決意の騎士
「馬鹿げた話だ。あの皇帝の治世を見せられた後で、誰に国を統べる資格がある」
「ですが、いつまでも頭を決めないでいる訳にもいきませんからねえ」
話を聞く気も失せ、槍を手に取り、席を立つ。
帰ろうとする私を止めるでもなく、魔女は、何もかも見通しているといった瞳でこちらを見ていた。
「私の読むところによると、おそらくは五年の内にこの諍いも収まりましょう。それまではまあ、貴女の『使命』を続けることです」
本当に、どこまで見抜いている女だろう。
そんな彼女の瞳を、私はどこかで見たことがあるような気がした。
──────────────────────
屋敷に帰ると、ラインが神妙な面持ちで私を待っていた。鎧を身に着け、使用人に馬の準備をさせている。
「アステリア」
早足で歩み寄ってきたラインは、その緑の瞳を決意によって燦めかせ、私をじっと見据えた。何を言おうとしているのかはよく分かっていた。だが、彼の思いが音になるのを、私は静かに待っていた。
「私は戦いに赴きます。そして、必ずやこの内乱を終える」
「…………そうか」
「……世に再び平和が戻り、騎士たちが己の使命を思い出したなら、貴女は槍を取らずにいてくれますか?」
その言葉にハッとする。
ああそうか、この人は、私のために戦ってくれるのだ。
そう思うと、私のちっぽけな独占欲はすっかり満たされてしまった。これがもし、皇帝の仇や苦しむ民の為であったとしたら、私は嫉妬して彼を引き止めただろう。まるで、ただの人間の女のように。
「ああ、そうだな」
私は打ち震えた声で、返事をした。
「その時には、精々着飾って、
精一杯の、私なりの答え。伝わっただろうかとそっとラインを見上げると、彼は真っ赤な顔をして、涙をぼろぼろ溢していた。ぎょっとして胸当てをガンガン殴りつける。
「何故泣く!! 何故だ!!」
「そんなことを……っ、言っていただけるとは思わなくて…………!」
戦の前にそんな調子でどうするんだ、と胸ぐらを掴んでやろうと奮闘していると、後ろから視線を感じる。バッと振り返れば、ユーウェインを始めとした子どもたちと、彼らと一緒に遊んでいたらしい魔女が、物陰からニヤリ顔でこの光景を眺めている。
「白鷲の騎士様が兄上泣かしたぞ〜」
「やーいやーい、お幸せに〜!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく彼らを全力で追い回しながら、私は、産まれて初めて、自分のことを幸せだと思った。
──────────────────────
それから私とラインはそれぞれの旅に出た。
彼は平和を求めて北へ行き、来る日も来る日も戦った。人々はその姿を見て、英雄だと称えた。
私は再び放浪して、ゆく先々の魔獣を屠った。人々はその姿を見て、怪物だと恐れた。
お互い、ただ約束だけを胸に抱いて、その両手を真っ赤に染めた。
きっかり五年後。
ラインは軍を率いて、かの皇帝殺し北方貴族のツェルンの首を獲り、残された反乱軍と和平を結んだ。
そうしてこの国に、ようやく安寧が訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます