恋した英雄

 エルリンテンはすべてが完成された人だった。


 身体、精神、技量、それらすべてが、まるで、この世の生き物とは思えないほど浮世離れした美しい生命体かいぶつ。それが彼女に抱いた、はじめの印象だった。


 私は怪物の彼女に惚れ込んだ。

 男のさが、いや、人間の性として、私はこの美しいモノを独り占めしてしまいたいとさえ思った。弱い人間たち全てに向けられていると思しき彼女の愛を、己が一身に受け止めてみたいと欲望した。


 どうにか手元に引き留めることに成功して、何度も言葉を交わすようになってから、違和感が出てきた。


 彼女は人間を愛してはいなかった。

 彼女を突き動かしているのは、愛よりも黒々とした、醜い獣の雄叫びではないのかと気がついた。彼女自身は気づいていたのか否か、『白鷲の騎士』が陰で『怪物』と謗られる理由は恐らくそれであった。


 それでも彼女は人間だった。

 良いことがあれば笑い、嫌なことがあれば怒る。長年の孤独と諦念が、彼女からそういった感情を奪っていただけで、取り戻してみればまるで普通の女の子。騎士わたしが守るべき宝。


 私は人間の彼女に恋をした。

 人間たちに良いように使われ、磨り減っていく彼女。内なる声に縛り付けられ、私の手を取らない彼女。彼女の願いと献身は、正しい形で報われるべきだと心の底から思った。


 彼女から、名前が欲しいと請われたとき、私はどうしようもなく悲しかった。

 彼女の努力は、今まで何も報われていなかったのではないかという疑念が、確信へと変わったからだ。


 その一方で、請われたことがどうしようもなく嬉しかった。

 身も心も怪物になる寸前だった彼女が、人間に戻りつつあるのだと安心出来たからだ。


 彼女を救うにはどうしたらいい?

 そればかりを考える夜が続き、ついに覚悟を決めたのだ。


 彼女が戦う必要をなくせばいい。私がこの国の平和を取り戻せばいい。そうすれば、彼女はただの素敵な女の子として一生を終えることが出来る筈だ。


 そんな理由で剣を取る私は、善き騎士ではなくなったかも知れない。

 だが、彼女だけの騎士になれるならそれで良かった。


 ただのアステリアと、ただのライラック。

 そうなりたかっただけだった。

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