしい時にしっかりと外野フライが打てるバッター。

 おそらくここでは最低でも進塁打と、右方向を狙ってくるだろう。

(ならインコースに投げて詰まらせる!)

 外に構えたキャッチャー福沢のサインに頷きながら、逆にインコースに投げ込む。


 樋口は別に驚かなかった。

 福永に細かいコントロールがないことは分かっていたし、こういう時に強気にインコースに投げ込むことは知っていたのだ。

 おそらく福沢は、そこまで樋口が読んでいることを計算し、外へのボールを要求したのだろう。

 それは別に間違いではない。

 ただ福永はバッターの内角の際どいところに投げるのを、恐れないピッチャーだ。

 だから自分ならここは、最初から内角に構えていただろうなと思う。


 体を上手く開いて、バットの根元で打つ。

 飛距離はそれほどでもないが、レフト方向のライン際に飛んで、二塁ランナーである俊足の西片がホームに帰るには、充分の打球となった。

 緒方はレフトからの返球がカットされる可能性を考えて、二塁でストップ。

 一点が入って同じ状況から、四番の浅野を迎えることになる。


 こういう時に福永は、悪い癖が出てしまう。

 力んでしまって浮いた球を初球に投げてしまうのだ。

 だから福沢も、おそらく変化球を要求しているのだろう。

 それに対して福永は首を振り続ける。


 それだけ首を振っていたら、何を投げたいかも分かっているものだ。

 思ったとおりの浮いた高目を、浅野はフルスイングで弾き返した。

 フェンス直撃のツーベースヒットでさらに追加点。

 3-0ともなれば、直史にとっては安全圏である。




 六点差がつくまでは油断しない男。それが直史である。

 三点を先制したとはいえ、まだ四回が終わったばかり。

 長打を打たれないように、ゴロとフライを打たせることを、調整していかなければいけない。


 今日は既にヒットを打たれたが、そこから4-6-3のダブルプレイでランナーを消すことが出来た。

 下手に三振を狙うよりも、球数はずっと抑えることが出来ている。

 四回の裏は一番からであるが、直史は軽々とボールを投げている。

 球速はそれほど出ないが、むしろこの力を入れない投げ方は、伸びは大きいように思える。

 沈むボールでカウントを整え、ストレートを最後に持っていく。

 すると空振りや内野フライとなり、簡単にアウトが取れるのだ。


 直史相手に三点差というのは、ここまでの実績を見ていけば、既に絶望的な点差である。

 シーズン開幕からは、まだ無失点なのだ。

 WHIPという指標があり、これは一イニングあたり、どれだけピッチャーがランナーを出したかを示すものである。

 1.05以下であればおおよそエースと呼べるのだが、直史はこれが0.1を切る。

 一試合投げて、ヒット以外の四球も含めてさえ、平均で一人のランナーも出さない。

 それが直史のピッチングなのだ。


 試合に勝つことだけを考えている。

 そのためには一点もやらないことが、最低限負けない条件である。

 そして完封するためには、ランナーは出さないほうがいい。

 順番に考えていくと、基本的にピッチャーは、毎試合ノーヒットノーランは狙うべきなのだ。

 パーフェクトでないのは、大介のようなバッターと対戦する場合、歩かせた方が得点の期待値は下がるからである。

 実際にはその大介とも勝負しているのが、直史であるのだが。




 試合はその後、スターズ側の攻撃は淡々と進んでいった。

 三点差を直史相手にひっくり返すのは、かなり難しい。

 スターズは早めに福永を交代させて、敗戦処理に移行する。

 もちろんここでレックスは追加点を奪っていく。

 スターズ打線は諦めるわけではないが、直史の攻略法を少しでも探らなければいけない。

 なのでここでリリーフを使うのも、レックスとしてはありなのだ。


 点差が五点となって、楽な場面で若手を使っていける状況となった。

 ただレックスの監督木山は動かない。

 なにせ直史の球数が、また100球以内で収まりそうなのだ。

 既にここまで、五試合を100球以内の完封で勝利している。

 若手に経験を積ませるために、直史のこの記録を奪ってもいいとは、木山は思わなかった。

 そもそもそんなことをしたら、観客やファンが怒るだろう。


 直史としては別に、交代してもいいとは思っている。

 だがまだこの点差では、確実な安全圏ではない。

 それでも監督がそう采配すれば、従う気でいた。

 ただし自分からそれを申し出ることはない。

 勝つためには最後まで自分が投げた方が、確実であるからだ。


 なんとしてでも攻略法を見出したかったスターズだったが、結局はそれには失敗した。

 合計でヒットは三本打てたが、そのうちの二本はダブルプレイになる。

 むしろレックスの守備陣がダブルプレイの練習をするような、そんなお手本のようなプレイであった。

 九回を28人に投げて96球。

 被安打三の無四球で、完封勝利である。


 これで直史は五月、37.3イニングを投げて、打たれたヒットは四本。

 そして無四球記録は更新中である。

 大学時代には対戦相手が試合の前から絶望していた、完全なる支配的ピッチング。

 それで上杉との対決も引き分けて、三勝0敗。

 四勝0敗であった武史を抑えて、またも月間MVPに選出されることになる。




 スターズとしてはこの三連戦、直史はともかく他の二人には、なんとか勝っておきたいところだったろう。

 だが二戦目の先発の吉村、三戦目の先発の古沢と、それなりに点をとられながらも、ビッグイニングを作らせることなく、点の取り合いを制している。

 ライガース戦で敗北してから、これで九連勝。

 0.75という、いまだに圧倒的な勝率を維持して、交流戦に入っていくことになる。


 その初戦は北海道ウォリアーズとの対決で、あちらのホームである北海道ドームにて三連戦が行われる。

 直史はローテがそこには入っていないので、寮でお留守番だ。

 次の神戸との試合で、また先発が回ってくることになる。


 交流戦に関して直史は、あまり知識がない。

 ただ普段のリーグ戦よりも、移動に手間がかかることは知っている。

 かつて交流戦は、ほとんどがパのチームが有利であった。

 その原因をDH制に求めたこともあったが、この数年は圧倒的にセが有利に進んでいる。

 直史の考えとしては、むしろその方が自然である。


 パ・リーグはその移動距離が、北海道から福岡までと、かなり広い範囲に及ぶ。

 またセのように関東に三球団が集まっているわけでもない。

 つまり絶対にその移動時間分、有効に使える時間がセよりも少ないはずなのだ。

 その移動の時間を、むしろ情報の分析などに使うから、パは強かったのかとも思うが、そこまで勤勉な人間は少ない。

 それにこの数年、競合した選手はセの方が多くクジを当てているということもある。

(神戸とは神宮で戦って、埼玉とはあちら、千葉とも神宮か)

 ローテを特にいじったわけではないのだが、直史は関東県内で、この交流戦を終えることになる。

 どうせなら千葉との対決ぐらい、マリスタでやってみたかったのだが。


 ローテ投手は暇つぶしというわけではないが、二軍のイースタンリーグの試合を見たりもする。

 今年の直史との同期入団で、既に一軍でデビューを果たしたのは四人。

 大卒などは一年目から経験を積ませなければいけないので、下位指名の左バッター二人も、そのうち呼ばれるだろう。

 それとは別に、一年目は二軍でみっちり鍛えようと思われている小此木は、この二軍戦で三割を打っていたりする。

 ポジションはあちこちを移動しているが、そこでもそれなりに守れる。

 ただグラブさばきの柔らかさや、ボディバランスを見ていると、やはり内野の方がいいのかな、とは思う。


 今のレックスの一軍スタメンで、いまいち弱いかなと思えるのは、セカンドとライトだ。

 セカンドはそれなりにやることが多いので、守備的な選手を入れている。

 ライトは外国人だが、わざわざ外国人を入れてまで、というほどのバッティング成績しか残していない。

 二軍で三割、そして長打も打っている小此木が、一軍に上がることはあるかもしれない。

 またもう一人、二軍で直史の顔見知りである選手がいる。

 マッスルソウルズから入団した、山中である。


 山中もまた、二軍での成績はそれなりにいい。

 年齢は28歳だから、そろそろ一軍に固定されてもいいだろう。

 マッスルソウルズではセンターを守ることが多かったが、今のレックスのセンターは、不動の一番打者西片。

 ただし38歳という年齢を考えれば、次のセンターが誰かを考えるのは重要だろう。

(それにしても、二軍の試合だとデイゲームになるのか)

 興行でもない二軍の試合に、わざわざナイターの電力などを使う必要はない。

 なので昼間の試合となるわけだが、楽しそうだなと思うのが直史である。


 この日もまた、小此木と山中は、打点を上げていた。

 小此木はともかく山中は、年齢的に見てそろそろ、チャンスを与えるのも限界だろう。

 早く一軍に上がってこないかなと、ナチュラルに上から目線で、昼間の野球の試合を楽しむ直史であった。

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