第33話 波紋

 なんだかんだ言いながらも、日本の野球の頂点は、プロ野球である。

 もちろん独立リーグではなく、NPBだ。

 NPBが揺らげば日本の野球の全てが揺らぐ。

 またNPB全体までが動いてしまえば、MLBにまで届くようになる。


 両軍の先発ピッチャーが12回まで延長で投げてパーフェクトなどというのは、話を盛るにも程がある。

 そう思ってちゃんと調べたら、ウエスギとサトーであったと聞いて、うんざりするMLBの関係者もいた。

 高校時代の国際試合やWBCにおいて、上杉と直史は全く打たれていない。

 あの二人を全く打てなかったバッターが、MLBでは活躍している。

 そういった事実が、本当にMLBは最も最高のリーグなのか、疑問を持たせつつある。

 ついでに大介に完全にホームランを打たれたピッチャーが、MLBでは成長していたりもする。


 もちろんまだ本当のトップレベルとの対決はない。

 だがそれはMLBの球団が選手を国際試合に出さないからで、そして日本にボコボコにされていながらも、MLBのトップに到達しそうな選手もいる。

 織田やアレクといった、イチロータイプの選手は、かなり成功している。

 またピッチャーも活躍している選手は多く、そのどのピッチャーよりも、上杉の方が優れている。

 上杉がMLBに来ないのは、興味がないからである。

 一年だけならその長く延びた鼻を折るために、海を渡ってもいいかもしれない。

 だが妻子のことを考えると、そうそう身軽には動けないのだ。


 12回を投げて、共にパーフェクト。

 奇跡が起きた。起こってしまった。

 全国紙でも間違いなく、一面になる出来事であった。




 さすがにローテを一度飛ばしてほしいと、首脳陣に要求した直史である。

 実際のところライガース戦に比べると、今度は脳よりも体の方が疲れていた。

 軽くランニングをした後は、10球ほどだけキャッチボールして、あとは休む。

 その耳に入ってきたのは、上杉が故障者リスト入りしたことであった。


 鉄人上杉も人間である。

 人間じゃないだろうと思われても、やはり人間なのである。

 単純に投げるだけではなく、ほとんどストレートだけで、日本記録の三振を奪った。

 そのために肩に痛みが出たのは本当なのである。


 上杉は故障を無理に隠す選手ではない。

 それにまだ五月の中旬で、ここからがやっと調子を上げてくる者も多い。

 昨年に比べて打撃もよくなっているスターズは、上杉以外でも勝たなければいけない。

 上杉の一時離脱を、むしろチームを改善することに使わなければいけない。

 たった一人の選手に依存するチームなど、健全ではないからだ。


 直史はともかく上杉は、ある程度の勤続疲労もあるはずなのだ。

 人間の肩肘などは消耗品と言われている。

 直史はそうは思わないが、そうでなくとも上杉は投げすぎだ。

 武史のデビュー年などは一ヶ月以上も故障離脱したのに、最終的には17勝もしてきた。

 デビューから10年で既に200勝。

 そのうちデビュー年と故障年を除いては、毎年20勝以上である。

 昭和の時代、いやそれよりもずっと以前の原始から甦ったような超人。

 現在29歳の上杉は、このまま40歳まで投げられれば、日本記録の更新も可能かもしれない。

 さすがに世界記録は抜けそうにないが。




 二人が休んでいる間に、周囲は盛り上がっていた。

 これは永遠に残すべき神話だ。

 一人では出来なかった。

 傑出しすぎたピッチャーが二人いて、ようやく成立するものだったのだ。

 テレビの特番が組まれて、関東圏の二人には、出演や取材の依頼が数多く押し寄せた。

 これまで必要と感じなかった直史が、ようやく芸能事務所と契約し、こういった取材を徹底的に絞ることになった。

 話題先行だったはずのオールドルーキーは、開幕戦からその伝説の続きを綴り始め、ここで一度完成した。


 パーフェクトリリーフにパーフェクトゲーム。

 続いてノーヒットノーランを達成し、防御率0の行進。

 最強のバッターとの対決は、お互いに共に戦ったかつての戦友。

 そこでもまた伝説の対決となり、様々な形で影響を与えている。


 プロ野球選手が少年の憧れの職業であった時代は終わった。

 だが今、また競技人口は増えている。

 よりファンとの接触を大切にする方式ではなく、直史は超然と、憧憬される存在になる。

 孤高でありながら、それを恐れることはない。

 ピシリとスーツに身を包み、テレビに出たりもするのである。


 直史はローテを一つ飛ばす程度で済んだ。

 対して上杉は故障者リスト入りした。

 もちろん最短で戻ってくるつもりであるが、この結果を見れば、直史の方が上回ったというべきなのか。

 直史自身はこれで、上杉に勝ったなどとは思わない。

 今シーズン大介をどれだけ抑えたかで、比較すればいいだろう。

 その点では既に、直史の方が一歩リードしているわけだが。




 スターズとの第二戦は、吉村が先発である。

 今季はこれが一軍三登板目、先発としては二試合目だ。

 前回は五回を投げて二失点で、そこからリリーフにつなぐ。

 試合自体は逆転負けしたが、吉村の今後については、充分につながる試合であった。

 今日の試合は六回を目安に投げる。

 直史が引き分けながら完投してくれたおかげで、リリーフ陣が休めたからだ。ここで潤沢にリリーフを使えるのはありがたい。


 直史と武史は完投能力が高く、金原と佐竹もそれなりにある。

 現在の野球においては、投手分業制で、ピッチャーの完投数はかなり減った。

 その中で馬力があるため完投するピッチャーが、上杉や大原。

 そして球数がそもそも少ないために完投するのが、直史なのである。


 打たせて取るグラウンドボールピッチャーはそれなりにいる。

 だがそれは三振が取れないために、際どいところを突いたり、コンビネーションを磨いて凡退を狙う。

 直史のように三振が取れて、しかもボール球が少ないというのは、極めて珍しいのだ。




 吉村は六回までを投げて二失点。

 スターズ打線を相手であれば、まずまずの数字である。

 ただ今日のスターズであれば、もっと抑えてもいいのではないか。

 直史に完全に封じられて、打線は意気消沈していてもおかしくない。

 実際にレックスはここまで、散発二安打無得点なのである。

 せっかく頑張って相手を封じたつもりが、逆にこちらもパーフェクトをされて、この試合で打てていない。

 寮で試合をのんびりと見ているローテーション投手の直史としては、釈然としない想いである。


 ローテーションのピッチャーというのは、そこそこ退屈なのだな、と直史は感じている。

 次の試合のために調整は行っているが、直史の調整方法であると、半日でやることは済んでしまう。

 これが上杉が、中五日で投げている理由なのだろうか。

 100球で試合を終わらせる直史としては、中五日でも投げられなくはないな、と思ってしまうのだ。

 ただ直史は上杉と違って、抜いた変化球でもカウントを稼げるピッチャーであった。

 だが上杉は直史よりも多く投げて、それでいて中五日や中四日で投げている。


 そんな上杉は、昨日の試合はほぼ全ての球が170km/hオーバー。

 ここのところは抜いて投げて完封することを憶えた上杉であるが、完全にリミッターを振り切っていた。

 肩痛で故障者リスト入りしたと言われても、それはそれぐらいはするだろうと思った。

 もしも直史が上杉と同じペースで投げていれば、一日で壊れてしまっていてもおかしくはない。


 


 二戦目は結局、スターズが勝利した。

 レックスは終盤にようやく一点を返したが、吉村をリリーフした投手陣も追加点を取られた。

 吉村がどうこうではなく、打線の援護が少なすぎた。

 これまでにもレックスは上杉と対戦して、完全に抑えこまれたことはあるだろうに。

 本気の上杉を改めて感じて、萎縮してしまったということが大きいだろう。


 そして三戦目であるが、レックスの先発は古沢。

 ムービングを主体に使うクセ球ストレートに加えて、カーブなどの大きな変化球も使ってくるピッチャーだ。

 レックスの中では上位ではないが、それでも試合を崩さずに、完投をすることもある先発。

 ただしこの試合においても、レックスの打線は援護点が少ない。


 首脳陣が引き締めなければいけないのかもしれないが、その首脳陣にまであの試合のショックは残っている。

 スターズの方は、やはり力で完全に抑えられたのではなく、技で翻弄されたという意識が強いのか。

 ショックよりは怒りの方が大きく、それを直史以外のピッチャーに向けている。

 結局この三連戦では勝ち星がなく、二敗一分という、今シーズン最低のカードに終わってしまった。


 


 ここまでがとんとん拍子に勝ちすぎた、とも言える。

 一日の間に気分転換をして、次のカードに備えなければいけない。

 なぜならば次はよりにもよって、ライガースとの三連戦。

 首位攻防の三連戦であるのだ。


 もっともレックスは三連敗したとしても、まだ1.5ゲーム差の首位である。

 かといってそんな三タテを許すわけにはいかないが。

 ローテの順番からいって、第一戦は佐竹と阿部、第二戦は武史と大原、第三戦は青砥と真田の対戦になるだろう。

 ピッチャーの実力で判断すると、武史で勝って青砥で負けて、佐竹と阿部の勝敗がライガースに有利、というのが正直なところか。

 いや、打線の援護の力を考えると、明らかに佐竹も阿部相手には分が悪いのか。


 この数年のプレイオフの結果を見ても、レックスは対ライガースで戦った場合、本気で勝ちにいけばライガースの方が強いことが多いのだ。

 それにライガースはスタメンマスクを被るのが孝司に代わったこの五試合で四勝一敗。

 レックスの分析班から見ても、失点はピッチャーの平均から見てそこそこであるが、キャッチャーの孝司が打っているので、得点力がさらに高くなっている。

 これまでのライガースは、セカンドの守備職人石井と、キャッチャーの二人のところで、少しは楽が出来る打線であった。

 しかしながら孝司がキャッチャーでありながら打つことによって、ピッチャーが休めない打線になってきている。


 特に真田などは、ピッチャーのくせに二割三分ほどの打率を誇っている。

 長く投げなければいけない試合などは、バッティングに手を抜いていることを考えれば、それ以上の打撃力がある。

 この猛獣打線をどう抑えるか。

 ピッチャーではなくキャッチャー樋口に、期待が寄せられている。

 樋口としてもあまりキャッチャーとしてのリードに専念すると、打つほうがおろそかになるので嫌なのだが。


 第二戦、武史と大原の対戦は、双方の実力から考えて、レックスが勝てるだろうとは思う。

 大原はイニングイーターであるが、防御率などが特出していいわけではない。

 ライガースの打線がいくら強力と言っても、武史からそうそう点を取れはしない。

 そしてまた真田に対しては、青砥で勝負して落とすことを覚悟しておく。

 すると第一戦の、佐竹と阿部の対決が重要になるのだが。


 佐竹と阿部には、そこそこの共通項が見られる。

 同じ右の本格派であるということと、両者が共に甲子園を経験していないこと。

 ただ佐竹はドラフトでも中盤まで残っていたが、阿部は素質型の選手でありながら、一位指名で競合となったところは違う。

 もっともプロで一年目から結果を出したのは、佐竹の方であったが。

 お互いに意識していてもおかしくはない。

 いや、意識して競い合ってほしい。




 チームはそんな状態にありながら、直史の周囲はいまだに騒がしい。

 あまりにも騒がしいので、高いギャラを提示した、上品な有力誌のインタビューなどは受けたが。

 あの試合、パーフェクトを狙っていたのかという、またも出てきた質問が、ここでもなされた。


 直史は常に、パーフェクトを意識しているが、こだわってはいない。

 マウンドに立つ以上は完封を確実に狙っていくし、完封を狙うならばヒットも打たれない方がいい。

 そして直史はここまで八試合に登板しているが、実はフォアボールをまだ一つも出していない。


 コントロールが極端にいいことは確かだが、ゾーンの中だけで勝負できるのだ。

 そして普段はゾーンにばかり投げているので、時折外に逃げていくボール球があっても、バッターはそれを振ってしまう。

 この好循環によって、直史はさらにそのコンビネーションでバッターを翻弄することが出来ている。

 個人としては既に、確実な実績を残していると言っていい。


 今度のライガース戦は、舞台を甲子園球場に移して行われる。

 相手側のホームではあるが、直史にとってはむしろ、甲子園の方がホームランは出にくいので投げやすい。

 しかし球場の特徴を考えても、甲子園を本拠地にしているライガースで、大介がホームランを量産しているのは、間違いなく脅威である。

 ちなみにホームランが出にくいと言われているNAGOYANドームでも、大介の打つホームランの数はさほど変わらない。

 なぜなのかと問われても、大介だからとしか答えようがないが。




 外出許可を取った直史は、千葉に戻って瑞希の実家へとやってきていた。

 来年はマンションを借りて住む予定だが、現在は実家で手を借りて育児をしている。

 手術の影響はもうなく、むしろ普通よりも元気ではないか、と直史は思っている。

 もうすぐ誕生日ではあるし、ちょっと豪勢に祝わないとな、と思いつつ、テレビのライガース戦を見る。


 ライガース有利と思われているこの第一戦。確かにそうだろうな、と直史は感じている。

 去年までのライガースとの対戦成績を見ても、レックスはややライガースを苦手とする傾向にある。

 他の四球団相手には勝っていても、ライガースだけは別。

 その打撃力がピッチャーを打ち砕くのだが、それでもレックスはライガースに、勝ち越すことが多い。


 ただこの二年、レックスはペナントレースを制しつつも、ライガースにプレイオフで敗北している。

 ライガースが真田や山田、去年などは阿部を出してきたときに、対抗できるピッチャーの絶対力が劣るのだ。

 普段のシーズンはともかく、短期決戦ではピッチャーの重要性が高まる。

 それに今年のライガースは、キャッチャーを入れ替えてきた。


 孝司は直史が最高学年になった時に入ってきたキャッチャーで、ジンは攻撃的な展開を望む場合、自分ではなく倉田や孝司をキャッチャーに入れていた。

 特に孝司は打撃やリードに加えて、足もあるタイプのキャッチャー、つまり樋口に似ていた。

 倉田はキャッチャーとしては性格が優しかったので、ジンはむしろ孝司の方が、キャッチャーとしての総合力では上回っていたのではないかと感じていたようだ。

 そして今のところ、白富東からプロに行った、唯一のキャッチャーでもある。


 この試合も、そのあたりが重要なポイントになった。

 直史はもちろん、キャッチャーとしてもバッターとしても、樋口の方が優れていると思っている。

 だがライガース打線を相手にピッチャーをリードしつつ、しかもバッティングまで期待するのは、かなり無理があるだろう。

 試合自体は緊迫したものとなったが、一番から七番までがかなり打てるライガース打線に、佐竹では苦しいか。

 それでも終盤まで試合の行方は分からず、両チームの先発は役目を終了し、リリーフ陣の対決となる。


 リリーフ陣は、おそらくレックスの方がやや優れている。

 しかしながらそのリリーフ陣への交代の中で、ライガースの出してきた代打山本が、決勝打を叩き出した。

 4-3という緊迫した試合を制したのはライガース。

 そのフロントはこの山本の活躍を見て、トレードで出さなくて良かった、と心底安堵したものである。



 試合に敗北し、ゲーム差を詰められながらも、直史は悲観的にはなっていない。

 明日の武史と大原の投げあいは、武史がよほどのことをしない限り、勝てる組み合わせだ。

 そのよほどのことをやらかしてしまうのが、武史だと言ってしまえば仕方がないが。


 季節は五月。

 まだまだこれからが、ペナントレースの熱くなる時期である。




  第二章 了


×××


 このまま第三章に続きます。

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